スクリプト爺ィ
@HasumiChouji
スクリプト爺ィ
会社でPC作業をしていたら、いきなり、電子申請書類の承認要請のポップアップが出て来た。
「おい、桐生さん、何これ?」
その電子申請書類は、社会のIT部門に業務関係の連絡を行なうメーリング・リストを作ってくれ、と依頼する為のモノだった。
問題は、メーリング・リストって言葉は知ってたが、未だにそんなモノが必要な理由が判らない事だった。
そこで、申請書類を作った部下が、たまたま、近くに居たので、聞いてみる事にしたのだ。
「あの……若手から、課内の緊急連絡はMaeveじゃなくてメーリング・リストにしてくれ、って要望が強かったので」
Maeveは……あの震災の少し後ぐらいから普及したスマホ用の通信アプリだ。丁度、スマホの普及期にサービスが開始された為に、ほんの数年で、個人的の連絡は、メールではなくて、このMaeveを使うのが一般的になった。
ウチの会社でも、今では、例えば、急病などで休むとか、問題が起きて誰かに急な休日出勤を要請する場合は、Maeveを使って連絡をやっている。
「待ってくれよ。……今時、みんなメールじゃなくて、Maeveしか使ってないでしょ……」
「いや……今の若いのは……Maeve使ってないのもチラホラ居るみたいで……会社の連絡に使うんで、わざわざMaeveのアカウントを作った、なんてのも、ここ3〜4年では、結構、居ますよ」
「え? てっきり、若い人って……」
「いや、Maeveが出たのって、何年前ですか?」
あ……言われてみれば、そうだ。Maeveが普及し始めた頃、俺はまだ大学生だったが、今や四十代で、会社では課長だ。
「あと、若い人たちだと『通信アプリやSNSのアカウントは、勤め先や知り合いにも簡単には明かさない』が普通になってるみたいで……」
仕事が終って、家に帰った後、試しに、桐生さんから聞いた、若い奴らがMaeveの代りに使っている、と云う通信アプリを自分のスマホに入れてみた……。
おいおい、俺、もう、この齢で、頭が古くなっちまったのか?
どう使えばいいか、さっぱり判らん。画面上のボタンに書かれてる言葉の意味は判るが、そのボタンが何の為のモノかは、見当も付かない、と云う奇怪な状態だった。
と、その時、妹からMaeveのメッセージが届いた。
何だ、どう云う事だ、こりゃ?
どうも、俺が中学か高校の頃、「スクリプトキディ」と云う言葉が有ったらしい。
「ネット上で拾ったプログラムを使って悪さをして、いっぱしのハッカーを気取ってる馬鹿なガキ」と云う意味らしい。
若い奴らの間では、よく使われていて、俺も名前ぐらいは聞いた事が有るが、イマイチ、何が面白くて便利なのか良く判んないSNSのサーバに攻撃をかけた70代の爺ィは、その「スクリプトキディ」と云う言葉をもじった「スクリプト爺ィ」と云う渾名をSNS上で賜わる事になった。
ただ、俺には、その渾名を笑えない理由が2つ有った。
1つは、純粋にギャグとしてセンスがいいとは思えなかった事。
もう1つは、その「スクリプト爺ィ」が俺の親父だった事だ。
「スクリプト爺ィ」なる単語がバズる前日の夜、実家の隣の市に住んでる妹から来たMaeveメッセージは、俺の親父がサイバー犯罪の容疑で逮捕された、と云うモノだった。
「だから、俺は○○○が×××するかも知れないと思って、やったんだよ。△△△を防ぐには、こうするしか無かったんだ」
留置所に面会に言ったはいいが、親父が何を言ってるのか半分も理解出来なかった。
「○○○」とか「×××」とか「△△△」がネットスラングらしい事までは推測出来たが……何を指しているのか見当も付かない。
「あの……弁護人は私のままにしますか? それとも、費用はかかりますが、専門の同業者に依頼されますか?」
親父と面会した後、妹夫婦の家で国選弁護士と、ウチの親父について話し合う事になった。
「専門って、何の専門ですか?」
「ネットから影響を受けて犯罪をやらかしてしまった御老人の刑事訴訟の弁護が得意な同業に心当りが有りまして……」
「は……はぁ……」
「正直言いまして……私では……お父様が何を言われているのか、さっぱり判らないのですよ……。お父様が敵視している『○○○』は……十年ぐらい前のネットスラングで云う『ネトウヨ』『パヨク』に近い意味らしいのは判るのですが……」
「いや、ネトウヨとパヨクだったら意味が逆じゃないですか?」
「ですので、罵倒用語なのは判るのですが、政治的に右の人と左の人の、どっちに対する罵倒なのか、よく判らないんですよ」
「一体全体、親父が言ってるあの言葉は、何なんですか?」
「『初音』で使われてるネットスラングらしくて……」
弁護士から出たのは、予想もしなかったモノだった。
俺が中学か高校の頃に流行ったが、その後、外国のSNSに押されて廃れてしまった国産SNSだ。
「えっ……。あれって、まだ、存在してたんですか?」
「ええ……今でも七〇以上の御老人で使われている方が結構……。ただ、既に、あそこでしか使われていないネットスラングなんかが多数有るので、何を言ってるのか、私達の世代には、さっぱり判らないんですが……」
20世紀、TVがようやく普及し始めた頃に「
同じニュースを報じている筈なのに、新聞・TV・ラジオでは伝えるメッセージそのものが、どうしても別物になってしまう、と云う意味らしい。
元から世代間の意見の断絶が有る上に、親父の世代と若い世代では主に使っているSNSや情報を仕入れているWEBサイトが違う。
俺達が気付いていなかっただけで、既に、齢が二〇違えば、政治や社会問題に関して話が全然合わない……そんな時代になっていたらしい。親父の世代と、俺の世代と……今の十代・二〇代では、右だの左だのと云う問題では無く、右左を決める「軸」そのものが世代によって全然違ってしまっている……それが今の世の中のようだ。
その結果、親父は、今の若い奴らが使っているSNSサービスそのものが、ユーザである若い奴らを洗脳している、と云う妄想を抱いてしまった……。それが、この事件の「真相」だったようだ。
しかし、裁判が一段落した後、親父や弁護士から何をどう説明されても……既に、俺も、親父が「何が正しい」「何が間違っている」と思っているのかさえも理解不能になっていた。
スクリプト爺ィ @HasumiChouji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます