n番煎じのヒロイン

弥三八

第1話

 私は唐突に理解した。ここが物語の中であるということに。


 とても不思議な気分だ。だが同時に言いようのない不安を感じていた。というのも元ネタが何なのかわからないからである。これが何らかの作品の中だというのはわかる。でも元の作品が何かわからない。ゲームなのか小説なのか。もしかしたら企画段階のものかもしれない。


 でもわからないことだらけではない。ほぼ確信めいた推測だが、これが恋愛と学園をテーマにした何かということはわかっている。


 なぜならば先ほど入学式の最中、私はありきたりで運命的な出会いを1人の男子生徒としたのだ。思うにあの男子生徒は実はこの国の王子だった、とかありえそう。


「あれは多分惚れたな。私に。」


 自分でいうのも何なのだが。


 そして自分がいまどんな役になっているのかも思い出してきた。いやそもそも今まで普通に生きてきたのだから思い出すとかいうのも不思議な話ではあるのだが。


 私は幼いころは一般市民――平民といったほうがいいかな――だった。そしてつい先日、実は貴族だった父親に母ごと引き取られて、こうして貴族の通う学園に行くことになった……多分作品内の役柄で言うならばヒロインである。


「(なるほどなるほど。ヒロインか。そっかーヒロインか。)」


 あーよかった!等と安心は出来なかった。なぜなら最近の恋愛小説の流行りは「恋愛ゲーム(あるいは小説)の悪役令嬢になったが作品知識(チート)をつかって最悪の結末を回避して幸せになります」であるからだ。もしも、もしもである。この世界が先ほどの小説の世界なら私は…ヒロインは完全に咬ませ犬。最終的に断罪されて酷い目にあるのは私だ。そもそも本当に恋愛モチーフのゲームなり小説なりしたところで、そういう作品でだって途中酷い目に遭うのだからどっちもどっちではないだろうか。


「鬱だわ」


 思わず口から声が漏れて、急いで手で口を塞ぐ。誰かに聞かれて声でも掛けられたらやっかいだ。


物語は傍からみているから楽しいのであって実際に劇中の人物になることに一体何の魅力があるのだろうか。私はそう思う。


 けれどいつまでもこうしてグダグダ悩んでいても仕方がない。どっちに転がっても嫌な目に合わないように最善の努力をしようと思う。そう、普通の学園生活を送り障りない友情を築く、ただそれだけだ。


「それだけだったはずなのに……」


 どうしてこうなった?


そう思わずにはいられない。私は今、学園があった都市から街道一つ先に進んだ町の酒場にいた。率直に言うと放り出されたのだ。


「おかしいな。何もしなかったのに」


 あるいは何もしなかったからいけなかったのだろうか。最初に遭遇した男子生徒は私の予想通りこの国の第二王子だった。身分の差もあるしなるべく関わらないようにしていた。だというのに、あの王子否!あの男は事あるごとに話しかけ、いや突っかかってくる。私は心の中で頭を抱えた。


「(お前には婚約者がいるだろうがっ!しかも同じ学園内に!私と同学年なんですけど!!)」


 できることなら頬をはたき指をさして、目を覚ませ私を構うくらいなら婚約者を構えと怒鳴りつけてやりたかった。だが小心者の私は身分という言葉が頭を過りどうしても最後まで突き放して言うことが出来なかったのだ。これが身分制度かと何度身に染みたことか。


「何が最善の努力だ。私は事なかれ流されて、」


 そして今最悪の結末を迎えようとしているのではないだろうか?


 一方的に惚れられたまま数年の学園生活を経て王子の卒業パーティに招待された時の話だ。


そもそも何故、王子に招待されなければならないのか全く意味が分からない。王子の中に婚約者へ配慮する気持ちは微塵も残っていないらしい。


 ちなみに婚約者である女子生徒からの嫌がらせの類は全くといっていいほど無かった。時折遠くから悲しそうな顔で見つめられるだけだった。


 これはただの予想であるが向こうにも中の人がいたのではないだろうか。何らかの作品の中であるというのに何もされない起こらないなんて、物語を盛り上げる絶対的な敵対者が存在しないなんてあるだろうか?


 まあそれは置いておいても、招待状と一緒にドレスまで送られてしまえば先輩の卒業パーティで在学生は関係ないとはいえ参加しないわけにはいかなかった。


「(このシチュエーションは断罪イベントというやつなのでは?)」


 ―まずい


 その言葉が頭の中をリフレインする。何もしてこなかった敵対者役だろう王子の婚約者が断罪されるのも見ていられないし、それに見せかけたヒロインざまぁイベントなんてもっとお断りだ。


 どうにかして、どうにかして回避できないか。


 壁の花になったところできっと王子に見つかる。ならテラスに逃げるか?いや、いやいや。どんな状況を考えてもあの熱に浮かれた阿保王子に捕まる未来しか見えない。


 卒業生を快く送り出す在学生でいさせてください。と心の中で必死に祈った。


 祈りは届いた


 いや届かなかったともいえるかもしれない。予想通り王子に見つかり、予想通り目立つ場所の控えまで案内されて


「僕が声をかけるまで待っていてくれるかい?最高のプレゼントを用意したんだ。」


 などと私にとっては最悪のプレゼントにしかならなそうなセリフを吐いてウインクまでして会場を見渡せる場所に行った王子。もしも婚約を破棄するなんて言い出したら全力で止める。そう自分に言い聞かせながら待っていた私に降りかかったのは王子の高らかな声ではなく大人の男性による渋い声。そして突然の聖女認定。


「大司祭様の予言は絶対である!皆、ここに新たな聖女の誕生を祝おうではないか!」


 年配の男性にそっと背中を押されて前に出ると、興奮気味の大きな歓声がパーティ会場を包んだ。それほど聖女誕生は国民――いや貴族だけかもしれないが――にとってお祝い事なのだろう。


 そういうわけで私は聖女になった。聖女という言葉の響きから、これから先は一生どこかで祈りを捧げて生きていくのだろうかと考えていた私に言われたのは意味を理解したくない言葉。


「聖女様、どうか悪しき魔王を退治し我が国に安寧をもたらしてください。」

「(は?)」


 魔王退治?今、魔王退治とか言いました?ついこの間まで学生してた人に何を言い出すのか。正直言って聖女の実感もない。何か特別な力が身の内から溢れてくるという訳ではなく、一体どこら辺が聖女なのか一から十まで丁寧に教えてほしいくらいだ。


「すべては聖女様の身の内より答えが出てくるとの言い伝えです。」

「(意訳すると教えることはない、何も知りませんってことかな?)」


 勘弁してくれよ。これからどうすればいいんだ。

完全に途方に暮れている私を見て見ぬふりをして説明役だという司祭は旅の装備と多めの資金、そして魔王城の場所が描かれた地図を渡して私を都市の外に追い出したのだった。


「いやなに?思い返しても全然意味が分からない……」


 一つだけわかるのは生まれ育った都市に戻るのは許されないということだ。渡された資金は意味が分からないほどの高額だった。それとも私の常識がないだけだろうか?今も持ち歩いているのが怖すぎるほどだ。


 これはあれなのではないだろうか。関係のない場所で王家と関わることなく慎ましく暮らせよって意味なのではないだろうか。それとも本当に魔王が実在して退治しないとこの国は滅ぶとかそういう話なのだろうか。


「誰か助けて……」


 展開が急すぎて理解の範疇を超えている。これまで自分なりに頑張ってきたけれど今回はほとほとどうしようもなくて涙が溢れてくる。滲んだ視界であたりを見回す。これまで全く縁のなかったくたびれた酒場の景色にまた涙が出てくる。

 しかしふと視界に入ったものに私の涙は止まった。


「(え?魔族?が、いるんですけど。)」


 私の目の先にあるテーブルに座っている2組の男。旅人風の格好をした男と頭をすっぽりと覆うフードを被った男。真っ黒なフードの中から白い角がはみ出ている。くるくると頭に沿うように巻いた角。


 驚愕のままずっと見ていると旅人のほうと目が合った。あまりにも普通に接しているのでフードの男が魔族?人外だと気づいていないのかもしれないかもしれない?

