KONRO

隠世 紅葉

コンロ

 俺はコンロ。別名にガステーブルなんていうしゃれたもんがあるが、俺はあまり好きではない。シンプルイズベスト。名前にだってそれは当てはまると思っている。

 ところが、そんな強いこだわりを持ったところで俺にできることはたかが知れている。火をつけて、温める。たったそれだけの事だ。どうだい、シンプルだろう?

 そんな風に自分の出来る事を知ったのはいつからだったろうか。作られたとき? 出荷されたとき? あるいは、この子が俺の購入を決めた時だろうか。

 俺は、当時最大手であった家電量販店の一角で売られていた。現物限りの限定品という触れ込みは魅力的だが、要は型落ちの売れ残りだ。店員のうわさ話によると廃棄の時期も目前だったらしい。つまり、俺は自分の持つ機能を発揮する前に用済みになりかけていたって事だ。

 そんな俺を見つけたのが彼女だった。いやきっと、最初に彼女が見つけたのは俺じゃなくて赤線の引かれた割引値札だったのだろうが。

 ぼさぼさの黒髪に色気のない眼鏡。失礼を承知で評するが「芋女」という言葉がぴったりな容姿だった。そしてそれは容姿だけではなく、店員とびくびくしながらやりとりをする様子からもその表現が正しいように見て取れた。

 当然だがコンロである俺には耳はない。彼女たちが何の話をしていたかは当然わかるはずもない。

 目もないのにどうしてそんな景色が見えるのかって?

 火を使う俺には熱を感じ取るセンサーがあるんだ、って言えば納得してくれるかい? 


 耳はないが、見える情報の範疇でもおそらく彼女は俺を購入するんだろうなという予想はしていた。実際その予想は的中し、あっという間に彼女の家へと届けられた。

 店舗の方でもさっさと俺を送り出してしまいたかったのだろう。ほかの奴らと比べて手続きがスピーディに進んでいたのが、少しだけ腹立たしく思った。 

 彼女の家は俺の予想に反してとても小ぎれいでオシャレだった。

 ワンルームの小さな間取り。ごちゃごちゃなどしておらず、実際よりも広く感じる部屋の作りになっていた。

 家具にもこだわりがあるのか、部屋全体が統一感のあるシックな雰囲気で、それらの一員になるには少し気が引けるように思えた。

 俺が配置されたキッチンはワンルームの部屋の廊下にあたるところにある。キッチン小物はまだ揃えていないのか、キッチンに名を連ねるメンバーとしては最古参になれるだろう。とはいえ、俺は「小物」と言われるほど小柄な図体をしているわけではないが。

 彼女は俺をキッチンの然るべきところへ配置すると、ホースの配線に取り掛かった。それを伝って俺の中にガスが流れ込んでくる予定だ。売れ残りとはいえ、新品である俺にとっては未知の体験となる。

 が、予想していた感覚は待てど暮らせどやってこない。不思議に思っていたのは俺だけではなかったようで、彼女もまた首を傾げ時間と共に焦りを伴い始めた。

 なにがあったのだろうか。もしかして俺は不良品だったのか? 可能性はありうる。なんせ俺は型落ちの売れ残りだったからだ。定価3980円から処分価格で1500円引きは伊達ではないのかもしれない。

 焦りが最高潮を迎えた(と思えるぐらいに慌てふためいていた)彼女は、電話を手にどこかへ助けを求めた。電話の相手は家電量販店か、はたまたメーカーか。いずれにせよ俺はこのまま送り返されて、処分されるのかもしれない。いや、十中八九そうだろう。残念だ。非常に、残念だ。

 そんな風に諦めきった俺の予想は外れた。ほどなくして彼女の部屋にやってきたのは、お歳を召した女性だった。俺も一度見たことがある。たしかこの部屋の大家だ。

 大家は彼女の話を聞くと、大笑いをしながらガスの元栓を指さす。それを見て話を聞いた彼女は、見る見るうちに顔を紅潮させた。それを見て俺も察した。


 この子、ガス会社と契約してなかったな?


 ふたを開けてみれば簡単な話で合った。おそらく初めての一人暮らしの彼女。電気と水道という重要なライフラインに気を取られて、ガスの事が頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。ほほえましいミスだなと思いながらも、俺もその可能性に思い至らなかったのだから同じミスをするかもしれない。そう思うと、彼女を素直に笑うことはできない気がした。

 とはいえ、コンロである俺がガス供給に関する契約などすることはないだろうが。


 翌々日、ついにガス業者がやってきて元栓を開けてくれた。彼女は業者から契約に関する話をされたようだ。業者の話に対して何度も控えめに頷き、やがて何枚もの契約書を受け取った。1時間程度の来客対応の後、ついに彼女は俺の前に立った。

 ガスの元栓と俺を、オレンジ色の太いホースが繋ぐ(業者が繋いでくれた)。彼女は少しだけ手を震わせながら元栓へと手をかける。

 直後、俺はすぅーっと血の気が引いていくような感覚を覚えたと同時に、これがガスが通ったという事なのだと理解した。入ってきているのになにかが出ていくような感覚。新鮮で、高揚した。

 明確な変化を感じ取れたのは、どうやら俺だけだったようで、彼女はまだ手を少し震わせていた。そして彼女は少し乱暴な手つきでガシャンという音を、俺から響かせた。

 俺の身体が重くなる。頭上なのか、身体の上なのか。その場所はいまいちはっきりとしないが、きっとこれが俺がこれから為していくべき姿なのだろう。

 俺の上にはやかんが乗せられている。中身はおそらく、通りたて注ぎたての水道水。

 そして、ついにその時は訪れた。

 先ほどガスの元栓へ伸ばされた彼女の手が、今度は俺へと伸びる。目標は「点火つまみ」

 彼女の細く白い指が、俺を捕まえる。綺麗だと思ったその手指が、力強く俺をひねり上げる。

 

 モノとして生まれ、作られ、誰かに届けるべく並べられる。きっとその誰かの元へ届くのは一部で、俺もその一部から漏れそうになっていた。

 生まれた意味を成し得ることなく廃棄される未来もあっただろう。事実、俺はその瀬戸際にいたはずだ。 

「これをください」

 あの時、家電量販店で彼女はきっと、俺を指さしてこう言ってくれたのだろう。その時は値札でなく、俺を指さして。

 彼女のこの手が、指が、俺を救ってくれた。

 意味を、与えてくれた。

 ならば俺にできるのは、彼女の生活の助けになる事だろう。やってやるさ、一度は失いかけたこの 生きる意味いのち。できるだけ長く全うしてやろう。


 カチッ。カチカチカチカチ、ボッ。


 今、俺が産声を上げた。

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KONRO 隠世 紅葉 @momiji_kakuriyo

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