第5話

 ロウソクから離れるごとに感じる熱気は今では40度を超えているだろう。

 悠介はこの先に赤の魔法使いが待ってると本能で感じていた。

 ホルスターに収めた拳銃を指でなでながら奴が待っているであろう場所へ向かった。


 しばらく歩くと視界が開けた広場にでた。

 光もあるのかとても明るいその場所に奴がいた。

 広場の中心にポツンと置かれた王様気取りの豪華な椅子。


 彼はそこに座って悠介をじぃっと見つめていた。


 それを見た悠介はにんまりと嫌な笑みを浮かべた。


「ふふふ……ようやく、あんたに会えた」

【ようこそ。赤の魔法使いの闘技場へ。俺に会えたのがそんなに嬉しいかい少年?】


 広場に響いた魔法使いの声。その声に悠介は歓喜した。

 ホルスターから拳銃を素早く抜くと引き金を引いた。


 銃声。

 しかし、それは魔法使いには当たらなかった。


【まぁ、待ちたまえ。俺はこれでもいろいろと恨みを買ったんだ。どの恨みだ少年?】


 椅子に座ったまま悠介に問いかける。銃弾はどこに行ったのだろう。

 悠介は魔法使いへの怒りを抑えつつ声を発した。


「四年前、村を襲っただろう」

【村か……たくさん燃やしたなぁ。二年前には飽きたけど】

「っ!!」


 溢れる怒りを再び抑える。ここで狂ってしまっては奴に負ける。

 それがわかっているのか悠介は冷静に答える。


「ここから随分近いところにある海岸村だ。俺は目の前でお前に家族を殺された」

【なるほど、それが理由か…。悲しいね、泣けるね。君の話はでも……】


 魔法使いは椅子から立ち上がり前に進む。


【貴様の話では俺を殺すことはできない。家族が殺された? そんなのよくある話じゃないか】

「……っ! 殺すっ」


 拳銃からマガジンを抜き取り別のマガジンに入れ替える。


「これは俺がお前を殺すために作ったものだ」


 拳銃を魔法使いに向ける。


【ほぅ、強い対魔弾か少年よ、それで俺の魔法障壁を抜けると思っているのか?】

「……」


 声を上げず狙いをつけ引き金を引く。

 たったそれだけの単純作業が戦場の独特な雰囲気と混ざり合って奇妙な気分になりそうだ。


 バンッ!


 乾いた火薬音とともに飛び出る弾丸は魔法使いのすぐ横を通り過ぎていった。

 おそらく力んだのだ。力んでしまって当たらなかったのだろう。

 しかし、その銃弾の強さを感じたのか魔法使いは悠介を睨みつける。


【たしかにそれは危険だな……。だが、これだけの威力。そう数があるようには思えないな】


 魔法使いの言うとおりである。

 悠介が撃った弾はいわゆる普通の対魔弾ではない。


 普段、使っている対魔弾よりもはるかに強い忌魔弾と呼ばれる弾である。

 対魔弾は魔力を霧散させ、忌魔弾は魔力そのものを破壊する。


 その効果はまさに段違いである


 だが、それだけの強さを持っている弾はマガジン一個分しか持っていない。

 ベレッタの装弾数は15発。その全てが忌魔弾だったとしても少ない。


【さぁ、演舞の始まりだ。俺の力がここに顕現する】


 おおげさな感じにゆっくりと歩いて前に出る。

 大量の魔力が魔法使いの周りを渦巻き魔法を発動させる。


【ふ、ふふ……これが俺の魔法。絶対不可侵の炎”火精霊カグツチ”だ】


 詠唱を唱えることもなく突然、魔法が発動される。

 魔法使いの半径5m範囲。それが徐々に変化していく。

 始めはただの揺れだった。魔法使いの周りの世界がぶれ空気が歪んでいるのがわかった。

 

 揺れの次は煙が発生した。空気から小さな煙がポツポツと現れては消える。

 その次の状態は一目瞭然であった。


 土が赤みを帯び溶ける。マグマになっているのだ。

 異常な熱の発生。それが赤の魔法使いの炎属性の魔法であり象徴とするものだ。

 火精霊カグツチは術者の半径数メートルの範囲を文字通り火の海に変える魔法だ。


【どうだ。これを見ても驚かないのか?】


 魔法使いは一歩ずつ歩いて悠介近づいてきた。

 まだ、20メートルほどの距離があるが50m先の的に当てられる悠介なら十分に狙える距離だ。

 なのに、何故か悠介は拳銃を構えずにじぃっと魔法使いの行動を見つめる。


【なんだ。怖気ついたのか?】


 ゆっくりと距離を詰めていく魔法使い。悠介は黙って見つめるだけ。


【楽しかったなぁ。人狩り。目の前で人が溶けていくんだぜ。一瞬で、綺麗にな。はは、お前の家族も俺が溶かしたんだろうな】


 一歩、一歩、一歩。近づく。


【俺の火精霊カグツチは獲物を絶対残さないからな】


 また一歩近づいた。距離にして10mほど。もう火の海が目の前だ。

 もう少し、魔法使いが近づけば悠介は動かざるおえないだろう。

 だが、魔法使いはそれ以上近づくことはなかった。


 それは戦略のためではない。何か、何かおかしいことに気づいたのだ。

 動かない悠介に悠介の過去……そして、火精霊カグツチ

 その三つが重なったとき、魔法使いの脳裏にある不思議が生まれた。

 ギロと睨みを効かせる。


【貴様、なぜ生きている?】


 いきなりそう言われると誰もが「はぁ!?」と冗談に思うだろう。

 そんな一言が魔法使いの口から漏れた。


「……」


 対する悠介は何も答えなかった。いや、それがすでに答えなのだろう。

 魔法使いはやはりという顔をした。


【貴様……まさか、死ななかったのか。俺の火精霊カグツチをくらって……】


 火精霊カグツチは範囲内の物質全てを燃やし溶かす絶対的な魔法だ。

 目の前で家族を殺された=その場に悠介がいた。

 魔法使いの頭にはそれが浮かんだのだろう。

 そして、質問したのはもうひとつの可能性を消すためである。


 もし悠介が隠れてたため生き残っていた際、いきなり「なぜ生きている」と聞かれれば驚くだろう。

 しかし、悠介は驚くこともなく冷静な無表情だった。

 それはつまり、そんな質問がされることは想定内であったということである。

 そこから導き出される答えは一つ。


 悠介は火精霊カグツチを食らったはずなのに生きている。


 魔法使いが足を止めたのはこれが原因だ。

 そんな魔法使いを冷静に無表情で見ていた悠介はふいに笑みをこぼした。

 顔がにやける、勝利を確信した表情。


「ふふっ。ようやく気づいたか。魔法使い」


 拳銃は構えずスゥーと魔法使いに近づく。

 魔法使いは危機感を覚えたのか数歩下がった。


 溶けた地面は範囲外へと出ると瞬時に常温に戻り固くなる。

 悠介は固まった地面の上を歩いて魔法使いを追いかける。


「俺は魔法が使えない。なぜだかわかるか?」


 悠介の言葉に魔法使いの表情がさらに険しくなった。


「答え合わせをしよう魔法使い。お前にとっても俺にとってのね」

【……答え合わせだと?】


 悠介はその場に止まって肩をすくめた。


「俺はお前の魔法”火精霊カグツチ”の秘密を知っている」

【っ!!】

「まぁ、ただの仮定に過ぎないがな」


 わざともったいぶるように話の方向を決める。

 会話の主導権は確実に悠介の物だった。


「まず、お前の使う”火精霊カグツチ”だが…。これには不可解な点が多い」

「例えば……魔法の範囲。その魔法の範囲はどこからどこまでだ?パッと見ではお前の半径5m周り全てが範囲内だが」

「お前自身は範囲に含まれるのか?」

「ここで二つの仮定に分かれる。一つは魔法の範囲に入らないあるいは影響を受けない。しかし、これはおかしい」

「何がおかしいかというと魔法の範囲に入らない、影響を受けないということは魔法の性質的に単一魔法だけでは不可能だからだ」

「そして、対抗魔法を同時起動させることも”火精霊カグツチ”の燃費の悪さから言ってありえない」

「そこでもう一つの仮定に至るそれはお前自身が魔法の影響を受けても大丈夫という状態にあることだ」

「魔具を身につけているあるいはそれに相当とする体質である。その状況だ」

「しかし、ここでもおかしいことが起こる。まず、後者はありえない。だとすると魔具を身につけるくらいしか残らない」

「だが、魔具を身につけるということは魔法の影響範囲設定の際に特別な設定をする必要があるはずだ」

「それこそ無詠唱で魔法を使うなんてできない。無詠唱は詠唱することや触媒を使うよりも複雑な魔法設定に弱いはずだ」

「それができることが赤の魔法使いの所以というなら話は別だがその可能性もほぼない」

「なぜなら、俺が生きているからだ」

「もし、お前が無詠唱で”火精霊カグツチ”を起動させていたというなら俺が生きているはずがない」


 そこまで話すと悠介は一旦、話を区切った。


【……】


 魔法使いは口を閉ざしたまま。悠介の話に聞き入っていた。

 そこで悠介は確信した。


「なるほど、ハズレではないといったところか。でも、やはりお前にとっては俺が生きているという点に関して不思議に思っているのだろう」

「なぜ、そこまでそれが重要なのか。そう、そこが落とし穴なんだ。お前にとって」

「魔具を身に付けて魔法を行っていないということは仮定は全て潰されたように思ってしまう」

「でも、ここで最初の考え方を思い出せばいい。お前の今の状態は魔法の影響を受けても大丈夫という状態にあるということだ」

「そして、今日、戦った魔狼、グレイプニールに見せかけた召喚口。響くようなお前の声。俺が生きていること」

「その四つが交わったとき、第三の仮定が存在することに気づいた」

「それはお前自身が何らかの魔法によって本物ではない場合だ」

【――っ】


  息を呑む音が響く。それは悠介の仮定が確定した瞬間だった。


「例えば、何らかの儀式的な魔法で本体に酷似した影を作成する。それに一つだけ魔法を持たせる」

「お前は戦う際、”火精霊カグツチ”以外の魔法を使っていない」

「影を作ることぐらい誰でもできる。ましてや赤の魔法使いと呼ばれるくらいの魔法使いなら造作もないはずだ」

「それに魔法の同時起動の問題も解決できる。影を作る魔法なら作るときに魔力が大量に必要なくらいであとはあまり使わないはずだ」

「燃費にも良い。自身に影響もない。無詠唱も別の場所で本体が詠唱すれば簡単に実現できる」

「そして、極めつけに魔狼だ。あんたは魔狼にモチーフを使っていた」


 モチーフとは魔法を使う際、現実に存在した巨大な魔力を持った動物や物に形を似せ同じ真名を与えることに実現する魔法技術である。

 これを実現すると元の存在の魔力や性質を引き継ぐことができる。


 魔狼……フェンニルとは北欧神話に登場する狼である。

 その力は強大で一部でもその魔力を引き継がれていたのだからあの魔狼が強いはずだ。


「グレイプニールに模した召喚口も相乗効果を期待できる」


 グレイプニールとは北欧神話でフェンニルを封じた魔法の紐である。

 それを模したということは召喚口にフェンニルが封じられているという性質を持つことになる。


 グレイプニールから出てくるのはフェンニルしかありえないという因果によって偽者が本物に近づく。

 モチーフは多くの人がそう思えば思うほど強くなる思い込みの魔法である。

 多くの人がそれだったら本物であると認知されていればされるほど引き継がれる魔力の量が増える。


「そう、お前自身にもそれを使ったはずだ」

「まず、お前に模した人型を造り己の魔力を込める。これだけでも十分に戦えるだろう」

「しかし、赤の魔法使いと呼ばれるほどの魔力ではない。だから、お前はお前の象徴である”火精霊カグツチ”を持たせた」

「赤の魔法使いというイメージもプラスになるだろう」

