第4話

 俊道は喜々と言った。

 「では明日、沼城で落ち合おうぞ。」

 そう言って弥八郎は別れを告げた。

 

 来た道を戻り家に帰ったのは夕刻であった。

弥八郎はゆっくりと戸を開けた。

 すると出て行ったはずのお妙が出迎えた。

傍らには与八もいる。

 「お前さま。申し訳ございませんでした。」

 お妙は泣いていた。

 「そなたは優しすぎるのじゃ。また与八の事はおいおい考えようではないか。」

 「妙は悪い女でございます。家を勝手に飛び出してしまった事はなにとぞお許し下さい。」

 「そんなに泣くな。与八も見ておるではないか。」

 「母上、泣いたらだめじゃ。与八も父上も母上には笑っていて欲しい。」

 与八の言葉にお妙は感極まった。

 「私は果報者でございます。これからも家族三人仲良く暮らして参りましょう。」

 その言葉に弥八郎は明日の事に思いを馳せた。

 もしかしたら一緒に暮らせなくなるかも知れない。そう思うと直家の命令から逃れられないかと考えずにはいられなかった。

 「お前さま。どうなされました。早く家に入りましょう。」

 まだお妙の声は潤んでいた。

 「ああ、分かった。」

 お妙に自分の状況を伝えたい。しかし、直家からは口止めされている。主君の命には逆らいがたいので泣く泣く言葉を飲み込んだ。

 夕餉が終わると弥八郎は

 「明日は早いゆえもう寝る。」

 と言って床に就いた。

 お妙と少しでも長く話していたいと思ったが明日に備えて寝ることにしたのだ。

 そして夜が明けきらぬ内に弥八郎は再び起き出した。お妙や与八に気づかれるわけにはいかない。

 隣で寝ていたお妙を起こさぬようその頬を擦った。抱きしめたいところだが今は起きられると困るので我慢した。

 弥八郎はもう一度振り返った後、外に出た。

 外には冷気が立ち込めていた。吐く息は白い。弥八郎は思わず身を震わせた。

 だが急がねばならぬ。弥八郎は鉄砲を持ち馬に跨った。


 「そなたの主人は大仕事に行くのじゃ。難しい仕事だが必ず生きて帰ってくる。」

 弥八郎は馬に語り掛けた。

 そして弥八郎は馬を揺らして走り始めた。

 何しろ興善寺まで十里ほどの道のりなのだ。

今から出立しても着くのは昼前であろう。

焦る気持ちを抑え弥八郎はまず沼城へ向かった。弟の俊通と合流するためだ。

 しばらくして沼城に着いた。俊通はまだ来ていなかったが、一人の青年がいた。顔を見てはっとした。

 その青年は先日直家のいる屋敷へ弥八郎を案内した小姓であった。

 「遠藤様、私はあなた様の鉄砲の扱いを見て尊敬していたのです。戦場でのご活躍はしかと拝見しておりました。」

 「それは嬉しい。そんな事を言ったのはそなたが初めてじゃ。」

 弥八郎は照れた。

 「私の朋輩は、鉄砲は臆病者の武器と言っておりましたが。私はそうは思いませぬ。鉄砲とは戦場で常に冷静な真の勇者の武器なのです。」

 「そなたのお蔭でやる気が出てまいったわ。」

 「あっ、俊通様が来られました。」

 霧の中から馬に乗った俊通が現れた。

 「待たせたな兄者。鉄砲の調子を整えておった。」

 馬上の俊通が声を発した。

 「嫁に気付かれたりはしておらぬか。」

 「まさか、兄者のように別れを惜しんでる暇などないわ。」

 俊通の冗談に弥八郎が笑った。

 「そなたは陽気で良いなあ。わしは緊張で体が震えておる。」

 「お話の途中で申し訳ありませんが、そろそろ参りましょう。」

 小姓が申し訳なさそうに言った。

 「ああ、済まん、済まん。」

 弥八郎は素直に謝った。

 「では急ぐとしよう。」

 早くも俊通は馬上の人となっていた。

 「うむ、そうだな。弥八郎、我らで新たな時代を築こう。」 

 そう言って弥八郎も鉄砲片手に馬に跨った。

 さて何故三村家親を暗殺しなければならないのか。それを書くとしよう。

 家親は毛利元就の後ろ盾を得て備中に勢力を拡大していた。一つ国を取ったら更に隣国へ攻め込むのが普通である。家親も例に漏れず隣国の備前・美作へ食指を動かし始める。

 両国とも直家の主君である浦上家の領国であった。最前線に立たされる直家にとってそれは看過できぬ事態である。剛勇をもって名を馳せた家親は直家にとって不倶戴天の敵である。

 三村氏は備前の岡山城を占拠し、美作の三星城へ攻め込んだ。これを辛うじて撃退するも、家親は再度美作へ侵攻して来た。

 そのため直家は遠藤兄弟に家親の暗殺を命じたのである。もちろん弥八郎や俊通がそんな深慮遠謀を知るはずも無い。

 さて弥八郎と俊通そして案内役の小姓は興善寺に着いた。

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