残り――日


『花蓮が死んだ』


 その事実を受け入れることが出来ないまま数日が過ぎた。

 その数日間、何をして何を食べて何処に行ったのか……まったく覚えていない。お通夜も葬式も行ったかどうかすら定かではない。記憶に残っているのは、誰かが俺を呼びかける声と泣きじゃくる声だ。

 ただ今は「なぜ花蓮は約束の日の前に死んだのか」「最後に話した花蓮は何だったのか」「そもそも何で100日を繰り返していたのか」という問いが頭の中で永遠に繰り返されている。

 なんど考えても、その答えは見つからない。数える日数を間違えたのか。それとも花蓮が嘘をついていたのか。俺は花蓮の霊を見ていたのか。しかし真実を知る本人は……もういない。


「いや、景兄は知っていた……?」


 深くよく考えてみれば、景兄は知った素振りで話していた気がする。しかもあの目……俺を哀れんでいる目だ。きっと傷つかないための優しい嘘だと思うが、今はそんなことどうでも良かった。とにかく、真実を知りたい。

 その欲求が身体の導火線に火をつけたのか、今までの脱力感が嘘のように腹の底からエネルギーが湧いてくる。

 そこから俺は、がむしゃらに景兄を探した。


「見つけた、景兄」


 彼は、俺が花蓮とよく寄っていたオシャレなカフェのカウンターで優雅にティータイムを過ごしいた。


「おー、やっと廃人から抜け出したか。そのまま死ぬかと思ったぜ」


 俺に活力が戻っても気にすることなく、椅子に腰掛けて目下の本を読み続けている。


「……何か知ってるんだな?」


「そうだな。全て憶測だが、お前よりは理解している」


 否定も言い訳もせずに、ただ肯定の言葉を述べる。


「黙っていた俺を憎いと思わないのか?」


 別に怒ってもいいぞと、遠回しに言っている気がした。


「憎んで花蓮が戻ってくるならそうするさ」


「そうか。……大人になったな」


 それから景兄は本から目を離し、まっすぐこちらを向いた。


「なら話そうか。花蓮ちゃんの身に何が起きていたのか」


 椅子から立ち上がり、カウンターからテーブル席に移動した後に、まずは説明の前提条件から言い始めた。


「始めに言っておくが、今から言うことは、俺のただの憶測であり仮説だ。アゲハそうじゃないと言えばそうだし、別の答えを持っているなら正解はそれかもしれない。本当の答えは誰も分からないということだ」


 それを踏まえた上で俺は景兄の話を聞いていった。


「まず初めの疑問『なぜ100日を繰り返していたのか』だが……これは『強い未練や後悔』から誘発的に起きたタイムループの類だと思っている」


「強い未練や……後悔か」


 その言葉には心当たりがあった。花蓮は俺と会うまで、俺と同じように生きながら死んでいる生活を送っていたと聞いたからだ。たぶん俺が思っている以上に、過去に辛いことが沢山あったと思う。

 さらに詳しく景兄は説明をしていく。


「実は花蓮ちゃんから相談を受けていたんだ。

『私は初めて死んだ時に世界を呪いました。なんで私だけこんな苦しい思いをした挙げ句に死ぬのかと。周りの人たちは恵まれて楽しそうで羨ましくて。こんなに今まで苦痛を我慢したから、せめて数日だけでも友達と笑ったり誰かに恋をするような青春を過ごしてみたいって。そうしたらいつの間にか、あの教室に戻っていたんです』ってな。そんな強い想いがトリガーとなって100日間の限定タイムループを引き起こしたと俺は思っている」


 要するに「未練と死がきっかけで100日を繰り返すタイムループを引き起こした」ということか。


「まてよ、なら未練が無くなればタイムループも終わるんじゃないか?」


「ああ、俺もそうだと思っていた」


 ならば花蓮の未練は簡単に言うと「自分が過ごせなかった楽しい学校生活」なわけで、その条件を達成すれば――!?


「だから花蓮は『私を楽しませなさい』って言ったのか」


 花蓮の言っていることは正しかったのだ。俺らが花蓮を楽しませるために色々やれば結果的に『楽しい学校生活』となる。


「でもその答えをお前は知ったら、素直に楽しく過ごせないだろ?」


「ああ、たぶん。未練が無くなればタイムループが終わって花蓮は消えるかもとか、どうにかしてその先も生かす方法はないかとか考えてしまっていたと思う」


 だから敢えて景兄と花蓮の二人は俺に何も教えなかったのか。でも俺が逆の立場でもそうするだろうから二人を責める道理はない。


「だがその方法が解決に至ったのか定かではない。なぜなら花蓮ちゃんが、タイムループを終えたのか続いているのか確認する方法がないからだ」


 俺はここで初めて景兄の言葉を否定する。これまでの話を聞けば、死後に屋上で会った花蓮の不思議な言葉に推測がついたからだ。


「いや景兄。花蓮はもう逝くべき場所に還ったと思う。あの日に花蓮と会ったって話しただろ? あの時の去り際に、どこからか迎えが来ているような言葉を花蓮は言っていたんだ。あれはきっと……未練もタイムループも全て無くなった結果だと思う」


 死期こそズレてしまったが、結果的には目的を達成できていたのだろう。そうでなきゃあんな幸せそうな顔で最後の会話はしないはずだ。それに最後には、アイツらしい告白も受け取った。……これで良かったんだ、これで。


「たぶん最後の花蓮ちゃんはタイムループのバグだと俺は考えている。本来なら100日後に死ぬようタイムループによって強制的に設定されているが、99日目で死んでしまった。しかしタイムループは100日間と定められている。よって何かしら世界のバグが発生して、身体は死んでも精神……つまり魂だけは100日目まで強制的に生きている状態になってしまったのかもしれない」


 そうだとしたら、あれは正真正銘の幽霊の類だったわけだ。それでも、そこまで化けて俺に会ってくれたことに感謝しなければならない。あの突然の死を、何の言葉も無く、ただ受け入れるだけだったら、今の俺は完全に折れていたはずだ。


「でも何で早く死んでしまったんだ。予定通りだったら何とか生かすことが出来た可能性があったかもしれないのに」


 タイムループが終わる=死とは限らないはずだ。もちろん、初めは死がきっかけかも知れないけど、少なくともこの世界線では花蓮は間違いなく俺達と生きていたのだ。


「なあ、アゲハ。本当に何で死んだのか分からないか?」


 景兄からの質問に、いくら考えても答えが見つからない。

 そんな俺に呆れたのか、景兄は答えを待つことを諦めた。そしてかつてない真剣な眼差しで答えを述べる。


「この際だから、大事なことだが当たり前のことを教えてやる。アゲハ」


 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。




「人は、死ぬぞ」



 ……それはそうだろ。不死身な人間はこの世に存在しないし、いるならそれはファンタジーな世界だ。何をいまさら言っているのか。


「はあ、まだ分からないのか」


 景兄にため息をついて落胆される。どういうことだ?







「ならお前が明日も死なないという根拠はどこにある?」







 そんな根拠はない。俺ももしかしたら明日死んでしまうかも――。


「そんな、だってそれはあんまりだ」


 確かに人はみんな死ぬ。それは明日かもしれないし、一週間後かもしれない。交通事故に遭うとか、病気で亡くなるとか、理由は様々だろうが結果は同じだ。


 だからといって――


「花蓮ちゃんは100日後に死ぬ予定だったかもしれない。でも『その100日間は絶対に死なない』という理由もない。別にタイムループも何も関係のない、ごく普通の人間が遭うような事故に運悪く巻き込まれただけだ」


 そんな、そんな悲しい人生があってたまるか。だって、タイムループに入るまでも普通の人より苦しい人生を送って、我慢して耐えたのに死んでしまって、それでもなお望んだ理想の人生を諦めずに100日間を繰り返して、その結果ですらタイムループに関係のない事故に巻き込まれるって。


「でもそんな理不尽すらも受け入れて、アイツは最後……笑っていた」


 それに比べて俺は……。まだ生きているのに、自分が世界で一番不幸だと疑わずに落ち込んでいた。情けなさ過ぎて笑ってしまう。こんなんじゃ向こうで花蓮に会わせる顔がない。


「俺は……生きるよ、景兄。誰よりも強く生きて、それで、景兄と一緒に世界中をみて周る。それでいつか一人で生きていけるようになって、誰も見たことのない景色を……めいいっぱいの人生の想い出を……花蓮に伝えるんだ」


 もともと高校を卒業したら進学でも就職でもなく、景兄に付いていく予定だった。人の命は限られているなら、いまやりたいことを全力で、一生懸命に生きていくだけだ。


「そうしてもらうために俺はお前を拾ったんだよ。いつか俺の後継者を作りたいと思っていたからな。決意を固めてくれて助かったさ」









 それから俺は、花蓮のお墓に訪れた。最後の別れは済ませたけれど、この決意を聞いてほしかったからだ。


 花蓮のお母さんには、これまで花蓮の身に起きていたこと全てを話した。非常に驚いていたけれど、どこか腑に落ちたと言っていった。薄々何かを感じ取っていたのだろう。


 健人と姫乃にも感謝を伝えた。この二人には本当に世話になったので、一生かけて大事にしようと心に誓った。


 残りの学校生活は、満足していたけれど、いつも何かが足りない感覚になっていた。けれどこの感覚は、花蓮がこの世に生きていたという証拠なので、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。




 そして俺は最後まで学生生活を全力で過ごして……高校を卒業した。



 その卒業翌日から景兄と一緒に――大きな未知なる世界へ旅に出た。



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