第2話
「遠藤殿、遠藤秀清殿はおられるか。おられるのなら表に出られよ。」
「こんな時分に何用じゃ。名を申されよ。」
弥八郎は警戒しながら訊ねた。
夜は賊がうろついているかもしれないのだ。警戒するのは当然の事である。
「戸川肥後守秀安である。直家様の命を伝えに参った。」
秀安は直家古参の家臣のためにその態度は尊大である。直家とも対等な関係であるという。当時の戦国大名は豪族の連合体の盟主であり、絶対君主ではなかったのである。直家は大名ではなく家老なので、なおさら家臣との関係も普通より近いのである。
「御屋形様はそれがしに何を。」
「出てきてくれ。用件はそれから話す。」
弥八郎は身構えながら戸を開けた。
「これは戸川様。ご足労かたじけない。」
「直家様はそなたに指示があるゆえ明日の早朝に登城せよと命じられた。」
「どのような指示でござるか。」
「その様な事、わしが知る訳がなかろう。」
いちいち鼻に突く物言いだが、ここで喧嘩しても意味が無い。弥八郎は鉄砲衆の一人に過ぎない。とても歯向かえる相手ではない。
「かしこまった。さて今日は遅いので私の家に泊まられませ。」
「済まぬがそんな暇はない。まあ暇でもそなたごときの家で寝とうはないわ。」
秀安が嫌味を言ってくる。
弥八郎は我慢して、静かに秀安の後ろ姿を見送った。
「お妙、お妙。」
弥八郎は家に入ると妻の名を呼んだ。しかし、全く返事は無い。代わりに可愛らしい寝息が聞こえてきた。お妙が寝ているのだ。弥八郎は静かにお妙の豊かな髪を撫で、濡れたままのその瞳を拭いてやった。
「今日は疲れたわ。明日に備えて寝るとしよう。」
そう言うと弥八郎は横になった。いつまで経っても寝付けない夜であった。
朝になったであろうか。小鳥の囀りが聞こえてきた。
起きるとお妙が台所に立っていた。
「与八はどうした。」
弥八郎はお妙に訊ねた。
「庭で遊んでおります。」
「そういえば昨日、与八が鉄砲に興味を持っていたぞ。」
言った後、弥八郎はしまったと思った。
「その様な物は仕舞って下され。与八には武士になってほしくは無いのです。」
お妙は涙声で言った。
「済まん。軽々しく言ったわしが悪かった。」
「お前さまなど知りませぬ。朝餉は勝手になさって下さい。」
そう言ってお妙は家を飛び出した。
「まあ直ぐに頭を冷やして戻ってくるだろう。」
弥八郎は半ば呆れながら呟いた。しばらくして弥八郎は立ち上がり、炊かれたままの白米に手を突っ込んだ。弥八郎は料理など作った事は無いが白米を握れば握り飯になることぐらいは分かっていた。
「早くお城へ向かわねば御屋形様にお叱りを受けてしまう。」
服装を整えると弥八郎は握り飯片手に外へ出た。外に繋いでいた馬に乗り込み走りだした。ただ、馬が走り出すと暇である。弥八郎は握り飯を頬張った。
さて、弥八郎が馬に揺られている間に彼の主君である宇喜多直家について書きたいと思う。
宇喜多家は直家の祖父の代から浦上氏の家老であった。重臣として直家の祖父は主君のために働いた。しかし、ある時心無い者の讒言により直家の祖父は討たれてしまったのだ。
これにより宇喜多家は路頭に迷うことになったのだ。更に直家の父は逃亡先の商家で客死してしまった。
これにより幼い直家は家臣と共に流浪の日々を送った。幼子の心には辛すぎることである。
しかし、直家が成人すると運命が一変した。
再び浦上氏に呼び戻されたのだ。直家は持ち前の才覚で浦上家中に取り入った。権力は日増しに大きくなり、直家は祖父の仇を討ち、さらに家老にまで出世した。今は筆頭家老として沼城を領していた。この沼城は元々直家の舅である中山信正の居城であったが、直家の謀略により謀反の疑いで信正が誅殺されその城に直家が転がり込んだのである。
さてそろそろ話しを戻すとしよう。
家を出てから弥八郎の目の前には城が見えた。沼城である。城とはいっても安土城などの天守がそびえ立つものでは無く、砦を少し大きくしただけの貧相な山城であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます