轟音

あっちゃん

第1話

 ダーン

 銃声が響き渡った。

 「今日は調子が良い。」

 弥八郎は鉄砲玉に貫かれた的を眺めながら呟いた。

 弥八郎というのは通称であり、本名を遠藤秀清といった。出身は阿波国であったが、各地を流浪し、今は備前浦上氏の家老である宇喜多直家に仕えていた。

 「父上。」

 可愛らしい声がする方を見ると秀清の長男である与八がこちらを見つめていた。

 「おう、与八か。どうした。」

 「前から気になってたんじゃけど、何で父上はいっつも鉄砲ばっか撃ってんじゃ。」

 「何でか分かるか。」

 「分からんかったから父上に聞いてみたんじゃ。」

 弥八郎は息子の素朴な疑問に答えようと必死に考えたが答えようがなかった。自分でもそれは分からないことであった。

 「難しいことを聞くのう。まあ生きてゆくためだ。」

 「父上は鉄砲以外では生きてゆけんのか。」

 痛いところ突いてくる。

 「わしの鉄砲の腕がお殿様に認められたのだ。それゆえ禄を頂いてお前やお妙を養えておるのだ。」

 お妙とは秀清の妻である。

 「母上も与八も鉄砲のお蔭で暮らせているのか。」

 「ああ、そういうことだ。」

 「父上は鉄砲撃ちが嫌にならんのか。」

 まだ聞くのかと内心思ったが答えてやった。

 「まさか嫌だとはいえまい。殿様が右だといえば右、左といえば左なのじゃ。武者奉公とはそういうものだ。」

 「弥八はあんまり分からん。でも父上は頑張ってるんじゃな。」

 弥八郎ははにかんだ。

 「今は分からずとも良い。父だって幼いころはそう思っていた。いずれお前も分かる時が来るだろう。」

 「父上。おら鉄砲をもっと知りたいから色々教えてくれ。」

 生真面目に訴える与八の姿に弥八郎は吹き出しそうになった。

 「今日はもう遅い。家に帰るぞ。」

 

あたり一面はすっかり暗くなっていた。帰るとはいっても今居るのは弥八郎の家の目の前だから全く疲れない。与八はもう既に家の中に入っていた。家からは良い匂いが漂っている。空腹だった弥八郎は堪らず家の戸を開けた。

 「今帰ったぞ。」

 「お帰りなさいませ。今宵もさぞお疲れでしょう。夕餉はできております。」

 お妙が出迎えてくれた。

 ふっくらとした唇と澄んだ瞳が特徴的であった。顔が日に焼けすぎているのが玉に傷だがまずまずの美人といえよう。

 「では早く食べるとしよう。腹が減って仕方がない。」

 「無理しすぎなのではありませんか。お前さまに倒れられでもしたら悲しゅうございます。」

 慣れた顔とはいえども見つめられてしまうとさすがに胸が高鳴ってしまう。弥八郎は自分には勿体ないぐらいの妻だと改めて思った。

 夕餉が終わり、弥八郎は与八を寝かし着けたお妙と話した。

 「与八に言われてしもうたわ。」

 「与八は何と申したのです。」

 お妙は興味深そうに訊ねてきた。

 「鉄砲を撃つのが嫌いになったりしないのかと言いおったわ。」

 「あら、それでお前さまは何とお答えになったのでございます。」

 「その内分かるようになるだろうと言っておいた。」

 「そんな事、与八に分かってほしくはありません。」

 「どういう事だ。」

 「お前さまは知らぬでしょうが、お前さまが戦に行かれたりするときお命を落とされないかといつも私は胸を痛めているのです。」

 「気づけなくて済まなんだ。」

 「与八にはそういった心配はしたくないのです。」

 お妙は目に涙を浮かべながら言った。

 弥八郎はそんなお妙の悲しむ姿を見ていられなくなったのか逃げるように立ち上がった。

 「分かったから泣かないでくれ。お前は笑った時の顔のほうが美しい。

お妙をなだめていると、外で人の声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る