武蔵野の空気
灰色 洋鳥
思い出の道行き
当時とすっかりと趣を変えた武蔵小金井駅から商店街を南に下り、街道から脇道を降りていくと途中から石畳になる。もう長いことこの道は歩いていない。当時から石畳だったかももう覚えていない。
田舎から進学のため上京した僕が初めて通った道。車二台がすれ違うにもやっとの幅しかなく後ろから来た車に慌てて道を譲った。
坂を下りきるとアスファルト舗装に戻る。しばらく道なりに歩いていくも雰囲気はそのままなのに見覚えのある建物は見あたらなかった。何か無いかときょろきょろと周りを見回してしまう。まるで不審者だなと苦笑してしまった。
さらに歩いていくと道に迷ってしまった。四つ角の小さな雑貨屋が無くなっていて曲がるところを間違えてしまった。
少し戻って曲がり直す。しばらく歩いていると見慣れた道に出る。住宅街の中の畑の風景は変わっていなかった。だいぶ減った印象はあるが人家が切れると広がる畑の風景は東京に来て初めて知ったものだ。実家の周りの人家が切れると田んぼが広がる風景は見慣れていたが、畑が広がる風景には新鮮な感覚を覚えたものだ。
畑の脇を通る狭いが舗装された道に曲がり、だいぶくたびれた門扉の前を通り過ぎると栗畑に出た。栗畑はまだ残っていた。栗林の脇の人ひとりが通れる小道に入り込んだ。田舎でも栗林は身の回りにはなく、住宅地の中のそれは初めて見たときには感動をした。そして、
畑の中になぜか敷き詰められた緑の芝生に疑問を覚えながら通ったことを思い出した。何もかも懐かしい。
畑の中の小道からアスファルトの道に出た。その道を渡り角を曲がると……
その家はなかった。僕が三年間を過ごした下宿屋があった辺りには見知らぬ住宅が建っており、往時の装いはない。親元を離れ初めて暮した賄い付きの下宿。大学の教務課で紹介してもらった、大学からだいぶ離れた下宿。地方の小都市から東京に出てきて最初に生活した場所だった。
お世話になった小父さんや小母さんはだいぶ前に亡くなったと聞いていた。自分のことばかりにかまけていて、お葬式にも顔を出すこともなく、ずいぶんと不義理をしてしまったと悔やんでいる。
目を瞑れば思い出す。料理上手な小母さんが出してくれる夕食はおいしくて毎日が楽しみだった。食後は下宿の先輩共々テーブルを囲い、小父さんの昔話や、時々は雀卓を囲んだものだ。
なかでも中華民国華南で県知事をしたこともあるという小父さんが自慢交じりに話してくれる昔語りには引き込まれた。小父さんの学生時代の事、応援団長だった武勇伝とか、それは楽しかった。
そこで、戦中の有り様も聞いた。その年になるまで聞いたこともなかった話が幾つもあった。全く知らなかった自分は別の世界の出来事のように聞いていた。その内容を本当に理解できるようになったのはずいぶん後の事だった。むろん、今思えば過剰な演出もあったのだろう。だが、思い出してみても話の内容が全て嘘だったとは思えない。
戦後引き上げてきた後のことも聞いていたが、もう覚えていない。
目を開けてももうどこにもない。だが、思い出の中の三年間は確かにここにあったのだ。下宿で過ごした同じ大学の先輩や後輩との交流も僕の一部なのだ。
道を大きなスポーツバッグを抱えた制服の男女が通り過ぎる。高校生だろうか、後を追い駆ける友人らしき女の子が何か叫んでいる。前を行くふたりを呼び止めていた。
彼らを目で追っていた僕は来た道を戻ることにした。ここは僕が初めて武蔵野の空気に触れた場所。もう思い出の中にしかない。でも確かにその場所はあったのだ。
駅まで戻ったら、当時から気になっていたバーで武蔵野の空気を吸ったスコッチでも引っかけて帰ろう。
ロック? いや今の気分はストレートだ。
武蔵野の空気 灰色 洋鳥 @hirotori-haiiro
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