第37話 彼氏と彼女

 店を出てみたものの、千佳がどこに行ったのかはわからない。彼女の走って行った方向は街の中の方に向かっていた。


 とりあえず、街に向かおう……。


 俺は走り、お店の多い街の方に向かう。この道はカジさんのお店や二人で食べたアイス屋さんがある場所に続いている。


 アイス……なんか食べてるわけないよな。


 そう、思いながらも通りを抜けて行く。

 船場さんの店の前を通り、夕方の街はまだまだ人が多く、買い物をする雰囲気から近くの飯屋に飲みに行く人達が増えているように思う。


 そのまま駅前に繋がる道へ進む。丁度ジムとの丁字路に差し掛かると、俺を呼ぶ声がした。


「長坂くん!」

「新宅さん?」

「やっぱりそうだ、何か急いでるの?」


 声をかけてきたのは、中山さんの奥さんで同じ弁当屋の新宅さんだった。


「急いでも仕方ないんですけど……」

「えー? どういう事?」

「新宅さんこそ、仕事帰りですよね?」


 彼女は今日は早番のはずだった。


「まぁねー。旦那がさぁジムが長引いているから、今日は飯でも行かないかって急に言ってきたんだよねー」

「すみません……」

「なんで長坂くんが謝るわけ?」

「多分、それ俺のせいです……」


「何かあったんだ?」

「まぁ、中山さんに助けてもらったというか……また、店でもいいますけど、一応お礼言っておいて下さい」

「まぁ、その辺りは旦那に聞こうかな」


 そう言って、新宅さんはニコニコと笑う。


「そういえばさ、駅前で千佳ちゃん見たよ?」

「マジですか?」

「珍しくぼうっとしてたんだけど、もしかして一緒に居た?」


「……はい」

「旦那に助けられたっていうのも関係ありそうね?」

「少しは……」


 そう言うと、新宅さんは俺の肩を叩く。


「まぁ、何があったかは聞かないでおくけど、気まずくなっちゃったならフォローして来な?」

「……はい」

「男の子からしっかりいかないと!」


 この夫婦は、喧嘩とかするのだろうか。もししたとして中山さんから謝っているイメージがすんなりと浮かんできた。


「駅前、行ってきます!」


 俺は新宅さんに別れをつげ、再び走り出した。歩いて5分ほどの距離。まだ居るかも知れない。


 そう思い、走り過ぎて疲れた足を無理矢理動かす。体力があったのは部活をしていた頃、1年以上ブランクのある俺の息は上がったままほぼ気持ちっけで走っていた。


 駅前に着くと、既に街灯がつき、殆ど日が沈んでしまっている。帰り際の人、今から集まり飲みに行く人が交差する。


 千佳はもう、帰ってしまったのだろうか?

 そりゃそうだろう……いつまでもこんなところに居る理由なんてない。


 今の彼女は……そう、あの日修平に付き合い始めたと告げられた後の俺なんだ。


 偶然にもこの場所で、千佳は立ち止まってしまったのかも知れない。


 そう考え、時計台のある待ち合わせ場所の下で足を止める。


 あの日君は、暴走した俺を止めてくれた。

 あの時、少しだけ救われた気がしたんだ。


 自分の知らない世界で勝手に進んでいく世界について行けていない自分がいて、焦ってしまっていたのだと思う。


 あの時の千佳の顔を覚えている。

 赤い目をして……。


 あれ?

 もしかして、あの時千佳は泣いていた?

 俺が怖かったから? あの千佳がそんなはずはない、それとも嫌がらせされている純に……それなら泣くはずはない。


 カジさんに振られたから……。

 いやそれもあるかも知れない。だけど、あの時彼女は、もしかしたら俺の違和感を感じていたのかも知れない。


 絶望して、フラフラと声をかけた俺に。

 世界が無くなればいいと思った俺に。




「ねぇ。なにやってんの?」




「えっ?」


 振り向いた先に、千佳の姿があった。


「あんたまで来ちゃったら、予約どうするの?」

「お店には入って来たよ……」

「純を置いて来ちゃったんだ?」


「うん……ダメだった?」

「別にいいけど」


 周りの人が少しづつ居なくなっていく。

 

「あのさ……」

「何?」


「カジさんと話して、どうだったんだ?」

「それ聞いちゃう? だから優は彼女出来ないんだよ?」


「知りたいんだ……」

「知りたいって、優の予想どおりだよ……」


 そう言った千佳に、あの時の様な涙は無い。平然を装っているのか、落ち着いている様にも見えた。


「そっか……」

「なんでかよくわからないんだけど、自分で諦めちゃった」


「どういう事?」

「もしかして、告白したと思ってる?」

「え……ちがうのか?」


 意表を突いた様なその言葉を聞き返す。そしたら千佳は、何を話したんだよ……。


「カジさんにはね、『好きだった』けど、今はなんとも思ってないから……って」

「なんで……?」

「あとは、純はいい子だから泣かす様な事はしないでねって……」


 千佳はそう言って俯いた顔をあげ、俺の目を見た。


「なんでだよ……千佳らしく無いじゃねぇか……」

「嘘は言ってないよ。優にもカジさんにも……あたしは自分勝手なんだよ」


 俺を見る目が少し潤んだ様に見えた。

 その姿に、少し落ち着いたような自分がいる。千佳の感情の動きがそうさせているのかも知れない。


「あのさ……前から思ってたんだけど、千佳って彼氏欲しいと思ってる?」

「なにそれ? そりゃ思ってるよー」


 俺は人差し指を突き出し、言った。


「約束1好きな人や気になるが出来たらすぐに言う……」

「ちょっとまって、今それ言う?」

「千佳が好き」

「いきなりすぎるよ……」


 慌てる千佳を置いてけぼりにする様に続ける。


「約束2悪いと思ったときは謝る。謝ったら許す……ごめん。千佳の事、色々傷つけたと思っている」

「そんな事ないよ……あたしだって……」


「約束3お互い変なことをしたら止める……」

「それもあるの……?」


 驚いた様子の千佳に俺は、息を整えて言った。



「その彼氏……俺でよくないですか?」

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