 自分でも混乱しながら男にジェスチャーした。


「(頭、角、頭、角)」


 何度も同じジェスチャーをしていると、やっと旅人に通じたのかフードの男を揺さぶって何事か話している。そうして少しすると席を立ってこちらに向かってきた。


「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど。」

「ええどうぞ。」

「あの人に何か見えました?」

「角が見えるんです。あの、人じゃ、ないですよね?」

「ああ……」


 旅人の男はそう言うと片手で顔を覆った。その様子をみて私はふと思い立つ。きっとあのフードの男性の角は他の人から見えていないのだ、人外だというのを隠しているのではないだろうか。もしかして聖女の力って人と人に擬態した人以外を見分けるとかそういうやつだったりするのだろうか。


「あの、すみませんがこのことは内緒にしてもらえませんか。」


 男が人差し指を口に当ててそういうのを見て私はチャンスだと思った。どれだけ狡い女と言われても構わない。私にはもう後がないのだ。


「私のお願いを聞いてくれるならいいですよ。」

「お願い、ですか……」


 男が面倒くさそうな表情を作るが、ここで引いてはいられない。私は身を乗り出した。


「荒唐無稽な話だとは思いますが、最後まで聞いてください。」


 そう言って私はこれまでの流れを話し始めた。


「魔王退治」


 あの後、長い話になるのならとフードの男がいた席に移動して二人にあらましを話したら旅人がそうつぶやいた。言葉の響きを聞くに私の話を信じられないものとして捉えているわけではなさそうだ。まあなんせ人外を連れているのだ。魔王の存在くらい信じてくれるのではという打算はあった。あったけれど実際に上手くいっていそうな空気になってほっと息を吐いた。


「その、この国では聖女というのは国の声一つで取得できるものなんですか?」

「わかりません。さっきも話した通り、突然聖女だと言われ外に放り出されたものですから。」

「ああそうでしたね。いや実はね、俺の国では聖女は8つの神殿を巡ってやっと認められる存在なもんで。ちょっと疑問に思ったんですよ。この国にも遺跡かと思うほど朽ち果てていますけど神殿はありますしね。どうなってるのかなと。」


 いや寧ろ私が聞きたい。どうなってるの。これはどういうことなの。違う国からやってきたという旅人の話によれば聖女とは8つの神殿を巡り祈りをささげたものに授けられる称号だというのだ。初耳である。しかし神殿が実在しているのならその話はこの国でも通用するのではなかろうか。なにせ私には聖女の実感がないのだ。しかし疑問もある。


「(何故祭司はこんな重要なことを私に教えてくれなかったのだろう。大体朽ち果ててるってどういうことなの)その、あなたの国では神殿は朽ちていないのですか?」

「ええはい。古い建物って感じですが中で人が住めるくらいにはちゃんとしてますよ。」

「あの私、この国の神殿を見たことがなくて。」

「ああ俺もたまたま見つけたんですけどね、びっくりするぐらい違いますよ。遺跡って言いましたが、正直跡というか土台部分しか残ってないんじゃないかと思うくらいです。」

「あの、その、見に行きたいんですけど、」


 その言葉は考えるより先に出た。純粋な興味と国への疑惑と目の前の二人を逃がさないための動機と色々なものが絡み合っているのは間違いない。

 私のその言葉に旅人の男は少しだけ考える仕草をしてフードの男を見た。目と目で意思疎通でもしたのだろうか、フードの男は何の反応も見せなかったのだが旅人の方は色よい返事を返してきたのだ。


「いいですよ。俺も8つ見つけて巡ってみたいし。一緒にいきましょう。」


 よっしゃあ!


