白馬の王子様
槇田くんは変わっている。別に変人ということじゃない。なんというか見た目とのギャップが大きいのだ。目つきが悪くて怖いのだって、実はあまり良く見えていなくて目を細めているからだった。小学校のときに眼鏡をかけていてからかわれたのが嫌で、それ以来学校では眼鏡をかけていないらしい。
手も大きくてグローブみたいなのに手先はとても器用だった。私のブレザーのボタンが取れてしまったときも、手早く自前のソーイングセットで付け直してくれる。あまりの女子力の高さに私はのけぞりそうになった。爪の垢を分けてもらった方がいいんじゃない、というのはその話を聞いた生意気な弟の弁。
さらに驚いたのが実は怖がりだということ。私のリクエストで映画館にホラー映画を見に行ったときは、ずっと私の手を握りっぱなしだった。お化けとかそういうものも苦手だとかで、夜トイレに行けなくなるかもと言っているのを聞いた時には私は笑いをこらえるの必死だった。
そんなに怖がりなのに嫌な顔をせずに私の希望に付き合ってくれるのだから、笑ったりしたら罰が当たるだろう。それに私はすっかり槇田くんのことが好きになっていた。日々、新鮮な驚きを提供してくれる槇田くんとは一緒に居て飽きることがない。
今日は槇田くんと遊園地に来ていた。その槇田くんは青白い顔をしている。なんとジェットコースターの類も苦手なのだった。そういうのが全く平気な私を何かの珍獣を見るような目つきで見ている。槇田くんは我慢をしていたらしいが、2つほど乗ったあとですぐにこんな顔色になっていた。
「すまん」
本当に申し訳なさそうな顔をしている槇田くんを見ているとこちらも罪悪感で一杯になる。
「こちらこそごめんね。楽しくないでしょ」
「楽しいよ。小島さんと一緒だから」
大真面目な顔で言う。ストレートな物言いにこちらの方が恥ずかしくなるくらいだった。せっかくだからとその後も私に付き合って乗り物に乗った槇田くんが青息吐息になっているのを見て平然としていられるほど私も神経は太くない。
ベンチに座ってクレープを食べながら、園内の案内図とにらめっこをして槇田くんでも大丈夫そうなものを探すふりをする。
「ねえ。ゆっくりしてるやつなら平気?」
「たぶん」
私はカルーセルを指さした。
「次はこれに乗ってみようよ」
「すまん」
槇田くんは蚊の鳴くような声で詫びる。
詫びてばかりいる槇田くんには悪いのだけれど、実は私の今日の目的はこの回転木馬だった。ローラーコースターに乗るのだったら友達と来ればいい。それにこの遊園地の乗り物は正直に言えばそれほどハードなものではなかった。そういうのが目的ならちょっと遠出をして日本最高や最速が売りの遊園地に乗りに行く。
メリーゴーラウンドに乗るのは、恋人同士か親子連れというイメージが強い。少なくとも私の中では、カレと乗るものという認識だった。ただ、私はときどき小学生と間違えられるぐらいの体つきで、そういう相手ができるのはまだまだ先のことだと思っていた。
それがびっくり槇田くんとこのような間柄になったからにはぜひとも乗ってみたい。この遊園地にあるものは日本最古のものでクラシカルな雰囲気が素敵だ。木馬も大きく本物の馬と同じくらいの高さがある。前の回が終わるまでの間にどの馬にするかじっくりと選んだ。
他の乗り物に比べれば待つ人も少なかったので、小走りで近づいてお目当ての馬を選ぶことができる。
「槇田くんはこの馬ね」
その横の馬に私もよじ登ろうとするが私には少々高くまごついてしまう。
その瞬間、すっと抱きかかえられて馬の背中に乗せられた。わきの下に感じた大きな手の温もりにドキドキしてしまう。心を静めて横を見ると指定した馬にさっそうと跨る槇田くんがかっこいい。元々外国製の木馬なのでこれぐらい体格がいい方が見栄えがするのだろう。
音楽が流れ出し、ゆっくりと動き出したメリーゴーラウンドはだんだんとスピードを上げる。槇田くんを見るとぎこちない笑みを返してきた。その瞬間をカシャリとスマートフォンで撮影する。待ち受け用にいいものが撮れたことに満足した。胸がほんわりとしたもので満たされる。
楽しい時間が過ぎるのは早い。あっという間に時は過ぎ、馬はゆっくりと歩みを止めた。係員の案内の声が響く中、槇田くんはひらりと白馬から降りると私の側に来て手を差し出してくれる。私は澄ました顔を作って軽く頷き、その手を取った。私をそっと降ろしてくれた槇田くんは、眩しそうな顔をしている。
「次はどこに行こうか?」
そう問いかける槇田くんともっと接近したくて、私はちょっと意地悪な返事をする。
「お化け屋敷がいいな」
槇田くんは大きな喉ぼとけをごくりとさせる。でも気丈にも胸に手を当てて頭を下げた。
「仰せのままに」
メリーゴーラウンドの魔法がかかった王子様に私は腕を預けて寄り添うのだった。
白馬よ。私の王子を連れて来い 新巻へもん @shakesama
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