エデンの王
朧
第1話 徴収命令と過去の記憶
大陸アトラスのほぼ全土を占める大国ヴァルハラ
悪魔や天使、竜などの血を次ぐ種族が多く暮らすこの国は女王ガイアによって統治されている
王都にあるヴァルハラ国家防衛局。そこに所属する熾天使の血族である青年イサ・S・フローライトの元にとある通達が届いたのは、突然だった
「ヴァルハラ国家防衛局、特殊戦闘部隊員として隣国エデンとの戦争に参加せよ」
小国エデン
3年前、北部ポリアフ氷山の向こうに建国された小さな国がヴァルハラ大国へ宣戦布告を寄越してきたということだった
徴収命令書に目を通したイサはかつて苦渋を味わい、人生を大きく変える出来事があった苦く重い3年前を思い出す
当時、王都立エルフォード学園高等学部に所属していたイサには大切な存在がいた
レダ・L・ヴァインスレイブ
王家に最も近い第1級貴族ヴァインスレイブ家の次男であり、イサの幼馴染の少年である
薄く桃色かかった銀髪にアメジストの瞳。ヴァルハラ国内でも最も希少な堕天使血統の持ち主
大体の種族は血縁のどこかで他種族の血が混じり、殆どが混血となる
その中で王家とヴァインスレイブ家だけが、それぞれの先祖の血をそのままに受け継いできた由緒正しい存在だった
穏やかで慈悲深い性格故か家柄故か、同性婚の認められているヴァルハラ国内の貴族たちはこぞってレダを、もしくはヴァインスレイブ家という後ろ盾を手に入れんと躍起になることも多くあった
そんな「特別」ともいえるような存在である彼とイサが共にあったのは、イサの家系も関係している
フローライト家は代々男はみなヴァインスレイブ家に使用人として仕えていた
幼いレダの遊び相手として選ばれたのが、同年代で後に使用人となるイサだったのは当然ともいえる
美少女と見間違えるほどだったレダが同性だったと知った時のイサの衝撃は、未だに忘がたいものだった
いずれ主従の関係になるとしても、イサもレダもお互いを唯一無二の存在と認識していた
これからもずっと、共にあり続けると信じて疑わなったのだ
しかし、そんな2人の未来像は1人の男によって呆気なく砕かれた
後に「エルフォード学園襲撃事件」と呼ばれるそれに、イサとレダは「当事者」として巻き込まれた
その日はレダの18歳の誕生日。それ以外はいつもと同じように共に学業に勤しむ中、2人の前に1匹の魔獣が現れた
尾が蛇の黒猫…《ケルシー》と呼ばれる使い魔としても活躍するその猫が、レダを見てニヤリと笑ったのを見て、イサの背に悪寒が走った
〔やぁやぁ…50年待った甲斐があった。なかなかの魂に[器]…これは当たりだ〕
低い、若い男の声でケルシーが言うと鈴の音が鳴る
突然の出来事に呆気に取られるレダを引き寄せようとイサが手を伸ばすが、時既に遅くレダを中心に地面が光り、禍々しい魔力を纏った鎖が彼の体を雁字搦めにしていく
〔さぁ、堕天使の君。その力その魂、私の為に利用させてもらおう〕
ケルシーはそう言うと共に姿を変える
癖のある黒髪に片方を隠された紅い目。恍惚とした表情は鎖に束縛され苦しむレダへと向けられていた
黒く歪んだ魔力が鎖を通してレダを侵食していく。それを見てイサはあることに気づいた
「違法魔術」
加護が絶大な代わりに大きな代償を必要とする、ヴァルハラ国法で禁じられた黒魔術
それを黒髪の男はレダに施していた
〔王の器よ、王の証を持つ者よ。その力を私の為に、私の復讐の為に解放せよ〕
苦しんでいたレダの表情が消える
と、次の瞬間、その場で魔力の暴発が起きイサの体は吹き飛ばされ壁へと叩きつけられた
頭を打ったのか、グラグラと霞む視界に映るのは幼馴染の虚ろな目と、その背中に現れた6つの大きな黒い翼
「ーーー…」
イサの意識が落ちる寸前に聞こえたのは、レダが助けを乞う言葉だったのか、それとも他の何かか、イサは未だに知らない
イサが目を覚ました時には、既に多くのことが過ぎた後だった
エルフォード学園の壁の一部は大きく破壊され、物音に駆けつけた者が見たのは頭から血を流し倒れるイサだけ
レダと黒髪の男の行方は誰も知らなかった
それから少しして小国エデンの建国と共にレダが王として君臨していると知らされ、レダ・L・ヴァインスレイブは国家反逆者として国中に伝えられ
ヴァインスレイブ家は犯罪者の身内として、防衛局の監視棟に収容されることになる
ヴァインスレイブ家との関わりを強制的に絶たれたイサは、防衛局訓練校へと進路を変えた
防衛局特殊戦闘部隊[Numbers]。戦闘のエリートが集うその部隊へ入隊すれば、戦争で最前線に立つことになる
命の危険と引き換えに、レダを取り戻すことが出来るのはそれしか方法がなかった
国家反逆者レダ・L・ヴァインスレイブの真実を知っているは自分だけであり味方は居ない
それでもイサは
「レダを取り戻す」
その為だけに、自らの人生を戦場へと捧げた
あれから3年
今や[Numbers]の遊撃部隊チームsecondのリーダーとなったイサは、込み上げる感情に任せて口角を上げた
「やっと、迎えに行ける」
金の髪から覗く翡翠の瞳が、鋭い光を宿した
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