第5話

 「お二人の成功を祈っております。私は殿にお知らせせねばなりませぬので帰ります。」

 そう言うと小姓は来た道を戻っていった。二人はその華奢な後ろ姿を見送った。

 「さて喜三郎。馬はどうしようか。」

 弥八郎は口を開いた。

 「確かに馬の嘶きを聞かれては相手に気付かれてしまうからな。ここは背に腹は変えられぬ。馬を殺すしかあるまい。」

 「無用な殺生はしたくないな。」

 弥八郎は溜息をついた。

 「いや殿から生きて帰って来るようにと言われておるのじゃ。そんな事に拘っては駄目じゃ。」

 「分かった。ここは大願成就の為犠牲になってもらうしかあるまい。」

 弥八郎は決断した。

 話が決まれば早いものである。弥八郎と俊通は己の脇差で馬の下腹を勢いよく突いた。

 弥八郎はいつも与八に野獣や家畜であっても無暗に殺してはならないと言っていた事を思い出した。だが考えても仕方がない。弥八郎は静かに手を合わせた。

 

「さあ兄者、寺に入りましょう。」

 俊道は早くも寺の戸に手を掛けていた。

 興善寺は小さな寺である。住職は居ないようで、屋根には草が伸びきっていた。

 「果たしてこんな所に家親は来るのかのう。」

 弥八郎は独り言を言った。

 「おっ、ここに潜むぞ兄者。」

 俊道は天井へ上がる梯子を見つけた。

 「分かった。急がねば家親の軍勢が来てしまう。」

 弥八郎も梯子を登った。

 「兄者、ここじゃ。ここから下の部屋が見えるぞ。」

 そこには僅かばかりの隙間があった。

 「梯子は天井に隠しておこう。」

 「そうだな。まさか天井が落ちたりはしないだろう。」

 二人は梯子を持ち上げた。

 「さて撃つ順を決めるとしよう。二人同時に撃ったらさすがに見つかってしまう。」

 「兄者がお先になされよ。俺は責任を取れん。」

 「責任逃れか。まあ良い。わしの手柄とさせてもらうぞ。」

 弥八郎が憎々しげに言った。

 「よろしゅうござる。」

 俊道は笑っていた。

 

ミシッ

 二人が話していると大きな音がした。

 三村勢が入ってきたのだ。

 「急いで鉄砲を装填せねば。」

 弥八郎は小声でいった。

 二人はせわしなく手を動かした。鉄砲は一回撃つのに大変な手間が掛かる。筒内を掃除し、玉薬を入れ、火縄に火を着けるなどする事は沢山ある。

 射撃の準備が終わると二人は先ほどの隙間を覗いた。下には床几が置かれており、地図が開かれていた。

 「皆の者、軍議を始める。」

 一人の男が言った。

 他の者が頭を下げたのでその男は家親だと

二人は悟った。

 そして弥八郎は鉄砲の筒先を家親と思われる男に向けた。

 「南無阿弥陀仏」

 弥八郎は念仏を唱え心の乱れを鎮めた。今は与八の事もお妙の事も頭になかった。見えるのは家親の後頭部のみである。

 ふぅ

 と弥八郎は深呼吸した。そして引き金を引く。何もかもがゆっくり動いて見えた。

 ダーン

 轟音が響いた。

 同時に家親と思われる男が倒れ込んだ。

 「殿、殿。敵襲じゃ。出会え、出会え。」

 家親は死んだのである。

 家来達はまさか寺の中から撃たれたとは思はなかったのだ。家臣達は慌ただしく駆け回っていた。敵襲と勘違いしたのだ。敵地なのだからそう思っても仕方ない。

 「お妙、与八。わしは生きて帰れるぞ。」

 弥八郎は呆然としていた。

 俊道は笑っている。

 「流石じゃ兄者。まさか一発で仕留めるとは。」

 「喜三郎。これから鉄砲の時代がやってくるぞ。誰も彼もが鉄砲を進んで使う時代ぞ。我らは成し遂げたのだ。」

 弥八郎は己と一緒に偉業を成し遂げた鉄砲を満足気に見つめていた。

 

 四年後、尾張の織田信長を杉谷善住坊なる鉄砲の名手が狙撃した事件が起こった。失敗に終わったが鉄砲の時代が来ていることを多くの人々が知った。

 だが初めてそれを行ったのは他ならぬ遠藤弥八郎秀清なのである。

 さて弥八郎の狙撃によって家親を失った三村氏は直家に弔い合戦を挑むがあえなく敗れ滅亡した。

 さらに後日譚を書きたいと思う。

 弥八郎は狙撃が成功した後、千石の加増を受け浮田という姓を賜り浮田河内と名乗った。

 彼の晩年に主家である宇喜多家が改易の憂き目にあった。浪人になった彼は備前でひっそりと余生を過ごした。彼の家は秀俊と名乗った与八によって引き継がれその後、備前に封じられた池田氏に仕えその血脈は明治維新まで生き残った。

 鉄砲で勇名を馳せた弥八郎だが狙撃を成功させてからはその腕を振るうことは殆どなかった。彼の晩年には鉄砲を使わなくても良い泰平の世になっていたのである。    


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轟音 あっちゃん @atusi0519

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