最終話 彼氏と彼女と……
実感が湧かないのは、付き合い始めたカップルはみんなそうなのかもしれない。多分、始まりが友達……いや、それ以下のスタートだったからというのもあるだろう。
この日俺は、千佳と初めてデートする事になっていた。付き合ってからはバイトも被らなかったせいか、余計に夢だったんじゃないかと思う。
いつもの街に、俺は気合いを入れていく。最近このピアスを付けた日はいつも事件が起きていたせいもあり、呪われているのかとも思っていた。
だけど、千佳と付き合った日。
その呪いはいい方に向く事もある。それですらも千佳によって変わったのだと思った。
「あんた相変わらず、早いよねー」
「それ俺のセリフだから!」
千佳の髪のいろが少し暗くなっているのがわかる、それと同時に白いプリントTがお揃いのようにも感じた。
「優も白Tとかお揃いみたいだしー」
「白いTシャツなんか幾らでもあるだろ!?」
彼女も同じ事を考えでいたのが、少し嬉しかった。そして、俺たちはそのまま沈黙する。
「……」
「……」
話しかけようとした瞬間、千佳は言った。
「なんか恥ずかしいね」
「……あ、ああ」
そう言って、恥ずかしそうに歩き出す。後を追う様に歩くと千佳はスピードを落とす。
追いつきそうになった瞬間、千佳の手が開いているのが見える。
手を繋いでいいのかな?
俺は勇気を出して、その手をそっと握ると、千佳の手は意外と硬い。やっぱり空手をしているからだろうと思う。
だけど、それが余計に自分だけが知っている様な気になった。
「ふふっ、カップルみたいだね?」
「え、カップルなんじゃないのか?」
「そうだっけ?」
千佳は、惚けた様にそういったのだけど、繋いだ手をギュッと握り返したのが分かった。
手を繋いでいる分、普段より近い。
時々優しく当たる肩にドキドキする。
彼女の横顔をみて、本当に付き合ったのだと、少しずつ現実に上書きしていく。
「そんなに可愛い?」
「えっ!?」
「さっきからめっちゃ見てるし?」
「気づいてたのかよ!」
そう言うと、自分から言い出したくせに顔を赤くして反対側を向いた。そんな千佳が、愛おしくてたまらなかった。
もし、千佳と出会った日に綾と付き合っていたならこんな気持ちにはならなかったと思う。
「ねぇ、アイスたべない?」
「いいよ! こないだ食べたの美味かったよな」
この世界で、俺が経験した出来事なんて有っても無くても変わらない事なのかもしれない。
人生は、80年……有るのかはわからないけど。
だけど、その中でこの春から過ごした日の事は一生忘れないのだと思う。
些細な事で傷つき、喧嘩して人を嫌いになったり、好きになったり。
その色々な葛藤が、今幸せなのだと実感させていると思う。
後悔は無い。
「ねぇ、優はさぁいつからあたしの事好きだったの?」
「それ、俺も聞きたいんだけど?」
暑い夏の空、千佳とそんな話をしながら食べるアイスは美味しかった。
「俺は……もしかしたら綾に言った時かもしれない……」
「言ったって、好きだったって?」
「うん。あの時付き合うとか、一緒にいて楽しいとかそう思うのは千佳なんだと思った」
「ふうん……そうなんだ?」
「自覚はなかったし、もちろん千佳の事は応援しようと思ってたんだぜ?」
気づかないうちに好きになって、自分の事すらよくわからないくらい必死に生きてる。
「あたしは、気づいたのは優が告白して来た時かな……」
「いや、あの時振られたし」
「だって、わからなかったんだもん」
「なんだよそれ!」
自分の好きを押し付けなくなった時。
引っ張ってでも気持ちに気づいてもらいたい時。
好きと言う気持ちは、積み重なって生まれていくのだと思う。
「なんか優とは別れたりする気しないんだよねー」
「そうなのか?」
「えっ? 優はするの?」
「んー、しないかも?」
「でしょ? なんか友達以上、恋人以上って感じでさー」
「普通は、友達以上恋人未満って言わないか?」
「でも、友達の方が話せたりする事あるでしょ?」
「うーん、彼女出来た事ないからわからないかもしれない……けど、恋話とかはそうかも?」
「優は、恋話するんだ?」
「いや、しないけど……そうかなって」
アイスを食べ終わると、2度目は自然に手を繋いだ。こうしてドキドキや幸せは当たり前の物になっていくのだろうか?