「赤の魔法使いなら炎系の魔法が得意なはずだ。そして、赤の魔法使いの得意技は”火精霊カグツチ”だ」

「そう、多くの人が思い込むことによってお前の影は魔力がより本物に近づいたのだろう」

【………ふふっ、ふはははははっ!!面白いぞ少年っ!仮定は見事。しかし、仮定は仮定だ。それが本当であるという証拠はどこにある?】


 気が狂ったように笑い出し悠介に疑問を投げかける。

 しかし、その疑問は悠介の中では答えが出ている。


「魔法使い……俺が生きている。それが根拠であり証拠は今、ここで証明する」

【なんだと? 貴様が生きている云々は知らないが。証明する。それは貴様が俺を倒すということだよな】

「そうだな、俺が一度お前を倒すことによって実現できるな」

「だが、それよりもまずお前は知るべきだ。俺が生きているということについて」

【……?】


 そこまで重要な話なのか「?」といった表情。悠介はにやりとほくそ笑む。


「俺は”火精霊カグツチ”の魔法を食らった。そこは確かだ」

「なら、なぜ生きている? それはお前が本物でなく偽者だったからだ」

「近くで見て聞いて感じていたのなら俺は殺されていた」

「お前はおそらく自動化してたのだろう。たとえば、生きた人間を感知したら殺す。のように」

「それで影が見て聞いた映像を後から楽しんでみていたのだろう」

「俺は家族と共に焼き殺されそうになった。家族は死んだ。炭化して灰しか残らなかった」

「でも、俺は生きていた。なぜなら、俺は魔法の影響下にありながら魔法の効果を受けていなかったからだ」

【……貴様、対魔症か?」


 対魔症。それは魔力を一切もたず魔力に触れても魔力が逃げる。そんな体質を持つ人間のことだ。

 悠介はまごうことなき対魔症だ。悠介が拳銃を扱うのは魔法を使えず魔具を直接持つことができないからだ。

 拳銃なら銃弾だけを魔具にすれば魔具に触れずに魔法を扱える。引き金を機動キーに。魔具を発射する。

 それが悠介にぴったりだったのだ。


「そう、そして。自動的に人殺すお前の影は魔力を持たない俺を感知できなかった。俺自身は家族に死体で隠れていたから映像にも映らない」

【待て、貴様が対魔症というなら何故今、魔力を感じる?貴様には魔力がある。そのはずだ】

「はぁ……。俺が魔具を持っているから」

「さっきお前を撃った弾。あれは……俺による俺の魔法。だから、俺の魔力として感知される」

【貴様の魔法? 対魔症は魔法が使えないはずだが……】

「それを人は思い込みっていうんだ」


 そう悠介は言い放つと瞬時に距離を詰めた。

 拳銃の引き金に指を掛け躊躇ちゅうちょなく火精霊カグツチの影響範囲に踏み込んだ。

 普通なら入った瞬間、体と服がいきおいよく燃えるはずだ。

 悠介にその効果は現れなかった。


【!!】


 魔法使いは後方へ下がり悠介から離れる。

 悠介は離れた魔法使いをみてそれ以上追わなかった。


【貴様、何をした】

「あれれ、赤の魔法使いともあろうお方が今更気付いたの?」


 ほくそ笑み。嘲る。やれやれといったふうな演技をし口を開く。


「初めのほうにさ、撃ったよね」

【??】

「お前に当たらなかった対魔弾が。お前が危険だとか言ってたやつ」

【まさかっ!?】


 魔法使いが後ろを振り返り絶望する。


「そう、あれはもちろんただの対魔弾ではない。銃弾だから当たらないと意味がないなんて誰が決めたんだろうね」


 悠介が撃った弾。あれは当たれば起動するものでなく撃ったら起動するものだ。

 対魔法弾。あの弾の正式名称である。

 通常の対魔弾とは対魔力弾が正式名称であり対魔法弾とは異なる。


 対魔弾は魔力を退け繋がりを破壊するのに対し対魔法弾は魔法を破壊する。

 つまり、悠介はあの時、力んで外してしまったのでなくわざと外したのだ。本当の目的を隠すために。

 そして、その本当の目的とは……。


「俺が撃ったのはお前ではない。お前の後にあった魔法だ」

「今のお前は”火精霊カグツチ”を最大出力にして戦えない。なぜなら、お前の持つ魔力はすでに半減しているからだ」