 乙女にあるまじき言葉で歓喜したのは許してもらいたい。心の中で叫んだだけだし。でも言葉が乱れてしまうくらい本当に本当に嬉しかった。


 それからの行動は早かった。一晩休んでから出発しようと言われた時には夜逃げされるんじゃないかという不安からほとんど眠れなかったのだが、そんなことはなく。翌日から一緒に旅に出た。


 神殿も割とすぐに見つかった。というよりフードの男がおおよその場所を知っていたようだった。ところで私、未だにこの男と言葉を交わすどころか目線も合わないのだけど嫌われているのだろうか。確かに角とか生えているし色白で髪も眼も白くて人外感が凄いが、はっきり言って見目麗しいし出来ればお近づきになりたい。鑑賞だけじゃなくて関係も持ちたい。


「はあ」

「疲れてますね」

「いえ、まあ疲れてはいるんですけどね。お連れ様と仲良くなれそうにもなくてどうしたものかと」

「ああなるほど。」

「とても嫌われてますよね。どうすれば仲良くなれるんでしょうか?」

「まーその、あんまり気にしないでください。ああいう奴なんです。あーえっと、そうだ、彼を魔王のところまで連れて行かなきゃならないんで、きっと魔王のところまで一緒に行けますし、あんまり彼のことは気にせずに最後まで頑張りましょう!」


 聞き捨てならない言葉を聞いて私は顔を上げた。今、魔王まで一緒にいてくれるって言った?言ったよね嘘じゃないよね。


「ほ、本当に……」


 言葉が震えてしまうのは許してほしい。神殿巡りならぬ遺跡巡りが終わったら、彼らとの旅もお終いだと思っていた私にとっては大変な朗報なのだ。


「本当ですよ。俺たちも魔王が目的だったんです。だから貴女の話も信じられました。むしろこの国で魔王がいないと思われている事の方が信じられないくらいです。」

「ああいえ、それは私が勝手に思っていただけで……」


 そうなのだ。魔王がいるなんて眉唾だと思っていたのは実は私だけだった。この国の人は魔王の存在を当たり前のものとして扱っていた。あまりにも当たり前、常識すぎて特に話題にもならなかったから魔王のことを話す自分はおかしいのではないかと勝手に思っていただけだ。ちょっと恥ずかしい。


 なにせ「魔王様が見ているよ」という言葉が子どもを叱る言葉として定着しているくらいなのだ。悪いことをする子は魔王に攫われてぱくりと喰われてしまうとそう子どもに言い聞かせるのだ。初めてこの言葉を耳にした時の動揺をみんなにも伝えたい。


 そうこうしている内に神殿巡りも8つ目だ。観光と言っても差し支えないぐらい何にもない旅だった。いや何にもないはずなのに私の足はいつまでたっても生まれたての子鹿のように震えている。歩いているだけなのに、おかしいな。連れ…いいや仲間の2人はいつまでたっても普通なのもおかしい。


 一度、疲労からとうとう足が動かなくなり歩けなくなった私の為に馬を借りてきてくれたのだが、二人は歩くというのと馬に乗っても今度は尻が痛くなったので結局休みを多めにいれて徒歩で回ることになった。とても肩身の狭い思いをした。今ではいい思い出だ。いや今ではなんて言っているが、今でも足は痛いときの方が多い。鍛えられている気がしない。悲しい。


「ここが8つ目の神殿ですね……」

「祈りましょう。」


 少し開けた場所に柱が数本と後は整えられた床がある。あちらこちらに葉が茂り、それは神殿と知らなければただの廃墟でしかない。そんな場所の中心で旅人の男が膝を折って手を合わせている。私もそれに倣って手を合わせた。