いや、当たり前にしているのは自分。
だけど、それが悪いこととも思えなかった。
「どうしたの?」
「いや……千佳は恋愛経験豊富なのかなって」
「なに? 嫉妬〜かわいいのう、よしよし」
「なんだよ!」
「うーん、ひみつ!」
「ひみつって……」
「だってその方が面白いし、前に言ったきもするんだよねー」
俺は記憶をたぐり寄せるも、確かな情報は思い出せなかった。
正直気にはなるけど、経験があったからと言って千佳への気持ちは変わらない。彼女は彼女で一人しか居ないんだ。
多分、見た目が全くおなじでも。いや、彼女以上に整った顔をしている子がいたとして誰も千佳の代わりになんてなれない。
「そう言えばさ、初めて一緒に遊んだ時何したっけ?」
「えっと……カラオケ?」
「そうそう! カラオケに行ったよねー」
あの時の千佳は俺には衝撃的な印象を受けた。
それからカラオケを見るたびに、俺はその事を、思い出す様になった。
「ねぇ、カラオケ行ってみる?」
「え、マジかよ? 当分なにも無いんじゃ……」
「なーに期待してんのよ! 普通に歌うだけだからね!」
「……驚かすかなよ」
「……多分」
・
・
・
それから、あっという間に夏休みを迎えた。
相変わらずバイトも入っているが、色々とお金が必要な俺にはありがたい。
浅井さんは、千佳の道場で最近は結構慣れて来たらしく大会に出たいと言っているそうだ。
純は、あれからカジさんと結構会う様になったらしい。だけど、付き合ったりしているわけじゃなく彼女はメイクアップアーティストになりたいと目標ができたからなんだと聞いた。
まぁ、美容師じゃないのかよとは思ったが。
船場さんは、なんと2店舗目を出す事になった。
秋にはオープンするらしいので、出来たらまた遊びに行こうと思う。
修平と綾は、直接聞いたわけでは無いけど別れたのだと浅井さんから聞いた。噂の範囲だから本当かはわからないけど、綾が他の男と話していたのをみて、束縛が激しくなったからなのだとか。
もしかしたら、あの時の喧嘩はそれが原因だったのかも知れない。だけど、付き合ったり別れたりして居るみたいだからあまり気にしないでおこう。
そして俺は……この日は千佳と花火を見に来ていた。もちろん、TPOを考えた浴衣スタイルだ。
千佳は少し伸びた髪を上げて編み込まれている。
和服がよく似合っていた。
暗い空に、大きな花火が上がるとその光は彼女の顔を照らした。もしかしたらまた、花火より千佳を見ている事がバレるかもしれない。
でも、時々花火を見上げては彼女をみてドキドキする。ふと、屋台の近くのスピーカーから音楽が流れて来る。
あの日、一人で聞いていた俺が好きな曲。
ジェイソンムラーズの『I’m yours』が、あの時とはまったく違う様に聞こえた。
「あ、この曲知ってる、優が聴いてる奴!」
「『I’m yours』夏の雰囲気にぴったりだよな」
ゆっくりかつ、軽快な音楽は雰囲気を演出しながら俺たちの世界を作り上げていく。
俺は千佳の肩を寄せると、彼女は寄り添う様に花火を見上げそのメロディを口ずさんだ。
花火を見る人の話し声と、音楽。
それに、千佳が口ずさむメロディ。
このまま時が止まればいいなと思った。
その瞬間、顔を見ると千佳も俺の方を向いている。自然と目を瞑る千佳に唇を重ねた。
そんなわけないのだけど、きっとこの瞬間、世界中では沢山の人が幸せになって居るのだろうと思う。
唇を離すと、暗くても分かるくらいに千佳は恥ずかしそうに言った。
「あたしの彼氏、優でよかったですよ?」
俺の初めてのキスとひと夏のストーリーは、味とか感触とか考える間もなく幕を閉じた。
終わり
その彼氏、俺でよくないですか? 竹野きの @takenoko_kinoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます