第13話 身元不明
この日、祭儀場では少し騒ぎが起こった。
伊藤と牧野の家族が心配して訪ねて来たらしい。
流石に二人の人間が同時に行方不明になるのは不可解だ。
じきに警察の調べが入るだろう、それに向けてあれこれと隠蔽は仕事の合間に済ませた。
「二人で駆け落ちでもしたんだろうよ」
少し前の安田ならそんな悪態をついただろう。
今はそんなことはしない。
何も知らない、窓際職員として一日を過ごした。
今日の業務が終わる頃、安田の心は落ち着いていた。
昨日のことがまるで夢のようで実感が無くなっていたのだ。
だがその度に自分の掌を見た。
この傷と、あの痛みを忘れてはならない。
俺は確かに二人をこの手で殺したのだから。
片付けを済ませ帰路に着く頃。
安置室に置いた車のキーの取りに戻ると何やら人の気配がした。
恐る恐る安置室を覗いた安田は息が止まった。
いつも自分が座るあの椅子に神田が座っていたのだ。
「おう」
神田は安田を見つけ無愛想に声をかけた。
また安田の思考が止まった。
こいつ、何をしにきたんだ。
死体を取りにきたのか。
もうその死体はここには無いのに。
「連絡が遅れた悪かったな。
下がパクられてこっちも大変でな」
返事もできずまばたきを繰り返す安田をジッと見据えたまま、ゆっくりと神田は立ち上がった。
「死体はどこだ」
神田の質問に全身が震えた。
立っていられない程に頭の中まで震え上がり、安田はその場にへたり込んだ。
神田はそれを見下ろしもう一度、言った。
「死体はどこにやった」
神田は顔をグッと近づけ、安田を睨みつけた。
嘘は許されない。
全てを見抜く目で安田を睨んだ。
「す、捨て、す、捨てまし、た」
やっと発した言葉はかすれて震えた。
神田は少し考えて口を開いた。
「お前がか」
ただ頷く安田を見て神田は少し表情を緩めた。
その様子に少しだけ安心を覚えた。
「勝手なことするな。
と言いたいとこだが、手間かけたな」
「え、えっ」
「こっちで処分する手間が省けたよ」
「い、いえ、すみません。
勝手なことをして」
「どこに捨てた」
「山です」
「そうか」
神田は立ち上がり、タバコに火をつけた。
「どうして捨てた」
「えっ」
「どうして捨てたんだ」
神田はタカシがここに来たことを知らないのだろう。
しっかり説明すればわかってくれるかもしれない。
「タカシがここに来たんです。
浩平さんがパクられたって。
そんで、俺、その、
これからヤバいことになるって思って」
神田はただジッと安田の話に耳を向けていた。
「だ、大丈夫です。
よく知っている場所なんで。
見つかることはありません。
もし見つかっても足が付かないように気をつけましたから」
神田はまた少し考えて小さく言った。
「そうか」
緊張が解けた。
どうやら神田は状況を理解してくれたようだ。
安田は立ち上がり深く頭を下げた。
「本当にすみませんでした。
指示を待たず勝手なことして」
そっと顔を上げると神田は笑みを浮かべていた。
全てを見透かしている、そんな笑みだ。
「まあ、それは良い」
神田はポケットからそっと一冊の手帳を取り出した。
「で、これは何だ」
それは安田が机にしまったままのあの架空の日記だった。
浩平や神田の名前もそこにある。
脅されたと嘘の書き込みもある。
腰が抜けてしまった。
そした全身の血が蒸発したように感じた。
「俺達を売る気だったのか」
安田は必死に後ずさった。
「これを警察に持ち込む気だったのか」
そこに立つ神田は悪魔の形相だった。
これが牧野が最後に見た景色なのかもしれない。
俺はもう、生きていられないのかもしれない。
「まあ良い、ゆっくり聞かせてもらうぞ」
数ヶ月が経ち、祭儀場には新しい館長が就任していた。
館長は今日、入社した新人に館内の案内をしていた。
「ここは」
新人が驚いたのは遺体安置室。
その部屋の作りと、冷蔵庫にかかったネームプレートを見て衝撃を受けていた。
「身元不明って、どういうことですか」
館長は言いにくそうにも、新人に説明をした。
「警察との兼ね合いがあってね。
こうして遺体を保管しているんだ」
新人は驚きながらもプレートを見ながらぶつぶつと呟いた。
「八号機、身元不明、平成29年。
そんなに前からここに」
「こっちも。
身元不明、平成30年」
「こちらは最近なんですね。
身元不明、令和二年ですか」
カプセルホテルの支配人 @ssSnufkin
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