「(どうか上手くいきますように)」


 自分でも何を祈っているんだろうと思う。でも何を祈ればいいのかもよくわからないので、祈りの最中は毎回こう唱えている。そんな私の頭の中で突然機械的な音が響いた。


 ピロリン


 ――聖女の称号を取得しました。


「は?」

「どうしました?」

「いえ、今聖女の称号を取得しましたって……」

「おおそうなんですね!おめでとうございます!」


 当たり前のように祝われて私は困惑した。なにそのアナウンス。前振りなくシステム音声のように沸いた音。しかも私を置いてきぼりにして周りは当たり前のように祝福している。いつも私とは距離をおくフードの男さえ控えめに拍手しているほどだ。

 どうやらおかしいのは私の方の様子。またしても世界に置いていかれている。


「あの貴方は何もなかったんですか?」

「俺の方は特に何も。」


 この旅人の男は8つともすべて一緒にお祈りしてきた仲間である。それが何も起こらなかったのならば、司祭の言う聖女というのは本当のことだったのだろうか。聖女と言われた者だけが8つの神殿の巡礼をもって聖女の称号を取得できるとかそういう話だった?

 そうして話は当然、魔王のことになった。ここから魔王城が見えると言われて指さした方向をみれば、小さくではあるが本当に城が目視できて驚く。


「近っ、魔王城大分近いですね。」

「そうなるようにルート組んだので。」

「あ、そうなんだ。」


 何から何まで本当に世話になっていると改めて思ったのであった。


 最後の神殿から歩くこと数十日。ついに私たちは魔王城についた。遠くで見た時も大きいと思ったが、近くで見るとさらに大きい。貴族の屋敷はこれまでも何度か見たことはあるがそのどれよりも大きいのだ。


 というか魔王城に来るまでに何の妨害もなかった。四天王とか幹部とか、そういうものとの遭遇もなかった。司祭は何と言っていたっけ?魔王を退治し我が国に安寧を、とか言っていなかったか。魔王を退治しなくてもすでに安寧が訪れている気がするのだが気のせいだろうか。


 いやいやここまで来たのに、今更深く考えてはいけない。私に付き合ってくれている2人に悪い。彼も魔王に人外を連れていくという目的があるみたいだからお互い様なのかもしれないけれど、いやお互い様であって欲しい。だって足を引っ張った記憶しかないのだから。


「よしっ」


 あえて声に出して気合を入れる。恋愛もののように魔王との恋がはじまるのか、ファンタジーもののように戦いがはじまるのか私には予想がつかないがここまで来てやっぱり辞めたなんて言えないのだ。


 中に入っても誰かに襲われる、などということは無かった。もしかしたら恋愛もので2作目とかだったりするのではという期待が膨らむ。いや今まで旅をした2人と一切、何も、恋愛的進展が無かったのを思うと期待するのはいけない。


 今更ながらに思うが男2人女1人で国中を巡る旅をしておいて、どちらの殿方とも恋愛がなかったなんて女としてどうなの?人外のほうからは悲しいくらい避けられ無視られていたから仕方がなかったとしても、旅人の方とはそれなりの仲になっていてもおかしくないのでは?

 そんなに私は女として魅力がないのだろうか。


 いやいや、今は目の前のことに集中だ。

私たちを導くように人力では到底開けられそうもない大きな扉がひとりでに開く。開いた扉を潜ったら、その先で勝手に開いた扉へと行く。罠なんかじゃないのかという気もするが、旅の仲間が何の躊躇もなく進んでいるので疑問を胸にしまい込んでついていった。

 そうして辿り着いたひと際大きな扉の先、そこにいたのはドラゴンだった。


「(ド、ドラゴンン!?完っ全にドラゴンだわ!!嘘……)」


 どうやらこの世界はいつの間にかファンタジーものへと変わっていたらしい。人型だったらもしかしたらという思いもあったが、こんなモンスター型のドラゴンでは恋の見込みが薄い。


 いやもしかしたら、愛を知らないドラゴンとなんやかんやあって傍にいることを許され、最初はただの観察対象ぐらいだったのがいつの間にか無意識に目で追うようになり、そしてついには!みたいな展開もあるかもしれない。諦めるな私。


「あ、あの…」

「娘よ」

「はい」

「…娘よ問おう。女神と魔人、どちらを選ぶ?」


 女神と魔人?それは一体どういうことなのか。ドラゴンからの問いかけに返す言葉を失う。あまりにも意味が分からなかったからだ。しかし相手は中々答えない私に気を害したわけでもなく、もう一度問いかけてきた。


「女神となるか魔人となるか、そなたはどちらを望む。」

「女神と魔人…」


 なるほど。どうやら私のこれからの就職、いや転職先のようだ。今は聖女をしているがきっとこのドラゴンを介してそのようなイベントがあるのだろう。

 だからドラゴンだったのかと腑に落ちる。明確に今はまだ違いますよとわかるように。


 女神と魔人。うん、普通に考えたら女神だよね。やっぱり。

そもそも魔人って何?魔族とは違うの?よくわからない。でも女神はなんとなくわかる。ふんわりとだが、こんな感じだろうなという想像ができる。よし、やっぱり女神でいこう。


 そう結論付けると私は前を見返した。転職ってどんな感じになるんだろう。少しわくわくする。


「女神でお願いします。」

「ふむ、女神で間違いないな。」

「はい」


 そういった刹那。私の視界は宙に舞った。視界の先に自分の体が見える。どうして視界の中にこんなに体が見えるのだろう。なにが起こ…った…の…


 そこで私の意識は途絶えた。




 血だまりの中に少女が一人倒れている。その首から先はフードを被った男の手の中にあった。


「はっ!?」


 一旦置いて旅人が驚いたように声を上げる。あまりにも行動が突然すぎて全く反応できなかったのである。


「こ、殺された…。一体どういう…」

「女神になりたいといったから、そうなったのだ。」


 声のした方向にいたのは部屋を埋めつくすようなドラゴン、ではなく角と太い尻尾が同じであるという以外にはドラゴンだと判別できないくらい人に姿を変えた背の高い美丈夫だった。


「あ、人に変身できたんですね。」

「もちろん。ドラゴンの姿だともうこの部屋では窮屈でなあ。かといってこの姿で出ると何故か聖女たちは目を輝かせて儂の伴侶を望む……勘弁してほしいものだ。」

「ああ、なるほど。」

「成長しすぎなんだよ。もうこの城、改築したらどうだい?」


 旅人と魔王の会話に割って入ったのはフードの男だった。手に持った頭部をゆっくりと少女の体に添えて置いた。


「丁重に弔ってやらないとね。」

「彼女、お前に無視された嫌われてるって落ち込んでたよ。」

「いやいや私は目は合わせられなかったが会話は普通にしていたつもりなんだが……」

「うん。俺にも会話は聞こえてたから知ってる。奥さんにかけてもらった虫よけバリア、ものすごい威力だよね。」

「これはこれで人間関係が壊れる気がするよ。」


 開きっぱなしだった瞳を閉じさせて無造作に倒れていた体も整えれば、そこにあったのは眠っているだけのような少女の姿だった。


「いいぞ二人とも少し離れておれ。」


 ドラゴンの男はそういって二人が少女から距離をとったのを確認すると。口に手を当ててふうと息を吹きかけた。口から出た息が高温の炎となり少女の体を丸ごと包む。そして炎が完全に消えた後には血の跡さえ残っていなかった。


「少女の魂が無事天へ救い上げられますように。」


 胸に手を当てて祈ったドラゴンの男に倣って、旅人とフードの男が黙祷する。


「よしこれで大丈夫だ。遅くなったが、友よよく来たな!歓迎しよう。」

「こちらこそ遅くなった。だがお前の依頼はちゃんと済ませてきた。」

「それは助かる。」

「この国で魔王に挑むのが何故聖女……つまりは女性ばかりなのか。そして彼女たちが揃いも揃って君と戦おうとせず恋をしようとするのは何故なのか。」

「うんうん。」

「そして君が熱望していた、熱く血肉沸き踊るような戦い…だったか?ができる者もつれてきた。」

「と、ということはやはり彼は!」

「そう!正真正銘の勇者だよ!」


 その言葉を聞いた時のドラゴンの男の喜びようは言葉に言い表せない程であった。キラキラと瞳を輝かせると旅人、否、勇者の手を握りこむ。


「勇者よ!待っていた。外に儂が存分に暴れまわれる円形の闘技場を用意してあるのだ。そこで儂と戦ってくれるか!」

「ええそういう話ですから。もちろん。でも生死を賭けるのはなしで。」

「いいとも!早速行こう!さあっ早くっ」

「おおーい、この国の話はー?」


 勇者を引きずるように引っ張っていく姿にフードの男が声を掛ける。だがドラゴンの男の足は止まらなかった。


「そんなのは後だ!おぬしも来い!試合を止める審判が必要だ。」


 その反応にフードの男は仕方がないと首を振ると彼らの後についていったのだった。


 ――夜。テーブルに並べられた肉々しい料理を前にドラゴンの男は上機嫌だった。体のあちこちにまかれた包帯はとても痛々しいが、そんなこと構わないとばかりに笑顔であった。


「ああっ楽しかった!」

「いや、あの、本当にすみません。」


 対する勇者は無傷。いや小さな火傷や擦り傷はあるもののドラゴンの男の傷具合に比べたらとても軽いものだ。何度もドラゴンの男をみては申し訳なさそうに縮こまった。


「何を謝る。儂は長年の夢が叶って本当に嬉しいのだっ、ゴホゴホっ」

「ああ興奮すると傷が、」


 両手を挙げて抑えるような動作をした勇者に追随したのはフードの男だ。


「そうそう。大人しくしてなよ。この中で回復魔法とか使えるの誰もいないんだからさ。」

「うっ、むう。そうだったな。それよりも遠慮せず食べてくれ。本当なら妻も同席させたかったのだがな。」

「君の奥方はずっと臥せっているのだろう。無理をさせてはいけない。」

「すまぬな。もう歳でな。」

「魔王は歳をとらないが伴侶までそうとは限らない。魔人の寿命は人間に比べれば大変長いがそれでも限度はある。これからは少しでも長く彼女の傍で時間を過ごすのがいいんじゃないかな。」

「わかっておる。だがそれを邪魔するのが、ちょくちょく訪れるあの聖女たちだ。」


 苦々しく顔を歪めて肉を頬張る。ドラゴンの元に数年、長くても数十年の単位で訪れる聖女たちは男と彼の妻の残された時間を奪う邪魔者でしかなかった。


 それにひとつ頷いたフードの男がこの国の調査結果を話し始める。


 曰く、この国には不思議な力をもった女性が時折現れる。その女性が現れるのは決まってこの国の王子と同い年か少し年下の世代であった。不思議な力は2種類あった。ひとつは予知。自分の未来を知る力。もう一つは誘惑。王子を意思に関係なく魅了する力。


 そうして王子が年頃になるとどんなに注意を払っていても必ず王子と出会い、王子の心を魅了するのだ。まるで何かの呪いがこの国に降りかかっているようなこの事態。

 国はこの呪いを魔王によるものだと考えた。それと同時になんとか王子を救おうと様々な方法を試した。


 長い試行錯誤の結果、この国に定着した方法というのが王子を魅了する女、裏で事情を知る関係者たちに魔女と呼ばれる彼女たちを本人に気付かれないように都市外追放するというものだったのだ。そう、魔女を聖女と欺いて。


