残り1日
「花蓮さん遅いですね……」
『ダメだアゲハ。家のインターホンを押しても反応がない。灯りもないし、たぶん家にいないよ』
現在時刻は22時36分。今日は学校が終わり次第に俺の家へ集合する約束をしていた。既に健人と姫乃は揃っており、後は花蓮が来るのを待つのみとなっていた。
しかし時間が経ち夜になっても花蓮が来ることはなかった。
そこで体力に自信がある健人が花蓮の家に走って確認をするために出ていったが、返事は残念な結果に終わった。
「どこに行ったんだよあいつ」
心配と苛立ちが募ってくる。自分から約束を破るような人ではないので、来れなくなったということは、急用ができたか、何かあったのかだと考えられる。
「私達も探しに行きましょう」
姫乃も心配になったのか外に探しに行った。
「俺も花蓮ちゃんのお母さんに連絡してみる」
「ああ、ありがとう景兄」
俺も家でじっとしていられなかったので外に探しに行こうと家を出る。しかし花蓮がどこに行ったのかはまったく検討が付かなかった。
「さぁて、どこに行こ――」
外に出た瞬間……何故か、ほんとに何故か分からないが頭に見慣れた光景が一瞬だけ過る。
「……学校の………屋上?」
そこから考えれば考えるほど、その光景しか頭に浮かばない。この現象に自分でも理解が追いつかなかった。
「花蓮……っ!!」
考えてしまったものは仕方ない。どうせ他に行くあてもなかったので屋上へ向かうことにした。
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――ガチャン!!
夜の気温で冷たくなったドアノブを力いっぱい握りしめて扉を乱暴に開ける。
この学校の屋上に街灯やライトは設置されていない。よって周囲を明るくする照明は、空の上で優しく輝く月明かりのみだった。
その自然の照明を浴びた屋上の中心。まるで劇場のスポットライトに照らされた主役のように、花蓮は立っていた。
「探したぞ、花蓮。こんなとこで何してんだよ」
声を聞くまで俺の存在に気づいてなかったのか、ゆっくりこちらを振り向くと、死人を見たような顔で驚いていた。
「アゲハ……ごめんなさい」
花蓮は目を伏せて悲しそうに謝罪をした。
「はぁ、まあ無事ならいいさ」
ホントに反省してそうなので、これ以上攻めるのはやめることにしよう。
皆はまだ探し回っているはずなので、すぐに花蓮を見つけたというメールを一斉送信した……はずだが、なぜか携帯が園外になっている。まあすぐに繋がるだろう。
それから家に帰ろうとしたが、何故か花蓮はベンチに腰掛ける。今がいつもの昼休みかのように。そして俺も自然に隣に座った。
正直、走りっぱなしで疲れたので休みたかった。
すると突然、花蓮はポツリと思い出話を始めた。
「貴方との『一番思い出の場所は?』って聞かれたら、私はこの屋上を選ぶわ」
「確かにな……。ここでは色んな時を過ごした」
あの日、教室で花蓮から変な告白を受けてから、この付き合いは始まった。
「黙って過ごす日もあれば、喧嘩した日もあったし、お互いの過去をさらけ出す日もあれば、未来の話をした日もあった」
「そうね。初めは私の運命を変えるために利用するだけの存在だったけど」
「俺だって、花蓮の第一印象は『性格がひね曲がった意地悪い女』だぞ。早く関係を断ちたかったぜ」
「ひどくない!?」
「ははっ。お互いに初めの印象は最悪だったわけだ」
それから今までの思い出を振り返りながら、その日その時に何を思っていたのか、約100日分の自慢話が繰り広げられた。
別にお互い自慢できるようなことを思っていたわけではないだが、これが無性に楽しくて、嬉しかった。初めはここまで腹を割って話をできる関係になると思わなかったが。
でも今は、俺は花蓮のことを――。
「でも今は、不思議なことに友達になって仲良くしてる。ここまで私と付き合ってくれて……本当にありがと」
「……なにいまさら変なこと言ってんだよ。なんか恥ずかしくなる」
そうだ、俺達はまだ友達だ。俺は花蓮にこの気持ちを伝えていないのだ。
今このタイミングしかないと腹を括り、覚悟を決めて叫ぼうとした――その瞬間。
花蓮が突然、何かを察するように空を見上げ……独り言を呟いた。
「そう――もう時間なのね」
いったい何の時間が迫っているのかは分からない。
でもなぜか、このままではいけない気がした。
ひどく焦る俺とは正反対に、とても落ち着いた様子の花蓮が……眠る子供に語り聴かせるよう話を進め始めた。
「最後に……伝えなくちゃいけない事があるの」
それはもう二度と会えない人が言うセリフのようで――
「うーん、でも普通に言うのもつまらないわね」
無邪気にいたずらな笑顔を浮かべながら――
「ねえ、アゲハ。『月が綺麗ですね』ってセリフ、知ってる?」
なぜか胸の動悸が止まらない――
「あの言葉、本当に凄いと思う。でも……これは私らしくない」
いますぐ発したい言葉が、喉で空回りして――
「私が言うからこそ意味のある言葉で伝えるわ。いい? 一度しか言わないからよく聴きなさい」
次の瞬間、世界から彼女以外の音が――消えた。
「何度あの日が来ようとも――私は貴方に逢いに行く」
――バンッ!!!
「……カハッ!! ……ハァ、ハァ、ハァ」
後方から鳴った扉の激しい衝突音で身体が目覚める。どうやら、いつの間にか呼吸をするのを忘れていたらしい。
「あ、あぁ、アゲハっ!!!」
そこにいたのは健人だった。膝に手を付き、激しく肩で息をしていた。健人がここまで息を乱すなんてよっぽど急いできたのだろう。
「……どうしたんだ、そんなに慌てて」
「花蓮さんが、花蓮さんが!!!」
健人に言われて何故かようやく花蓮のことを思い出す。そうだ、あいつを家まで連れて帰らないといけないんだった。
「ほらさっさと行くぞ、花蓮。健人も呼んでい……る」
俺は花蓮を呼び戻すため、再び後ろを振り向いた。
しかし、そこには真っ暗な屋上が広がっているだけで……とても静かだった。
「なに言ってんのアゲハッ!! だって花蓮さんは――」
その事実を聞いた瞬間――俺の世界から、色が、消え失せた。
「――ここで今夜のニュースをお伝えします。
本日午後20時30分ごろ、○○市○○町にある建設中のビルが突然の激しい突風により一部崩落しました。この事故により灯坂憐(とうさか れん)君(4)が軽症。
柏木花蓮さん(17)が死亡しました。目撃者の声によると、柏木花蓮さんが灯坂憐君を庇い瓦礫の下敷きとなったと証言しており――」
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