第38話 過去と未来

 あの日俺は2度目の告白をした。

 告白と言うにはぎこちなく、泥臭いものだったのかも知れない。


 数日が過ぎ、学校ではもう直ぐ夏休みという雰囲気が出始めていた。


「長坂くん!」

「浅井さん、どうしたの?」

「聞いたよ?」

「なにを?」


「千佳ちゃんと付き合ったんだって?」

「ちょ、それ……誰から?」

「誰って、本人だけど?」


 そういえば、浅井さんはあれから千佳の道場に通い始めたと言うのを思い出した。


「あれぇ? もっと嬉しそうにしたらいいのに?」

「いや……それには色々と事情がありましてですね……」

「事情?」



 そう……あの日……。



「その彼氏、俺でよくないですか?」


「いいよ?」

「え、今……」

「だから、いいよ優なら……」


 そう言って千佳は笑う。


「なんで?」

「なんでって、告白してその返事はおかしくない?」

「まぁ……でも、千佳はカジさんが好きだったんじゃないのかよ?」


 俺は息を飲んで聞いた。正直、妥協でもなんでもいいと思っていた。だけど、いざOKをもらうと気になってしまうのは贅沢なのだろうか。


「答えは優が言ってるじゃん」

「俺が?」

「好きだったんじゃないのかって……好きだった・・・・・んだよ……」

「それじゃ、今は……俺?」


 気持ちが昂り、鼓動が高鳴る。そんな都合のいい話があるのだろうか?


「うーん……」

「ちょっとまって、なんで悩むんだよ?」


 少し考えたような素振りをみせると、千佳はゆっくりと口を開いた。


「優の事は好きだけど……まだ、気持ちの整理が追いついてない……って感じかな?」

「だからとりあえず……?」


 俺がそう言うと、千佳は手を出した。


「そ、だから手を繋ぐ所から始めませんか?」



「なるほどねぇ……」

「そう、だから付き合ってはいるんだけど、何も変わった気がしないんだよ」


 そう、言うと浅井さんはうらめしそうな顔をして俺の肩を叩く。


「長坂くん、それは惚気というんだよ」

「いやちがっ、俺は真剣に悩んで……」


「別に焦らなくていいんじゃない? 元々仲が良すぎて距離が詰められないだけだと思うよ?」

「まぁ……たしかに?」


 浅井さんがいう様に、千佳との友達としての距離が近すぎるのだと思う。本来なら緊張したりして、恋人という不自然な日常もすんなり受け入れられるのだろう。


 だけど、緊張する恋人とそのあとにその不自然さを笑い合う友達が同一人物な所がネックになっている。


「ま、そういう所は男の子がリードしてあげるのが普通だと思うけど、千佳ちゃんだしね!」


 恥ずかしながら、立場的に引っ張っていくタイプなのは千佳の方なのは間違いない。


「でも、ずっと一緒に居れるわけだから羨ましい!」

「……まあね」


 俺は少し照れ臭くなって、ふと話を変えた。


「最近純とは連絡とったのか?」

「うん、昨日も電話したし今日も遊びに行く予定」


「そっか……」


 なんとなく、あいつには色々迷惑かけたりした事もあり、ちゃんとお礼がしたいと思っていた。


「純、何か言ってた?」

「なんかね、気になる人が出来そう。みたいな事言ってだけど……心当たりある?」


「それってもしかして、年上の美容師なんじゃ……」

「なんで分かったの? あの子も恋多き乙女だからねぇ……話してみたらイメージと違ったらしいよ」

「それは……いい風にだよね?」


 そういうと、浅井さんは頷く。


「軽い感じの人だと思ってたら、結構落ち着いた大人ないい人だったんだって」

「まぁ、カジさんはお洒落な大人というイメージが本来の姿だからなぁ……」


「純、そういうのに弱いんだよねぇ……」

「お洒落な大人に?」

「ちがうちがう。チャラいと思ってたらそうじゃなかったみたいなタイプ?」


 純はなんだかんだで、純だった。

 でも、俺はそういった最初は嫌悪感すら感じていたダメな所も含めて仲良く出来る気がする。なんとなく彼女のいい所も知ったからなのかも知れない。


「いや、それって典型的なダメ男にハマるタイプじゃねーか!」

「ふふっ。長坂くんがそれ言っちゃう?」

「え……なんで?」

「うーん、なんとなく?」


 浅井さんの雰囲気で察する。

 多分、彼女は俺と純との出会いを聞いているのだと思う。そう考えると、元彼も含め純が少し残念な子に思えてくる。


「あいつってなんかダメだよな……」

「そういう所も、かわいいでしょ?」

「まぁ……そうだな」


 浅井さんは元々知っていたのだ。

 両方理解した上で、楽しむ様に仲良くしているのだと分かった。実は彼女が一番……これ以上は考えない様にしよう。


 夏休み前。教室から見える空は青々として澄んでいるのが見える。それと同時にセミの鳴き声が鳴っていた事に気づく。


 俺はあの日、恋愛は妥協しているのだと思った。

 だけど、そう思っていた俺に千佳は「恋は戦場」だと言った。


 たしかに、思い返すと争って来た様にも思う。


 でも俺は、実は戦場では無くパズルの様に埋めたるものなんじゃないかと最近は思う。無理矢理埋めようとしてもうまくは行かない。きっとそこにはそれぞれのピースがあって、最後には素敵な絵があらわれる。


 俺はなんとなく、千佳にメールを送る。


『夏休み、花火を見にいかないか?』


 行きたい所や、したい事は沢山ある。俺は上機嫌にメールの返事を待っていると、直ぐに返事が返って来た。


『いいけど、それより週末どこ行くか決めてね!』

『とりあえず街に行こう!』


 咄嗟に思いついて送ったメールで、俺たちは週末街に行く事になった。

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