第2話 最悪な初めまして 2

家に帰ると当たり前のようにコスプレ女は俺の小さな1Kの部屋に浮いていた。

さっきまで傘も差さずに外に居たくせに、床に水滴一つすら落ちてない事に、恐怖を思い出す。


今まで、23年間生きた中で、幽霊や化け物の類に出会った事なんかないし、正直信じてなかった。幻覚か妄想か嘘かそのあたりだろうと思っていた。

でも目の前にいるのは半透明なイカレタ格好をしている女で、その女は浮いていて、なんかやけにデカい鎌を持っていて、こちらをじっと覗いている。


「遅いですよ~!待ちくたびれましたよ!ささっ、服を着替えて!」


ニコニコと漫画とかであれば効果音が付きそうな笑顔で話す彼女は、呪い殺すなどはしない陽気な霊みたいだけど。さっきまで、恐怖の対象であった彼女が、今は何んとなくそんなに怖くない。それが笑顔のせいなのか感覚麻痺なのか。

寒いのは確かだと思いながら、水分を吸った鞄を玄関に投げて、適当にあった服に着替える。コスプレ女は風呂に入れだとか言っていたけど、見知らぬやつが居て風呂に入れるほど、肝はでかくない。むしろさっさと話して帰ってほしい。

ため息一つ零しながら、ポットの元に行き、マグカップにお湯を入れると安心する香りを吸む。ほうっと息を吐くと少しだけ気分が落ち着いてコスプレ女を見る。


「それで、コスプレ女は俺を殺すの?」


冷えた体を温めるために、ホットコーヒーを片手に戻ってきた俺を羨ましそうに見つめるコスプレ女の視線を無視しながら小さなテーブルの前に腰掛ける。

勿論だが、コスプレ女に注いでやる予定はない。


「え!?コスプレ女って私の事ですか!?滝野 望結という立派な名前があるんです!せめて、滝野さんっとか、望結さんとか、名前で呼んで下さいよぉ」

「え、めっちゃ日本の名前なんだ。ふうん、じゃあ死神で」

「ぐぬぬ・・・。ま、まあコスプレ女より何倍もいいので、良しとします!いずれは望結ちゃんとでも呼んで下さいね!」


ブンブン鎌を振り回したり、あたることはないけど、テーブルを叩くような仕草をする彼女は諦めたようにペタンと座った。このやりとりが、人間と死神がしているように感じなくて、まるで友達と話すような感覚だったから、少しだけ、そうほんの少しだけ、話にちゃんと耳を傾けようと思えた。

すると目の前の死神も話を聞いて貰えるような雰囲気だと感じたのか、こほんと咳払い一つして、真面目な顔でこちらをじっと見る。


「先程、気が動転していたようなのでもう一度説明しますが、私は死神です。浅木 裕也さん、あなたの寿命が残りわずかになりましたので、使命を全うするため私が参りました。あなたの死亡予定日は一か月後の7月7日。この日あなたは死にます。通常であれば、私達死神の姿は人間からは見えないはずなので、こうして事前にお伝えする事はないんですが、見られてしまった以上は仕方ありません」

「一か月後に死ぬ・・・?だって俺元気だし、特に病気だってない。そんな・・・」

「死ぬ理由は病死だけじゃないです。事故死、他殺、自殺。色んな理由が考えられます」


そこまで言われて俺は飲み込めなかった唾を一気に飲みこんだ。

そうだ、確かにさっき俺は殺されると思った。そうだ、人間は簡単に死ぬんだ。

ニュースで毎日のようにやっている他人事のような出来事が・・・。

考えてしまえば、幾らでも思いついてしまう恐怖に、忘れていた体の震えが戻ってくる。なんか気分は悪いし、吐いてしまいそうな気持悪さ。手で口を覆い下を向いた瞬間、死神の少し高めな声が大きく響いた。


「だから私はあなたを助けたいんです。こんなに若いのにまだ死ぬべきじゃない。予告されている7月7日の死亡を私が絶対阻止します。あなたの目の前に今日現れたのは偶然じゃありません。もしあなたがわたしを見ることができれば、あなた自身の協力を仰げると思ったからです。だからどうか、生きる事を諦めないでほしいんです。あなたが諦めなければ、後は私があなたを助けます」


死神の目はまっすぐに俺の目を見て、その顔は真剣そのものだった。

言った言葉が嘘なのかどうか俺にはわからないし、そもそも寿命が残り一か月なのかどうかも怪しい。それでも何故か彼女の言うことを信じてあげたくて、俺は頷いた。


「俺は、あんたが本当に死神かどうかは分からない。けど、死ぬのはごめんなんだ。やっと就職して、これからやりたい事もたくさんある。だからよろしく。助けてくれ」


そう言って彼女に握手を求めるように手を伸ばせば、彼女は嬉しそうに笑って、それから顔を手で隠して泣いた。嘘偽りのない姿。それでも彼女が流した涙の一粒も床には落ちてなくて、彼女が生きていないのだと再確認をさせられた。

彼女がどれほど死神として生きているのかは知らないけれど、何故俺を助けたいと言い、俺の返答にこんなにも涙を零すのか。

分からないことばかりだけど、聞いてはいけない何かがそこにあって俺は口を閉ざして、幼子のように泣く死神をただ見つめることしか出来なかった。

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