氷漬けの復讐者
洞窟の外は猛吹雪だった。時折突風が吹いては、随分と奥深くにいるはずの自身のところまで、極寒の冷気が頬をなでた。
「あは……」
ブルブルと寒さに震わせていたはずの体からは、すでに感覚がなくなりかけていた。頬を撫でる冷気以外、とてつもなく鈍い何かを感じることしかできなくなっていた。暖かい部屋でうたた寝をしていたはずなのに、気づいたら吹雪吹き荒れる雪山らしい場所の、洞窟の中にいた。
「お母さん……」
自分のくるまっていた毛布ごと、洞窟にあった。正しくは、毛布にくるまった状態で自身が洞窟に寝転んでいた。でも、こんな猛吹雪の中で外に追い出したりすれば当然死ぬことくらいは予想がつくだろう。考えたくない。考えたくないけれど。
「どうして……?」
食料が保たない。そんな話を、ドアの向こう側から聞いてしまった。食料が保たない、だけど、あの子さえいなくなれば食料は足りる。だから、あの子を雪山に捨ててこい。そんなことを、あのど畜生の父親はお母さんに指示しやがったのだ。つまり、私は捨てられたのだ。自分たちの命を優先して、たった一人の娘を、捨てやがったのだ。
「ふざけないでよ……ねえ」
薄れていく意識の中で、私を捨てた両親に、捨てろと命令した父親に、それを実行したお母さんに、呪いの言葉を残す。
「子供一人守れないくせに……くたばれ……ど畜生共」
そんな言葉を一人ポツリと呟いて、私は薄っすらと残っていた意識を手放した。
『~~~~~~~~~~~~』
誰かが何かを話している声が聞こえる。でも、あまりにくぐもっていて何のことを話しているのかは、まるでわからない。
(……あれ)
生きている。意識があるということは、私はまだ死んでいないらしい。なのに。
(どうして、体が動かないの?)
目を開けられない。指の一本たりとも動かせない。どこも動かない。心臓の鼓動も止まってる。なのに、どうして意識がある?
(どう、なっているの)
感覚もない、体も一切動かせない、心臓の鼓動すら聞こえない。普通ならもう死んでいるはずだ。
『~~~~~』
なんかを話している誰かたちの話し声は、結局聞こえない。くぐもりすぎて、ただ何かを話している、ということしかわからない。
(……もう、どうなってるのよ)
思考を巡らすことしかできない。現状、どうなっているのかすらわからない。だから、こんな状態でずっと、どれだけの時間がたったかわからないくらい、私はなにかに閉じ込められていた。
『~~~~~~~』
どれだけの時間がたっただろう。思考を巡らすことをやめていた。かなり久々に、何かを話している誰かたちのくぐもった声を認識した。
『~~~娘の~~~です』
(……は?)
嫌というほどに聞いた、誰かの声を、はっきりと耳が聞き取った。
『こいつは、私の娘です』
私を捨てた、ど畜生の父親の声が、はっきりと聞こえた。
『この子は、ある日行方不明になってしまったんです』
(何言ってるんだよ、おい)
『探しても探しても見つからない。村のみんなで探しても見つからない。いつまでたっても、見つからなかった。もう、見つからないと思っていたんですけどね』
ど畜生は、苦笑しながら、涙を流しているようだった。あの、人前では善人ぶった、良い父親のフリをしていた、ど畜生らしい。
『こんなところにいたんだな、まったく』
まったく、という部分に至っては思いっきり涙声だった。ふざけんな。お前がお母さんに捨てさせたんだろ?
『この子の母親も、この子がいなくなってから体調を崩してしまって。この子がいなくなって少したった頃に、自殺してしまったんです』
ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんな。
『だから、この子の母親にも、この子が見つかったことを、墓前に報告しなきゃですね』
どの口が言いやがるんだよこのゴミ野郎。
『この子が、よく使っていた毛布にくるまった状態で氷漬けになったオブジェクトが、展示物になっていただなんて』
なんだそれ。展示物? 氷漬け?
『また、見に来ます』
ゴミ野郎はそう言って、その場を去っていった。
『~~~~~~』
うるさい。うるさいうるさいうるさい。
殺さなきゃ。あのゴミ野郎をぶち殺さなきゃ。
死にきれないじゃないか。
バキバキバキバキ、バキャン、と。
私を覆っていた大量の氷らしい何かが、砕け散った。
「な、なんだ……?」
老いぼれのじじいの声が聞こえる。
「……ぉろす」
久々に目に映した景色は、何もかもが真っ赤に染まっていた。
「ぁぃつをころさなきゃぁ」
砕け散った氷には、血まみれになった私の形をした何かが、反射していた。
掌編 アリエのムラサキ @Murasaki2020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。掌編の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます