終章 これからのこと

01 後日談

 駅前ロータリー。


 前にここに来たときはまだ桜が咲いていたけれど、いつの間にか花は全て落ちきっていて、青葉が完全に生い茂るのもそう遠いことではないなと予感させた。辺りを見ると相変わらず人は多く、自分の生活に準ずるために改札口へとぞろぞろと向かっていく。


「本当にひとりで帰るのか?」


「うん」


 飛鳥は来たときと同じ服装で、キャリーケースを持ちながら頷いた。


「叔父さん叔母さんにも迎えに行くからって言われたけど、断ったの。ひとりで帰れるよって」


「なんで断ったんだ? 普通に車で来てくれるんだからのんびり帰ればいいじゃないか」


「うーん……、だってずっと車ってのも退屈だし、駅弁もっかい食べたいしね!」


「駅弁って……」


 なんて強いやつだ。普通あんなことがあったらトラウマで当分ひとりじゃ出歩けなくなるもののように思うが……。まあ、僕もその辺りは全く同じだ。こればかりは兄妹といったところなのだろう。


 叔父さん叔母さんが基本妹にほぼ絶対服従に近いスタンスなのは、僕が向こうにいた頃と何ら変わりないようだ。実の娘のようなものであるのと、多分僕たち両親への何かしらもあるんだろう。深くは突っ込むまい。


「それより、おにぃ……」


「ん?」


「あんま無茶、しないでよね」


 飛鳥は僕の左腕と左脚を交互に見る。


「……うん」


 きっと飛鳥が僕に会いに来たのは、これが一番の理由なのだろう。地元にいた頃から怪我ばかりしていた兄への心配。その純粋な気持ちが事件の引き金を引いてしまった。


 案の定、未だに怪我だらけなのだから心底呆れ返っただろう。


 元々僕たちはそこまで仲のいい兄妹というわけでもない――だが、やはりそこは肉親。互いを心配する気持ちに嘘偽りはない。


 だから、むしろ僕はお前が心配だ。どんな事があってもへこたれない精神はものすごいが、同時に危険でもある。どんな環境に身を置かれても強くあれてしまうというのは無茶が効いてしまうということだ。僕のように適度に逃げるようにしてほしいところだが……、まあそれを言って聞くような性格ではないので言わないでおこう。


「じゃあそろそろ電車来るし、行くね」


「うん、じゃあ」


 改札口へ駆け出していく妹を見送りながら僕は右手を振った。一瞬だけホームへ降りた姿を見られたが、すぐに電車が到達して姿が隠れたので、僕は視線を外した。


「さて……」


 特にやることもないが、やることがないときはやはりあの書店でコーヒーを飲むに限る。僕は書店へ向かうために松葉杖をぐっと握りしめた。


 しばらくして書店が見えてくる。そこには――


「げっ」


 店の前にはゆったりとした茜色のカーディガンに、クリームホワイトのロング丈のワンピースを着ている、清廉な雰囲気の女性が立っていた。髪は長くはないがよく梳かされており、風でそよそよと揺れている。


 ――如月綺羅莉だった。


「こんにちは、如月さん。外見で中身を裏切るのをやめてもらってもいいですか」


「よう、タっくん。会って早々随分な挨拶じゃねえか、あん? 私がどんな格好しようが勝手だろうが」


 ずいっ、と僕に近づいて凄んでくる。出会った当初はこれだけで随分と怯えたものだが、人間の適応力というものは凄いもので完全に慣れてしまった。でもそれは飽くまでこういう状況の話だ。本格的に殺気を出されてしまえば僕は逆らえなくなってしまう。


 僕たちは店内に入るや否や、すぐにカフェコーナーに移動した。各々好きな注文をして席につく。本当だったらまず書店コーナーに寄って適当な文庫本を一冊見繕ってからゆっくりしようと思っていたのだが……如月さんが来てしまったのならしょうがない。


「僕の行動パターンがなぜ分かっているのかは聞きません。なにか話があるんですか?」


「うーむ、いや、別にそういうわけじゃねんだけどよ。なんとなく、気分だ」


 ブラックコーヒーに口をつける如月さん。この人、本当は暇人なんじゃ。


「……その、色々ありがとうございました」


「何の話だ?」


「諸々ですよ。僕や飛鳥の入院のこともそうですし、榎本のことに関しても……感謝してもしきれないくらいです」


 如月さんは同時に注文していたスコーンをかじって、ゆっくりと咀嚼して、コーヒーを啜ってから、「いいってことよ」と言った。


「それにしても、お前が榎本をサツに突き出さなかったことに大した驚きはねえけどよ、まさか一切のお咎めなしとは思わなかったぜ。慰謝料くらいは取ろうとしろよ」


「いいんですよ。結局あいつは自分が全部出すの一点張りで聞かなかったんですから。それに飛鳥の分の治療費は出させるつもりでしたし」


「つか、妹ちゃんは榎本のこと全部知ってんの?」


「いえ」


 妹は、本当は榎本がどういう人間なのか知らない。飛鳥の予定としては、ちょうどあの事件の翌日に開催された桜まつりに、僕を含めた3人で参加する予定だったらしいけれども、結局それは叶わなかった。


 飛鳥の中では「通り魔に襲われて、そこから僕と如月さんが助け出した」という筋書きになっている。多少無理があるが、榎本の名前を出すよりかはそのほうが自然だし、知らないほうがいいこともあるだろう。


 だって、飛鳥は未だに榎本のことを好いている。そんなあいつに言えるわけがない。


「はっ、とんだシスコン野郎だぜ」


 …………やかましい。

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