02 1200万
そういえば、そういえばだ。
如月さんは口に出さないが、僕にはまだ返さなければならない恩義がある。このままなあなあにすることもできるのかもしれないが、思い出してしまったからには僕から言わねばならないだろう。それを、きっと如月さんは待っている。
それに、如月さんからすれば僕のような人間の考えていることはお見通しなのだから、隠すのも無駄である。
僕はこの先のことに若干の胃の痛さを感じながら切り出す。
「あの、如月さん。あの夜助けていただいたお礼……というか、依頼料なのですが」
「ああ、そのことか」
「榎本は僕への半殺しに200万を出したと聞きました。今回は妹の命を救っていただいてますし、きっとそれ以上ですよね」
「うーん、そうだな……」如月さんは唸る。
もしかしたら、ハッキリとした料金は決まっておらず如月さんのその場の裁量で決まるものなのかもしれない。普通の仕事ならそうはいかないだろうが、なんでも屋ならではの料金体系だ。
「……1200万ってとこだな」
い、いっせん、にひゃくまん……。
「どうした? まさか払えねえのか? 妹の命を救ってもらっておいてか?」
如月さんは僕の懐に潜り込むように寄ってきて、嫌な笑顔とともに見上げてくる。こ、こええ……。顔が引き攣っていることを自覚する。
「そんな、まさか。払うに決まってますよ。払わさせていただくに決まってます。でも……」
「でも?」
「その、少しお時間を頂けるのであれば……」
如月さんは、ま、そうだわなと楽しそうに笑った。なぜ僕の周りにいる女性は、僕をいじめることで悦に浸る変態ばかりなのだろうか……。
「んで、具体的にはどうやって払うつもりなんだよ。社会に出て何十年も働いてちょっとずつ返します、とか言うんじゃねえだろうな」
「えっと、そうですね…………。大学を卒業したら、まず起業します」
「お前、経営者って感じじゃないじゃん」
「……では、ゼミナールを開きます」
「へえ、なんの?」
「不幸ばかりの人生にお困りの方へ、という講習ですかね」
「それはゼミじゃなくて宗教だろうが」
「…………」
で、次は? と急かすように僕に言う。
「次は、これは最終手段なのですが……、臓器でも売ろうかと」
「バカ野郎が! 要するに何もアテがねえんだなてめえ!」
うう、怒られてしまった。
当然だ。僕がお金を支払えなければ如月さんはタダ働きということになってしまう。それは如月さんのポリシー的に許せることではないのだろうし、僕にとっても許せることではない。恩はしっかりと返したい。
「つか、お前そんなボケるキャラだったか……?」
如月さんはジト目でこちらを見てくる。そうなんですよ。あまりの状況の目まぐるしさと如月さんや榎本のキャラの濃さに圧死させられていましたけれど、僕の人間としての立ち位置は元々こんな感じです。
「ま、いい」と如月さんはどこからか手帳を取り出し、ペラペラとページを捲り始める。
「金銭で支払ってもらう以外に方法がないわけじゃないが……聞くか?」
「はい。もちろん」
僕の返事を聞き、手帳のとあるページで手を止めた。
「ほんじゃあ残る方法は唯一つ……、身体で支払ってもらう」
「身体で!?」
「――見え見えのリアクションすんじゃねえよ、噛みちぎるぞ」
それは、ドコヲ。
「お前には金額分が満了する間、私の手伝いをしてもらう……ってのはどうだ?」
「手伝いっていうのは、もしかしてお仕事のですか?」
「ああ、そうだ」
なんでも屋のお手伝い。というのは、一体どんなことをするのだろうか。皆目検討もつかない。検討もつかない――が、きっとろくでもない仕事なのだろうなという予測はつく。なんせこの怪物じみた如月さんの普段の仕事なのだ、危険度で言えばAクラスだろう。
「それは、危険な……?」
「もちろんそういうのもある。ま、簡単な仕事でもいいんだけどよ、その場合ちまちまこなすことになるから時間掛かるぜ?」
「それって僕が着いて行ってもいいものなんですか? 明らかに邪魔にしかならないと思いますけれど」
「そうでもないさ、それに言ったろ? お前はいるだけでいいんだってな。ま、仕事なんだから多少の手伝いはしてもらうけどな」
あの時――飛鳥を助けてもらった時に、そう言われたのを思い出す。
本人がそう言うのだから問題はないのだろうけれど、僕が如月さんの立場なら僕のような足手まといはいない方がいいと考えるのだろう。やはり超人の考えはわからない。
「……ちなみに安い仕事って大体いくらからなんですか」
「最低50万辺りだな、と言っても毎回そんな仕事が舞い込んでくるわけじゃねえからなぁ」
「じゃあ、直近で高めのお仕事もお訊きしてもいいですか」
「ああ、直近ならちょうど600万のがあるぜ」
600万円。半額。これなら――。
「そのお仕事、僕に手伝いをさせてもらえませんか」
「おっ、威勢いいねえ! でもいいのか、そこそこ危険だぜ」
如月さんは僕を睨みつけるようにして、ニヤリと口元を歪ませている。僕はそれに臆することなく頷いた。
どうやら手元の手帳はスケジュール帳だったようで、なにか印をつけている。この時点で僕の予定は決まったようだった。
「どんなに危険でも、どんなところでも着いていきますよ」
僕自身には失うものはない。ならば、あとは全力で僕の身体を酷使して、恩を返すだけだ。
僕の返事を聞いた如月さんは、魔王のように笑った。
榎本モノエは僕を殺したいらしい しょす @ei_kirikiri
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