「お前には絶対的な勝利があっただから今まで俺の謎解きを聞いたんだ」

「俺が対魔症だと聞いたときもさほど驚かなかった。それは俺が対魔症でも勝てる自信だがあったからだ」

【な……!!】

「俺がお前を追撃しなかった理由もそうだ。俺は一定時間以上”火精霊カグツチ”の影響範囲にははいれない」

「なぜなら、俺の対魔症は魔力でできたものを弾くものであって魔力によって生じた物理的な変化は防げない」

「つまり、お前の炎は防げてもお前の炎によって熱せられた空気は防げない」

「ただし、溶岩は違う防げる。なぜなら、お前が魔法で制御しているから」

「以上の結果から俺は最大出力の”火精霊カグツチ”には勝てない」

「銃弾もほぼ使えないと言っていいだろう。対魔弾以外は溶けてしまう」

【………】

「だから、俺は先手を打っておいた。お前は偽者。それは間違いない」

「それはこの場所についたとき確信したことだ」

「お前は自分の偽者を作るとき二つの物を使ったはずだ」

「一つは魔法陣。これがなければ魔法が使えない」

「もう一つが寄り代。人の形をしたお前の人形だ」

「この二つは作ったあとに偽物のお前の中に内包された」

「だがどうしても偽者の中には置いておけなかった機能がある」

「それが制御機能。それはお前本体が偽者を制御するユニットであり偽者と本物に関連性を与えるものである」

「その性質上その制御ユニットの形状あるいは置き場所は決まる」


 制御ユニット。魔力を増幅させるためには形状と置き場所は限られる。

 形状は本物に縁があるもの置き場所は本物と偽者の交点がベスト。


「だから、俺はお前が座っていた椅子の魔法を破壊した」

「お前が立ち上がるタイミングも測ってな」


 そう言いながら悠介はマガジンを入れ替える。

 魔法使いは絶句したまま後ろを向いていた。


「さぁ、答え合わせだ」


 拳銃を構え放つ。砲身から放たれた銃弾は間違いなく魔法使いの胸を貫いた。

 ばたりと力なくあっけなく倒れる魔法使い。

 床の赤は灰色になり”火精霊カグツチ”の影響が消えたことがわかる。


「ふぅ。じゃあ、本当の戦いを始めようか。赤の魔法使い」


 悠介はそう言って奥を見た。そこから背の高い男が現れた。


「やぁ、少年。面白かったよ。それと、最後撃たれたのはお前は偽物でなく本物が殺さなければと思ったからだよ」


 黒いフードに赤い髪。これが赤の魔法使い。


『全てを灰にっ火精霊カグツチっ!!』


 赤の魔法使いは右手を上げるとそう叫んだ。

 呪文の詠唱だ。魔法は詠唱を唱えることによって魔力を効率よく具現化する。

 悠介は詠唱が終わると同時に跳ねた。その刹那、悠介がいた場所がマグマになった。


「これが魔法使いの本気だよ。そして……」


 右手を悠介の着地地点に向ける。その場所がマグマになる。

 悠介は拳銃を地面に向け放つ。すると、マグマが固まり元の状態に戻った。


「一度詠唱すれば。当分は同じ魔法を使える」


 しかし、魔法使いの攻撃は終わらない。

 じゃらりと右腕につけた魔具を詠唱なしで発動する。


『焼けっ!! 火精霊カグツチ


 地面一帯がマグマになる。しかし、悠介はいない。空だ。

 悠介は再び飛翔していた。その飛翔能力はゆうに人間を超えている。


「君はやはり……普通の人間じゃないね。対魔症は本当だけどそれは本当に体質なのかい?」


 マグマが地面から消えた。今使っている火精霊カグツチは長時間維持できないのだ。

 悠介が着地する。拳銃を向け言葉を投げかける。


「そっちこそ、ただの炎は得意魔法じゃないんだろ」

「見せてあげても良いけどそれじゃ君は一瞬で死んじゃうよ」

「にしても魔法使い、性格変わりすぎじゃないか?」

「ん? そうかな? 僕にとってはあれは悪役を演じるためにやったけど」

「あっちの方が威厳があるよにみえない? それにあっちはほとんど人工精霊が自動的にやってるからね」

「なるほど」


 そう言って引き金を引いた。バンっと音が響いて発射され魔法使いに届く前に弾けた。


