プロローグ


「これで教えることは全て教えたつもりだ。後は1人で何とかしろ」


「あぁ、ありがとう景兄。これからもっと世界中を周って色んな景色を見てくるよ」


「それも、花蓮ちゃんのためか?」


「まぁ、な。でも純粋にこの旅を楽しんでいる自分もいるさ。まず第一は自分がしたいように旅をするよ。でないと、あの世で花蓮に怒れそうだ」


「そうか。俺はもう身体にガタが来たから、日本で大人しく余生を過ごす。……まぁたまには帰ってこい」


「ははっ、景兄が俺の心配するなんて。明日は天変地異でも起こりそうだぜ」


「うるせぇな、さっさ出てけ」


「はいはい、いってきます」


「あ、そうだ景兄」


「どうした? もう言うことはないぞ」


「……ほんと世話になった、ありがとう。俺の家族は、他の誰でもない景兄だ」


「そういうのやめろって。歳取るとな……涙腺が弱くなるんだよ」


「じゃあ、いってきます」


「いってらしゃい。気をつけてな」




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「まさか僕が先に逝くなんてなぁ。身体は丈夫にしていたつもりだけど、中身はどうにも出来なかったかぁ」


「おいおい、まだ死んでないだろ。ガンとはいえ今の医療は進んでるんだ。諦めるなよ」


「自分の身体は自分が一番分かるんだよ、アゲハ。たぶん……僕は手遅れだ」


「芸能人が激務なのは分かるが、もっと早く病院に行けなかったのか」


「愛するファンが待ってるからね……ステージ上で死ぬなら……本望さ」


「……そうか」


「あのね、アゲハ。僕は色んな人と出会ってきたけど……やっぱりアゲハと居る時が1番楽しかったよ」


「俺もだよ健人。お前には感謝してしきれないくらい恩があるんだ」


「いまさら僕たちの関係で貸し借りなんて……水くさい、じゃん」


「……そうだな」


「ありがと……アゲハ。僕は……君と出会えて………しあわせ……だっ…た…」


「――っ!!」


「……先にそっちで待っててくれ、健人。俺も、たくさん土産を持って必ず行くからさ」





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「ありがとうございます、空門さん。わざわざ海外から帰ってきて下さって」


「いえ、とんでもない。奥さんは……姫乃さんは、僕にとっても大事な恩人ですから」


「家内は、何でも1人でこなす完璧な人でした。私なんかには勿体ないくらい」


「今にとなっては、姫乃グループを知らない企業は日本に存在しないくらい大きくなってますからね。学生の頃から皆の先導に立つ人でしたよ」


「そんな人が本当に私を愛してくれていたのか。きっと空門さんの方が家内に相応しい人だったのかもしれません」


「いえ、勘違いしないでください。僕と姫乃は、愛していたかも知れませんが……それは家族のような愛です」


「空門さん……」


「間違いなく、彼女は貴方を人生のパートナーとして愛していましたとも。長年付き合いある僕が保証します」


「ありがとう……ございます」


「貴方は僕なんかより素晴らしい人です。彼女の後を引き継いだ息子さんを、どうか支えてやってください」


「はい、必ず。……いつか日本にまた帰ってくる時は連絡してください。死ぬまで衣住食には困らせませんから」



「お気遣いありがとうございます。では、また次の年忌に」






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「あ、ママー!アゲハお爺ちゃんが目を覚ましたよー!!」


「こーら、静かにしなさい。アゲハお爺ちゃんがビックリしちゃうでしょ?」


「あ、そっか。ごめんね、アゲハお爺ちゃん」


「……いいんだよ、元気でなによりさ」


「ふーん、そっかぁ。あのね、また不思議な女の子のお話してほしな」


「ああ……いいさ。何度でも話してやるよ」


「わたしね、その女の子とっても可哀想だけど、とっても幸せに死んだから好きなの」


「どうして……幸せに死んだと思うのかい?」


「だって天国さんに行く前に1番大切な人とお話できたんでしょー? そんなの幸せじゃん! 私も最後は好きな人とお話したいもん!!」


「ははっ、そっか。そうかそうか」


「お、お爺ちゃん泣かないで、どこか痛いの?」


「いーや……。嬉しくて泣いてるんだ」


「アゲハお爺ちゃんも……いつか死んじゃうの?」


「人は、いずれ死ぬものだよ。だからね……今を全力で生きなさい。明日死んでも、後悔が無いくらいに」


「うん……わかった」


「そろそろお爺ちゃん……眠いから……おやすみ……する」


「うん……おやすみなさい。アゲハお爺ちゃん」






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 目が覚めると、そこは暖かいベッドではなく、どこかに繋がる扉の前に立っていた。


「ここは……」


 このひどく懐かしい光景に……胸が張り裂けそうになった。その扉を開ける瞬間、自分の身体が若く猛々しい姿に変わっていることに気がつく。

 冷たい無機質なドアに手をかけ、思いっきり扉を向こうへ押し出す。


 一瞬の激しい風が身体を通り抜けて、思わず腕で顔を覆い隠した。

 その間、耳には煩いくらいセミの鳴き声と、空からは皮膚を焦がすような暑い日差しが降りかかる。

 直射日光に少しづつ目を慣らし、ようやくまともに顔を上げるようになった頃――


 数十年と待ち焦がれた少女の声が――聞こえた。





「あら、遅かったじゃない」





 その声を聞いた瞬間、思わず抱きしめて泣きじゃくりたくなる衝動に駆られる。

 しかしそんな情けない姿、久しぶりに会う好きな子に見せられないと踏ん張り、気を引き締めて平静を装う。


「まぁな。土産話を用意するのに……時間がかかっちまった」


「随分と大きなお土産なのね。それは楽しみだわ」


 彼女が座るベンチまで、一直線に歩いて向かう。


「こっちに来たら、もう戻れないわよ」


「十分すぎるくらい堪能したさ。あっちには、もう未練はない」


 できうる限りの人生を過ごした自信はある。誰よりも全力で生きて、誰よりも多くの景色を眺めてきた。色んな出会いもあって、奇妙な体験だってたくさん味わった。それこそ、人一生の2人分くらいは。


「だからこれからは、お前と過ごすために時間を使いたい」


「それは嬉しいわね。ならさっそく……と言いたいところだけど」



 すると彼女は、俺の身体を強引に手前へ引き寄せた。いきなりの行動に驚いた俺を完全に無視して顔を近づけ……そのを……静かに離す。




「お疲れ様、アゲハ。早く逢いたかったわ」




「お前……ほんと性格が捻くれてるぜ」


 あまりの衝撃に素直になれない言葉が出てしまう。さすがにあれは……反則だろ。いま俺の顔は見るに耐えないくらい真っ赤に違いない。


「はいはい、私は文句よりそのお土産話が聞きたいです」


 その反対に花蓮は、実に澄ました顔で受け流す。



「ったく、覚悟しとけよ。日が暮れるまで話してやる。……いや、そんなものじゃない。ずっと、ずっと、お前の隣で、聞かせ続けるから」



「はい……よろしくお願いします」




 さて、まずは何から話してやろうか。この日のために死ぬほど話を用意してきたのだ。いざ話すとなると迷ってしまうな。



「そうだな、まずはお前がいなくなってからの話だ――」




 その後、屋上のベンチに腰掛けている2人は語り合い続けた。ただひたすらに、これまでの空白の数十年を埋めるかよう、




 楽しそうに――




 笑い合いながら――――







                 彼女の余命は後100日―完―

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