第3話

 弥八郎は城門の前で馬を降りた。

 「遠藤弥八郎秀清でござる。御屋形様の命によりまかり越しました。」

 弥八郎は大声で言った。

 「これは遠藤様。お待ちしておりました。御屋形様のところまでご案内いたそう。」

 出てきたのは十代の少年であった。直家の小姓であろうか。小姓らしい少年は弥八郎の前に立って歩き始めた。弥八郎も後ろに続く。

 山道がしばらく続いた。今の季節は真冬であった。木々の隙間から抜けてくる風が恐ろしく寒かった。ただ、険しい道を歩いているためか汗が噴き出てきた。それだけではない。

主君である直家に会うのが緊張するのだ。

 「遠藤様、あちらのお部屋でお待ちください。先客がござる。そのお方も遠藤様だそうでございます。」

 「そうでござるか。ここまでの道案内、かたじけない。」

 弥八郎は小姓に礼を言い、部屋に入った。

 「喜三郎、息災であったか。」

 部屋にいた男に声を掛けた。

 「兄上ではござらぬか。何でございます。」

 男は顔の輪郭や鼻筋などが弥八郎とそっくりである。弟の遠藤喜三郎俊通だ。

 「わしは御屋形様の命で参ったのじゃ。そなたも呼び出されたのか。」

 「私のところには戸川様が来られました。しかし、かの御仁は嫌なお方じゃ。」

 「そなたもそう思ったか。わしのところにも来たわ。」

 兄弟は共通の話題で喋り続けた。兄弟は幼いころから仲が良く、妻も同じ家から娶った。

お妙と俊通の妻は姉妹なのである。

 

 しばらくして、場の空気が一変した。二人の主君である宇喜多直家が入ってきたのである。

 「両名表を上げよ。急に呼び出して済まなんだ。」

 声はその性悪そうな顔立ちからは想像できないような穏やかな声であった。

 己の政敵に対しては容赦せず謀略を巡らす反面、家臣には温情を持って接していた。孤児だった直家は人々の冷酷さや酷薄さを肌で感じているのだろう。それゆえ自分に忠実な者には慈愛を与えているのだろう。

 「滅相もございません。」

 二人は同時に言った。

 「ふっ、仲が良さそうではないか。わしにも兄弟はいるが、弟の忠家などはわしと会う時に服の下に鎧を着ているそうじゃ。」

 直家は羨ましそうに言った。

 「御屋形様。何故我らをお呼びになられたのでござるか。」

 俊通は訊ねた。

 弥八郎は俊通の発言を歯がゆく思った。主君の話の腰を折るのはさすがに無礼である。

弥八郎は直家の出方を窺った。

 「まあまま、焦るでない俊通。重要な事ゆえ心して聞くのじゃ。」

 直家は周囲を窺った。

 弥八郎は危険な匂いを感じた。直家が謀略を巡らす時はいつもこうだ。直家に側近くに仕えている弥八郎だからこそ分かるのだ。

 「このこと余人に漏らすでないぞ。露見したらそなた達の命は無いだろう。」

 弥八郎はあんぐりと口を開けた。

 まさかそこまで危険な事を命じるとは思ってもいなかったのだ。

 「そなたらは鉄砲の腕に優れているだろう。」

 直家は驚きを隠せない弥八郎と俊通を気にせず喋り続けた。

 「はっ、私の鍛錬の成果を殿のお役に立てとうござる。何なりとお申し付け下され。」

 そう言った弥八郎に続いて俊通が頷いた。

 「その言葉忘れるでないぞ。頼りにしておる。」

 「さて我らに何をお命じになられるのです。」

 弥八郎は深呼吸した。

 場数を踏んでいる弥八郎でも、謀略に関わるのは初めてである。

 「三村家親を暗殺して欲しい。」

 直家は端的に言った。

三村家親とは備中松山城の城主である。中国の覇者・毛利元就からも評価されていた豪傑である。直家も幾度か手痛い目に合わされていた。

 「何と。なぜ我らでござるか。我らよりその道に長けたお方はいくらでもおります。」

 「いいから話を聞くのだ。」

 直家は落ち着いていた。

 「鉄砲で狙撃するのじゃ。」

 この直家の言葉に弥八郎は耳を疑った。簡単に言うなと。

 「しかしですな殿。火縄銃による狙撃というものは全く例のないものです。」

 言ったのは俊通である。

 弥八郎も黙り込んだが内心は同じ気持ちである。

 「良いか。常人がとる道を行っても成功は無い。これからは鉄砲の時代じゃ。そなたらがそれを示すのじゃ。家親を討ち取れば恩賞は思いのままぞ。」

 直家の雄弁に弥八郎は圧倒された。

 「覚悟は決まりました。手筈を指示していただけぬでしょうか。」

 二人とも腑に落ちたようである。

 「ではまず明朝にそれぞれの屋敷を発て。

それまで家中の者には一切見られるな。兄弟親戚や嫁にも言ってはならぬ。」

 直家は更に用心深く語った。

 「そして美作にある興善寺なる寺に潜むのじゃ。その日の昼過ぎには家親の軍勢が寺に入るゆえそれまで息を潜めておけ。そして鉄砲で仕留めろ。」

 「我らは興善寺を知りませぬが。」

 俊道が発問した。

 「そう思って案内役を付ける故安心せい。」

 なだめるような口調で直家はいった。

 「有り難きお言葉。我らも死力を懸けて励みまする。」

 気の利かない俊通に代わって弥八郎が言った。

 「死んではならぬ。謀とは足が付いてはいけない。もし気付かれれば相手の怒りを買うう事になるかもしれん。」

 直家の優しさでは無いかもしれないが弥八郎は嬉しかった。俊通も目に涙を浮かべている。

 「ただ万が一ということもござる。厚かましいお願いではありますが、どうか妻や息子の事をお頼み申す。」

 俊道は声を震わせて言った。

 「それしきの事か。そなたらの様な忠臣に報いぬ訳があるまい。安心して任せて欲しい。」

 弥八郎も内心ほっとした。

 これで何の未練も無くなった。あとは無心に三村家親を撃つのみである。

 

直家が退室した後、弥八郎は俊通の肩を叩いた。

 「共に三村家親を討ち取って見せようぞ。」

 「兄者が一緒なら何も怖くない。必ず生きて帰って御屋形様に褒美を頂きたいものじゃな。」

 俊道は喜々と言った。

 「では明日、沼城で落ち合おうぞ。」

 そう言って弥八郎は別れを告げた。

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