『火の精霊よ。我を導きたまえ……向かえ向かえ我が力、尽きるまで』


 再び魔法の詠唱。右手を鉄砲の形に見立てる。


火精霊カグツチっ。炎弾っ!』


 右手の指の先が光りが迸り直線的な炎が発射される。

 悠介はそれを拳銃で撃ち落とす。


「やっぱり、普通じゃないね。魔法を使っているわけでもないのにその運動能力」

「魔法使いっ俺を殺すには本気を出さないと逆に殺されるぜ」


 魔法使いが炎の弾を連射した。

 それを全て余すことなく撃ち落とす。

 マガジンを入れ替えその調子で魔法使いを狙う。


「確かに、そろそろ本気を出そうか。幸い、準備はしてるからね」


 銃弾を炎で弾きながら魔法使いは指輪を取り出した。

 金色……金で出来ているのだろうか。その指輪を上に投げる。


『現れよ、火精霊カグツチっ!!』

「やはりか……だがこれは――」


 悠介は目の前で起こり始めている現象を見ながら呟いた。

 金色の指輪が砕け上空に巨大な穴が開いた。

 圧倒されるような熱気に焼けるような赤い光。こげるような匂い。それが一気に溢れた。


「見えるかい。これが赤の魔法使いの所以。火精霊を召喚できる唯一の人間。それが僕だ」


 カグツチ……日本神話に登場する火の神の名前だ。

 赤の魔法使いが扱う魔法は全てこのカグツチに由来するものばかりだ。

 それは赤の魔法使いが扱う魔法がもともとカグツチが持つ能力であり魔法はその能力を借りていたのだ。


 つまり、赤の魔法使いは炎の魔法を使ってたのではなく炎が扱える魔法を持つ精霊を召喚していたのだ。

 カグツチが一時的だがほぼ完全に顕現した。

 真っ赤に燃える人型。男のようで女性のように見える中性的でしなやかな身体。


 足はなく。上半身のみで顔はあるがのっぺりとしていて表情があるのかわからない。

 その巨大な体は神聖さをおびていた。

 召喚主がいるためかかなりその力をセーブしている。


「……圧巻っていうのはこんな時に使うんだな」

「へぇ、絶望しないんだ。これを見て生き残った魔法使いは日本には四人しかいない」

「君は五人目として生き残れるかな」


 カグツチが力を開放した。

 魔法使いの周り以外は全てマグマに変わり大気が一瞬で熱せられた。


「おいおい、これはお前もきついんじゃないのか?」


 悠介は熱気の中、拳銃を構えた。その瞬間、拳銃が溶けた。ヤバイと感じ拳銃を下に落とした。

 それだけではない悠介の黒いロングコートのあちこちが焼け始めた。

 悠介の対魔症は悠介に触れている物体も魔力を弾くはずだ。


 それなのに焼けていくということは対魔症の魔力を弾く体質ですら魔力を弾ききれないということだ。

 じわじわと押されている。つまり、時間がない。ただそこにいるだけでこれほどまでの熱気。


「代償が金の指輪だけなのになんて魔力だよ」

「僕は言ったよ。準備は済んでいたって」


 準備。この場合の準備とはカグツチを召喚するための儀式魔法だろう。

 儀式魔法で代償を捧げ、呼び出すためには金の指輪を使うといったところか。

 カグツチが息を大きく吸うような動作をする。

 ありきたりなその動作に悠介は戦慄した。


「マジか……」


 カグツチが勢いよく炎を吐き出した。ファイアーブレスである。

 悠介は飛びのけ避けるが逃げ道がない。

 なぜなら周りは既にマグマ。悠介が立っていた場所は悠介の体質のおかげでマグマ化はまぬがれていたが今の攻撃により溶けてしまった。

 着地場所がないし、作ることもできない。絶体絶命の危機。

 そこに聞きなれた声が聞こえた。


『凍れ』


 広場の端っこの方。そこがわずかだがマグマが凍って足場になっていた。そこにトンっと着地した。


「だ、大丈夫か」


 そう声をかけられた。鬼灯である。鬼灯が凍らせたのであろう。


「ああ、ありがとう。でも、すまないが逃げた方が良い。あいつは倒せない」

「そ、そうか俺はできると思うけど。だって……」

『闇より出でし、闇より深き者よ、我に従い、永久の盟約を』

