第12話 隠蔽
安田は安置室を片付け、伊藤と牧野の遺体を冷蔵庫に押し込んだ。
伊藤のメモには今日の客の出入りがメモしてある、今日は二名、冷蔵庫に収まる数だ。
粛々と業務をこなせば良い。
職員達がふらりと安置室にやってきた。
伊藤を知らないかと安田に聞きにきたのだ。
そして入れ替わりで牧野が来てないかと見に来る。
安田は何食わぬ顔で見ていないとそれをかわした。
珍しく遅刻かな、と職員達は部屋を出て行く。
誰もここに二人がいるなんて思いもしないだろう。
安田は通常の業務をこなしながら合間にレンタカーの予約を取った、五人分が載せれるバンだ。
定時になると皆に挨拶をし祭儀場を出て、その足でレンタカー屋へ車を取りに行く。
それは奇しくも、浩平達が死体を運んできたあのバンと同型のバンだ。
まるで神の戒めの気分になった。
まったく神を信じていない安田がつい心の中で繰り返す。
お許しください。
お許しください、と。
祭儀場へ取って返す最中、突然の大雨が降ってきた。
雷が鳴り、風が吹き荒び、それこそ神の怒りのようだ。
祭儀場の裏にバンを止め、びしゃびしゃになりながら安置室に入る。
今だけは心を無くせ。
何も考えるな、何も迷うな、何も感じるな。
覚悟を決めて五人を車へ運び込む。
牧野に噛み切られた掌が傷んでもまったく気にならない。
本当に痛いのは無くしたはずの心なのだ。
五人を車に乗せ、祭儀場を出た。
向かうのは昔に付き合っていた女と夜景を見に行った山だ。
相変わらず、雨も雷も凄まじい。
途中、すれ違ったパトカーに心臓が飛び出しそうになる。
頼むから今は自由にしてくれ。
俺に、仕事をさせてくれ。
山道に向かう曲がりくねった道は人は勿論、車の一台もいない。
こんな豪雨の中で夜景を見に来る人なんていない。
せいぜい、死体を隠しにくる人がいるぐらいだろう。
何度か来たことがあるこの山の付近の地理は頭に入っている。
あそこに車を止めれば山に入れる。
シミュレーションは出来上がった、後は実行に移すだけ。
予定の場所で車を止め、豪雨の中、道無き道を進んでいく、何度か足が滑り転んでもお構いない。
しばらく行くとおあつらえの場所があった。
木々に囲まれ辺りからは見えない、しかも人が来るはずの無い良い場所だ。
そこに持ってきたスコップで穴を掘る。
この豪雨が幸いしてか、地面は泥のようで簡単に穴は掘れそうだ。
ザクザクと地面を掘る音も雨に消えた。
どうやら、ここへ来て神は味方をしてくれる気になったようだ。
穴を掘りながら、また涙が溢れてきた。
俺は何をしているんだろう。
どうしてこんな山の中、泥だらけになり、あちこち痛めながら穴を掘っているんだ。
いや、何も考えるな、ただ行動しろ。
どうしてこんなことを。
考えるな。
どうして。
しばらくして大きな穴は掘れた。
泥水が流れ込み埋まってしまう前にここに二人の遺体を運んでしまおう。
車に戻りバックドアを開けた。
かけたはずのシートがめくれており、牧野と目があった。
心の一番深い部分、ズキンと鈍い痛みが走る。
まず伊藤の遺体を背負い、また山道を行く。
穴の中に遺体を寝かせその手を胸へやった。
もう一度、車は戻り次は牧野の遺体を背負いまた山道を行く。
伊藤の隣へ牧野を寝かせ、その手を胸にやり、そっとまぶたを閉じてやった。
後は埋めるだけだ。
山のようになっている掘った土砂を丁寧に二人にかけていく。
体が埋まり、後は顔にかければ二人は二度と太陽を見ることはないだろう。
「伊藤さん、本当にすんません。
心の底から感謝していました。
御恩は忘れません」
枯れることなく流れる涙を飲みながら、そっと伊藤の顔に土砂を被せた。
「牧野ちゃん、ごめんな。
あんたの笑顔には本当に救われた。
俺のこと、呪ってくれよ」
唇を噛みしめながら、そっと牧野の顔に土砂を被せた。
その上から更に、厚く厚く土砂をかけて二人は完全に土の中に埋まった。
安田はフラフラと山道を少し戻り、途中で見かけた名前も知らない花を二輪、摘むと二人の上にそっと手向けた。
そして、叫んだ。
雷に混ぜて、自分の奥底から湧き上がる感情を叫びに変えた。
怒りも、悲しみも、全てを叫びに変えて空に放った。
それでも涙は止まらなかった。
自分で壊した今に涙が止まることは無かった。
まだ落ち着くのは早い。
車に戻ると更に山を上り、断崖に沿った急カーブの位置で車を止めた。
ここは景色が一望できる絶景のスポットだが、安田には昔、彼女に言っていた冗談がある。
断崖を見下ろせばそこは深い深い森の中。
夜景に目を奪われロマンチックに浸る彼女に向けてこんな冗談を言っていた。
「死体を隠すならこの下だな」
その冗談が今、現実に変わる。
車にはまだ三人の死体がいる。
名前も知らない、浩平達と同じヤクザ共だ。
こいつらのせいで俺はこんなことになっているんだ。
こいつらが、俺の人生を大きくかき乱してくれたんだ。
まずは最初の死体。
こいつを担ぎ上げ、ガードレールに引っかける。
それから怒りを込めて蹴り飛ばした。
死体は断崖を転がりながら深い森の中へ消えていく。
「社会のゴミめ、消え去れ」
それから次の死体、こいつもまたガードレールに引っ掛けて蹴り飛ばす。
「お前もだ、ゴミ屑め」
残ったのは片腕の無い死体。
首はまるでボールのように転がっている。
まずは体を同じようにガードレールに引っ掛けて蹴り飛ばす。
そして残った首を掴むとそれに唾を吐きかけた。
「てめえもだ、獣のエサになれ」
サッカーボールのようにそれを蹴り飛ばすが、頭はそれなりに重く地面に転がった。
「最後まで煩わせやがって」
もう一度、首を掴み断崖の下へと放り投げた。
ゴロゴロと転がる首を眺めながら呟いた。
「そのまま地獄まで転がって行け」
丁度、雨は上がり空が白み始めていた。
雲間からゆっくりと昇る朝日が美しい。
こんな状況で無ければ心に残る素晴らしい景色だろう。
だが、心の中には後悔と懺悔だけが渦巻いた。
少しして車を走らせた。
このまま祭儀場へ戻り仕事をしよう。
それが終わったら車を返し、全ては完了だ。
今日のことは忘れられない、忘れてはいけない。
自分の犯した過ちを忘れず、せめて貢献したい。
これからは死者への慈しみを発揮したい。
もう、カプセルホテルの支配人は引退だ。
これからは祭儀場の一員として、死者を心から弔いたい。
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