愛情と信頼
茉莉 清香
愛情と信頼
「…すまん、別れてくれ」
「ごめんなさい、先輩」
洒落たレストランのテーブル席で、気まずそうに私の前に並んで座る男女。
漫画や小説でよくある光景が目の前で繰り広げられている。
別れを告げるのは、先程まで私の恋人…だと思っていた人と、彼に寄り添う私の後輩。
別れを告げられているのは話の主人公ではなく、ただのOLの私。
―ああ、そうか。もう終わりなんだ。
そう悟った瞬間、それまであった私の彼への愛情は砕け散った。
そうとも知らず、目の前の2人は懸命に「真実の愛」とやらについて話している。
…馬鹿馬鹿しい。
「そういう訳なんだ。だからお願いだ、別れてくれ」
「私達、心の底から愛し合ってるんです!」
…だからなんだ、と心の中で毒づく。余りの頭の悪さに思わず舌打ちしたくなる。
あれだけこの後輩には気を付けろと言っていたのに係わらず、挙句に別れを告げる元恋人。
あれだけ忠告したのに、何も知らない振りで他人の恋人を誑かす女。
愛し合っていれば、相手が居ても奪って良いのか。
―ああ、本当に馬鹿らしい。
「…わかった。最後に少しだけ、いいかしら?」
「ああ」
別れることに同意したのを見て、元恋人の男は心底ほっとした表情をし、恋人を奪って行った後輩の女はいじらしい表情でこちらを見つめている。その目は潤んでいるものの、目の奥では恋に破れた私を嘲笑うかの様な感情が見える。そう言う所は本当に器用な女だ。
「まず一つ。これが最後だから伝えておくわ。…その子にすぐ飽きられない様に気を付けてね。飽きたら即効で他人の恋人に手を出す女だから」
「先輩、酷い!」
「本当の事でしょ」
「先輩!私に彼を取られたからって、そんな言い方…」
「お前ってやつは…なんでそんなに彼女に辛く当たるんだ!」
後輩が噛みつくが、今までがそうだったのだ。「〇〇さんの彼氏、すごく素敵に見えて奪っちゃった」と言う台詞をこの女から何度聞いたか。
しおらしく俯き、両手を目に当てて泣いたふりをしているが、口元はうっすらと笑みの形に歪んでいる。
どうせすぐに飽きられて捨てられるだろう元恋人は、私の話を嘘と決めつけ睨みつけている。
私の言葉を信じようと信じまいと、もうどうでもいいのだ。いずれ来るその時になればわかるのだから。
元恋人の言葉を無視して、俯いたまま嘘泣きを続ける後輩に目線を合わせる。
「貴女、勘違いしている様だけど」
そう声を掛けると、後輩の方が大げさなくらいにビクッと震える。そのわざとらしさに再び舌打ちしたくなる。
「前も言ったけれど、貴女が欲しがるその人の魅力は隣に寄り添う相手がいるから輝くのよ。お互いに愛情をもって相手に接する事でお互いが幸せになるの。
互いを思い、慈しむ愛情がその恋愛の手入れになるの。…そしてそれは、あんたみたいに一方的に横から攫って行く女が出来る事じゃない」
私の言葉が図星だったのか、後輩が俯いたまま上目遣いに睨んでくる。まるで鬼の形相だ。
「言いたい事はこれだけ。それじゃ、失礼するわね…あ、これお会計」
テーブルに料金を置いてそのまま立ち上がる。
後ろから女の怒鳴り声が聞こえるが、もう終わった事だしと振り返らずにそのまま店を出た。
家に着いてから、靴を脱いでそのまま寝室に直行してうつぶせにベッドに倒れこんだ。
(なんだかとっても疲れた…)
今日と言う日程、同棲していなくて良かったと思った日は無い。
自分だけの部屋、自分だけの空間はとても落ち着く。うつぶせのままそっと目を閉じると、涙が一筋だけ流れた。
(さようなら、私の恋)
ほんの少し残っていた愛情の欠片は、涙と一緒に跡形もなく消えていった。
愛情と信頼 茉莉 清香 @sayaka-matsuri
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