『闇より出でし、闇より深き者よ、二ツ目の楔を解き放て』

『闇より出でし、闇より深き者よ、己が闇を解き、魔を断たんっ!』


 緑色の燐光が剣に迸り孝太郎はカグツチに向かっていた。

 額にはキョンシーのようにお札が貼られていた。しかし、そのお札は焦げかけていた。

 莉央だ。莉央が魔法で孝太郎を守っているのだ。熱気は強いが魔法で防ぐことはできる。

 しかし、莉央の姿は見当たらない。孝太郎の魔剣が全ての魔法を発動させる。

 魔力でできた生物を一撃で葬ることができる魔を断つための剣。


「へぇ、君の仲間かい?」


 うがぁあああと叫ぶ感じにカグツチがさらなる炎を生み出した。


「ていっ!」


 孝太郎が剣を振るうことによって軽くあしらわれた。


「っ!! その魔剣は……」


 ディアブルソード。魔を断つことのできる剣。

 その剣がカグツチを捉えた。


「確か早い者勝ちだったよな」


 孝太郎が剣を振るった。その切っ先がカグツチの右腕を切り落とした。

 しかし、それと同時に額のお札の半分が焼き切れた。

 それを受け孝太郎は急いで悠介たちのところへやってきた。

 鬼灯は『凍れ凍れ……』と氷の居場所を守る。フラスコからドバドバと不思議な液体を垂らし魔法を維持する。


「悠介、ほれ」


 帰って来た孝太郎が悠介に何かを渡した。お札だった。


「それを貼れば完全に防げるぜ」

「ありがと。でも、大丈夫だ」


 そうお礼を言うと悠介は再びカグツチに向かう。

 焦げかけたポシェットから新たな拳銃を取り出す。

 先ほどの拳銃は既にマグマと一体化してしまったためこちらを使う。


 ベレッタのM92FS。同じものだ。

 マガジンをいれてカグツチに向ける。


「こんどは俺も本気を出す」


 跳躍し着地する。空中で。何もないはずの空中で一度静止し再びジャンプ。

 ゲームでいうところの二段ジャンプだ。もちろん、人間にはできない芸当だ。

 さらに静止してジャンプを繰り返す。高さはすでにカグツチの大きさを超えていた。


火精霊カグツチっ上へっ!!」


 カグツチが上空にいる悠介を捉えた。そして、炎を飛ばしてきた。

 炎弾と呼ばれる弾は対空砲のように悠介のいるあたりを適当に攻撃する。

 そのうちの一つが悠介に直撃した。だが、傷一つつかない。

 それほどまでに強固な対魔装甲。先ほどよりも強くなっている。


「消えろっ!」


 特殊な対魔弾を上空から乱射した。弾線がカグツチを撃ち抜きカグツチから魔力が抜けていくのがわかった。

 カグツチの持っている魔力が対魔弾によって飛散したのだ。

 15×2の数だけ撃たれるとカグツチには以前のような魔力はなかった。


 「これで終わりだっ!」いつの間にかカグツチの近くにいた孝太郎が魔剣を振るった。

 緑色の刃が燐光を放ちながらカグツチの胴体を真っ二つにした。

 胴体の切れた隙間から魔力が飛散し砕け散る。


「ああ、僕のカグツチが……」


 赤の魔法使いは崩れ落ちた。それもそうだ。召喚魔法には欠点がある。

 正しい手順で送り返さねばその代償として魔力を取られるのだ。

 スタッと魔法使いの隣に降りて悠介は赤の魔法使いを見下ろした。


「ねぇ、最後に聞かせてよ。君は何者なの?」


 赤の魔法使いの言葉を聞いて悠介はゆっくりと答えた。


「俺は何者でもない。ただ、俺と同じ名前の人間がいて俺はその変わりにここにいる」

「……チェンジリングかぁ。それは流石にわからなかったよ」


 赤の魔法使いは今まで行なった所業に似合わぬ笑顔をすると涙を流した。

 悠介はその笑顔を復讐者の笑みで撃ち抜いた。

 バンっと乾いた音が乾いた心に響いた。

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僕らが魔法使いに復讐する5つの理由 中谷キョウ @nakayakyo

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