第4話 予定は未定 1

チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえて目を覚ますと、俺は床で寝ていた。

昨日何か考え事をしていた気がするけど、頭の中に靄がかかったみたいで何も思い出せない。それよりはと、今の時間を把握すべく頭を上げれば、そこには朝一番には見てはいけないショッキングな光景があった。


死神が壁をすり抜けて登場したのだ。


「うわぁぁああああ!」

「えっ!?何!?どうしたんですか!?」


頭のねじが一本ぐらい抜けていそうな死神は心配そうな顔をしてこちらに向かい、それがまた俺の恐怖を掻き立てる。


「ちょっ!まっ!来るな!来るな!怖いんだって!何で壁をすり抜ける!」

「あぁ!なるほど!だって仕方ないじゃないですかぁ。この体では物には触れないので、ドアをノックできないですし、ドアを開ける事も出来ません!そうなるとすり抜けるぐらいしか」


へらへら笑う彼女は今日も背丈に合わない巨大な鎌を持っていて、昨日のまるで夢のような、いや、悪魔のような出来事が実際に自分の身に起きた出来事なんだと悟る。自分の余命があと一か月。朝から思い出したくもないような事を思い出さされて重いため息一つ零れた。


「わかったわかった。でも壁はすり抜けんな。扉からにしてくれ。心臓に悪い」

「お、了解です!私のせいで裕也さんの心臓が止まったら困りますしね!・・そんな裕也さん現在、7時50分ですが、お時間大丈夫ですか?」


ニコニコ笑う死神の声を最後まで聞いたかどうかわからない速さで俺は立ち上がり、洗面台に向かって勢いよく走る。いつも8時には家を出るのだ。控え目に言ってもやばい。二日連続で寝坊とか笑えない。


顔を洗って慌てて昨日脱いだスーツを拾って、また投げる。

昨日ずぶ濡れになったスーツなんか着れるわけない。バタバタと走り、クローゼットを開き、クリーニングに出してないスーツを掴む。今週末、クリーニングに出すつもりだったから、臭いかもしれないけど、ずぶ濡れよりはマシだ。慌てて着ながら、そういえば鞄もずぶ濡れだったと思い出し、懐かしいリクルート鞄も掴んだ。

幸い、鞄の中のものはそこまで濡れてなかったので鞄を入れ替えるだけで済みそうだ。ふぅと安堵のため息がこぼれたのが7時55分。遅刻も免れそうで良かった。

昨日の昼からまともな食事をとってない俺のお腹が悲鳴を上げているが、まぁ、会社で食べよう。


「お、間に合いましたか!良かったです」


人がバタバタ準備していたのを高見の見物のようにふわふわ浮きながら傍観していた死神はそういうとゆっくり俺に近づいてくる。すると必然的に死神の持っている鎌も一緒に近づいてくるもんだから俺はついつい逃げてしまう。


「な、なあ、その鎌ってどうにかできないの。ちょっと怖いんだけど」


そう問えば、死神はああ。これですか。とか言いながら鎌をぶんぶん振り回し、その鎌の先端が顔の横を掠める。


「なんか先輩達は普段鎌とか持ってなくても、いざというとき鎌を出したりできるみたいなんですけど、私どうも苦手で、一度消したら、数年は鎌を出せなかったんですよ!だから、怖いとは思いますが、すみません・・・。鎌はこのままで」


ポンコツだ。こいつはポンコツだ。

なんだろ。クーリングオフ制度があればぜひ活用したい。


「ち、ちなみにその鎌で俺が切られたら・・・?」

「ふっ。愚問ですね。ばっちりあの世行きですよ!!」

「ふざけんな!練習しろ、練習を!おま・・一週間以内にどうにかしてくれ!」

「なっ。ご無体な!出来るわけないじゃないですか!出来ていたら苦労しませんよ!出来ないから、こんな重たいもの毎日持ってるんですよ!」

「できないじゃなくて、するんだよ!こっちはお前がアホな事して切られたら一発で即お陀仏なんだからな!」


そこまで言って玄関に向かい、乱暴に靴を履くと、もれなく靴もずぶ濡れでべちゃっという音を聞きながら俺は玄関に蹲った。


「もう嫌だ・・・」


時間は8時を3分過ぎていて、朝食が無くなる予感がした。

近いのに遠くに聞こえる死神の批判を無視しながら、ずぶ濡れの靴を脱ぎ捨て、違う靴を履くが、濡れた靴下をそのままに履くから、やっぱり足は不快感のままだけど、仕方なくそのまま歩き出す。


濡れた靴下の不快感より、朝食抜きより、上司の説教が一番嫌だからだ。

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死ぬ僕と生かす死神 暁 千里 @akatuki0975

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