第3話 最悪な初めまして 3

相変わらず泣き続ける死神をほって風呂に入ることも出来ず、ぼうっと眺めながらコーヒーを飲んでいた俺は、おっさんのようなクシャミをして体を震わせた。

すると、目の前の死神はびくっと肩を震わせて俺を見て、青白い顔を更に青くさせる。


「ご、ごめんなさい!ずぶ濡れなのを忘れてました!は、早くお風呂に入ってきて下さい!ほら、この通り、死神なので物には触れないし、悪さしないので安心してお風呂に入って下さい!」


慌てながら目の前のテーブルと同じ位置に座り、テーブルから人が生えてるみたいな衝撃映像を見せてくれた死神に頭がくらっとした俺は、言葉に甘えて風呂に入る事にする。温かいお湯を浴びていると、先ほどまで委縮していた体が解れていき、気持ちが幾分か落ち着いてくる。そして先ほどの死神を思い出して、案外死なないんじゃね?ぐらいの気持ちになる。


正直、死ぬとか死なないとか実感はない。一か月後に死にますとか言われて、あぁ、死ぬんだなとは思えない。何かのドッキリなんだろうとかその程度。でも、死神だとしても、あんな小柄で背丈に合わない大きな鎌を持って泣いている彼女をほっとけなかった。蒼白な顔でも、嬉しそうに笑ってくれた姿を見ると、良かったと安心してしまう。

「いつからこんなに優しくなったんだろうか」

元々、そんなに優しい性格ではない。カツアゲされている人が居てもきっと俺は見て見ぬふりをしてしまう側の人間だろうし、友人に金を貸してくれと言われてもびた一文と貸したことはない。それなのに、人間でもないおかしな奴を受け入れるなんて。でもまぁ、良い。助けるとまで言ってくれたんだ。きっと彼女は凄腕なんだろう。見た目はちょっと小柄で頼りないけど、きっとあの見かけで死神をしているのだから大丈夫だろう。

そう考えれば、そこまで悲観する必要もないように思えた。


温かいお湯のせいなのか、多忙を極めた仕事のせいなのか、それとも元々頭のねじが一本ぐらい無くしてきたのか、楽観的な思考回路になった俺はシャワーを止めて風呂場から出る。浴室と、脱衣場で幾分下がる気温にぶるりと体を震わせる。

あぁ、今日は早く寝よう。

急いで服を着替えて部屋に向かうと、あの死神がまだ机から生えている衝撃映像のままで、頭がくらっとした。


「あ、お帰りなさい!早かったですね!」

「あぁ、うん。あの、机に突き刺さるのはいい加減やめてもらえないかな?流石に怖いから」

「あ!すみません!悪さはしてないですよ!っていうアピールで指一本動かさずに待っちゃいました!」


てへへと笑いながら机から離れた位置でずるずると後ろに下がった彼女が、凄腕に見えなくなってきたのは気のせいだろうか。もしかしてもしかすると、これは何の期待も出来ないぐらいのポンコツなんじゃないか?

「そんなんで俺を助けれるの?まぁ、経験豊富な死神様なら簡単なんだろうけど」

一度頭によぎった疑問と嫌味は口に出さないと気が済まないのか、俺も気が付かない内に言葉にしていて、その驚きを誤魔化すように鼻で笑った。

それでも死神は、嫌味さえ気にしてないのかへらへら笑いながら、爆弾を投下する。

「え?言ってなかったですっけ?私死神の仕事した事ないんですよ!なんで、裕也さんと同じ新米ですね!あ、でも邪魔はしたことあるので安心してくださいね!まぁ、成功した事はないんですけど」

良い笑顔というのはこういう笑顔を指すんだろうなと言いたくなるほど晴れやかな笑顔で喋る彼女を許されるなら叩きたかった。

人の命がかかっているのに、なんでそんなにお気楽なんだ。

「え、じゃあ俺も助からないんじゃ・・・」

「大丈夫です。今回は、絶対に大丈夫です」


言葉を遮ってまで、大声で発した彼女の声は今までより重たく、暗かった。

それは、俺がそれ以上話させないようにするほどの威圧感で口を閉じた。

「では、また明日の朝来ますので、ゆっくり寝てくださいね」

死神はそういうと俺の顔を見ることもなく消えていく。

先ほどまで、彼女が居た場所は彼女を拒絶するように痕跡は何一つ残されていなくて、俺はその場所に座り込むことしか出来なかった。

そうして初めて、俺は自分の未来を呪って泣いた。


生きなきゃいけないのに。

死ぬわけにはいかないのに。

俺の中の何かかそう叫ぶ。それはいつの間にか何重にも重なり、多くの声が脳を揺さぶる。

死ぬわけにはいかない。生きなきゃいけない。

守らないといけない。


俺は、なんで死ぬわけにいかないんだ?

その疑問を最後に意識が飛んだ。

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