「なるほど、そうして最終的に儂は押し付けられるわけか」


 話を聞いたドラゴンの男が手で顔を覆って唸る。呪いをかけたなんて全く身に覚えがなかったが、国の都合が悪い部分を引き受けるのは魔王の務めだった。


「私も魔女とは何か探るため敢えてあの少女に近づいたが確かに不思議な女性だったな。」

「俺は普通に話をしてたけど、魔族とかイベントとかシステムとか、流してたけど時折よくわからん言葉を使ってたな。まあ魔族ってのが魔人のことだってのは何となくわかるけど。」

「しかしそれ以外は普通の少女だ。魅了の魔法が使われた形跡もなかった。」

「そうか、いやそれだけ調べてもらえれば十分だ。」


 勇者とフードの男による報告にドラゴンの男は感謝を示す。


「結局、のこのことやってきた聖女たちへの対応は今までと同じようにするしかないようだな。」

「女神か魔人か選ばせるやつか。説明もなしに聞くのは良いのか悪いのか。ていうか本当に戦いを挑む聖女はいなかったんですか?」


 勇者が不思議そうに尋ねるが、ドラゴンの男は悲しそうな顔をしただけだった。


「居たら、これほどまで戦ってくれる勇者を切望したりせん。彼女たちはどうしても儂と恋愛がしたいようでな。」

「その気持ちは私にもわかるよ。あの少女と同行していたからね。ずっと一緒にいたのに気付かなかったのかい?彼女が時折こちらに向ける熱い視線に。」

「いや俺じゃないと思ってたけど。」

「はっはっはっゴホゴホっ!それもそうだな!こやつが伴ならそう思っても仕方ない。」


 少し勇者をからかってやろうとしていたフードの男はその企みが早々に頓挫したのを感じて肩をすくめた。


「それでね魔人のほうを選んだ聖女の身柄を私が預かっていたという訳さ。」

「ああ、どうしてこの国の魔王と知り合いなのかっていう話?」

「そうそう。この旅の初めに聞いてきていただろう?」


 弄られる対象になる前にと大きく話題を変えたフードの男の話に合点がいったドラゴンの男が補足する。


「その通りだ。何せ儂が魔人にすると皆ドラゴンになってしまうからな。今の儂のような人型の姿ではないぞ?魔物のドラゴンだ。」

「人間は濃い魔力を与えられると魔人化するけど、誰の魔力を与えられるかによってどの魔人になるかは決まっているからね。ドラゴンの魔王から魔力を与えられたら当然ドラゴンになる。人語を解する高位の存在とはいえ姿はどうみても魔人というより魔物だし聖女がなるには抵抗があるかもしれないと、いつだったか相談されたのさ。」

「まあそもそも魔人を選ぶ者など10人に1人くらいのものだ。大体は女神を選ぶ。」

「そうして魔王に殺されるのか……」

「仕方なかろう。女神になるための条件は聖女の称号を持った状態で、死ぬことだからな。」


 ――むかしむかし、あるところに国を追放された貴族の娘がいた。婚約者である王子を奪われ悪役令嬢と責められた娘はしかし、荒廃した国が魔王であるドラゴンに攻め滅ぼされる夢をみて、それを阻止せんと一人魔王に立ち向かった。傷だらけの体で立ち向かう娘の勇気と美貌に惚れた魔王は娘を娶り静かに魔王城へと引き帰していったという。


 こうして、捨てられた娘と孤高だった魔王は魔王城の奥でひっそりと幸せに暮らしましたとさ。おしまい……とは残念ながらならなかった。悲劇は繰り返された。何度も何度も同じように。しかしいつからか追放される娘は悪役令嬢からヒロインと名乗る者へと変わっていったという。


 2作目の攻略キャラ


 そう言いながら魔王城を訪れた娘に魔王は問う。


 汝、女神と魔人どちらを選ぶ?

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