第6話 さて、どうなりましたやら

 焚火開始は午後の早い時間でしたが、前夜の焚火で落ち葉をだいぶ燃やしてしまったので灰を大量に作るには足りません。前夜の灰も片付けられてました。本当は灰の中に埋め込んでじっくり焼いたほうが失敗なく美味しく仕上がるのですが⋯⋯芋は昨晩同様、丸焦げ覚悟で火の中へ放り込みました。


 もう火はついているものの、火打石でもみなさまに火熾し体験をしていただかねばなりません。なにせ『とんど』本番まであと1ヶ月くらいしかありません。

 やるからには是非とも成功させていただきたい。けれど私がお教えできるのはこの日と、予備日として予定をとっておいた翌日午前しかありません。

 本職の都合で、明日の午後にはここを発たねば。


「それでは私が火打石で火を熾してみますね」


 昨日作った蒲の炭を少量つまみ、石の上へ。火持ちをよくするために別の石で蒲炭をつぶし、それを改めて左手で持った火打石の上に載せます。


「この蒲の炭『火口ほくち』は、火打石の尖った部分より1~2mm内側に置いて親指で軽く押さえておいて、その近くに火打鎌ひうちがまを⋯⋯」


 カキーン!


 手前に飛ぶ火花。そのひとつがうまい具合に火口に乗ってくれました。一発で赤熱。うおっしゃあー! 心の中でガッツポーズ。


「で、さっきの火花がうまく乗ってくれたので、ここに火種ができました!」


 わらわらと寄ってくるみなさま。「おおー!」という低い歓声が上がります。

 

「こいつを先ほどのマイギリの火種同様、ほぐした麻紐の繊維で包んで空気を送り込んでやると炎になります。じゃ、みなさま挑戦してみましょう。その間に私が麻紐ほぐしておきますね」


 先ほど火花を飛ばすのに成功していた方々が石と火打鎌を受け取りました。


「あ、さっき説明忘れましたが、最初に蒲の炭はつぶしてあげてください。そのままだと火はつきやすいけれどすぐ燃え尽きてしまうのでね。密集させれば火持ちがよくなります」


 みなさまガンガン挑戦しています。私は焚火に枯葉や枯れ枝を放り込みながら、麻紐ほぐし。

 火花が散っても、蒲の炭に火花が乗るかは運次第。みなさま苦戦しているとみえて、間に合わないかと思っていた麻の繊維も一人分くらいはなんとか作れました。


「できた!」


 の声に、すぐさま私は麻繊維を持参。


「それではこいつで包んでください。で、思いっきり息を」

 フーッ!

 フーーッ!

 フーーーーーーッ!


 ボッ!


「やった!」

「おめでとうございます! 火傷しないうちにかまどに放り込んじゃいましょうか」


――なんだろうこの達成感。自分のことじゃないのに――

 まあでも、こうして成功させた人が出たから本番もなんとかなるでしょう。これで一安心。


「大事なのは火口を湿らせないことと、麻紐も乾燥させておくこと。今やった石の上に火口を載せる方法がもし不安でしたら、100均で蓋付きの缶を買ってきて、そこに火口を入れてください。その缶を下に置いて、さっきやったのとは逆に左手に鎌を持って右手の石を振り下ろす方法で下に火花を飛ばせば、もっと確実に火花が火口に乗りますのでね。出来た火種を消したければ蓋をして放置すりゃいいので、練習にもいいですよ」


 今言えるのはこのくらいか。


「あとは市販の火口も置いていきますので。これは湿気ていなければ火つきも火持ちもいいです。それでも不安なら――」


 ポケットからおもむろにあるものを取り出す私。


「こいつを使ってください。こいつはメタルマッチというやつで、ライターの火花を散らす石と同じフェロセリウムという黒っぽい金属の棒に、マグネシウムの塊がくっついているタイプです。遠目に見れば火打鎌っぽいでしょ」


 こいつは新品のメタルマッチ。ささやかですが私から神社へのプレゼントです。


「メタルマッチはこんな風に使います。これはマグネシウムのついていないタイプですが、もったいないから自前のやつで火花お見せしますね」


 フェロセリウム棒の黒い酸化層をストライカーで削り落とし、思いっきり擦り下ろします。


 ジュボッ!

 すごい勢いで散る火花。湧き上がる喝采。


「これ、尖った石でも大丈夫です」


 本番用の瑪瑙めのうの火打石で擦ってみせると、同じように火花が散りました。沸き起こる歓声。


「マグネシウムを先に火口の上に少量削り落としておくと、炎が簡単に作れますよ。ただし注意点。こいつの熱量は火打鎌の比じゃないので、マグネシウム削った削らないに関わらず、必ず石を振り下ろす側にしてくださいね。火傷しますよ」


 そう言いながら、先ほど中途半端にほぐした余りの麻紐を地面に置き、そこを目がけてメタルマッチの火花を散らします。一発で燃え上がる炎。

 とりあえず、今伝えるべきことは伝えられたかな。


 そうそう、ジャガイモもサツマイモもやはり表面は炭になりましたが、中身はみんなで美味しくいただきましたよ。




 さて、年明けの『とんど』がどうなったか。気になりますよね。

 「火打石の使い方、ご存知です?」という質問をくれた彼女に確認したところ、その年は無事成功したそうです。ただし衣に引火したけれど⋯⋯⋯⋯。


 その翌年の『とんど』から数年はうまくいかず。氏子さん達に見えないよう裏で火をつけたロウソクを持ってきて点火となったそうです。火種は当然チャッ○マン。



 そして数年後――。



 例年年末に伺っていたお稽古が仕事の都合で年明けにずれ込み、「それならぜひ『とんど』の時期に!」とお誘いを受けました。失敗続きという結果も伺っていたので火熾し指導もあるかなと思い尋ねてみましたら⋯⋯。


「せんせー、ぜひ火熾し神事に参加してくださいー」


――あ、火熾し要員ね――


 神事自体にも興味ありましたし、参加を承諾。袴と白衣は着けなければいけないということでしたが、両方とも神社のものをお借りできる算段がついて自前のものを持参せずに済みました。助かった~。

 出張先から帰ったらすぐに本職で使う予定だったので、自前の袴に穴開けちゃうとまずい状況だったのですよ⋯⋯。


 いつものようにお稽古をやり、休憩時間に自分の練習も兼ねて火熾し指導とマイギリ用の火切り板(第三話参照)を作ります。こいつら消耗品ですのでね。

 でも制作用の工具までは持ってこなかったので、お宮で拝借。使い慣れた道具ではないので結構疲れました。やはり工具は自前に限る⋯⋯。


 それから焼き芋がてら火口づくり。このお宮ではどうやらこのセットが定着したようです。


 今回の火口は家から持参した自家製の綿を使って作りました。蒲の穂より火持ちが良くて、扱いやすいことに気づいたもので。

 蒲の穂は年によって出来不出来がありまして、河川敷に行っても必ず収穫できるとは限りません。収穫時期の前に刈り取られて燃やされていることも結構ありますしね。けれど綿は自宅で栽培できるので、ある程度安心。


 さて本番。神事の中で楽を奏する場面では私も笛を吹きます。なので最初の出番は笛。身を清め、お供えし、祝詞を上げ、いよいよ火熾しの儀。笛から火打石に持ち替えます。


 茣蓙ござ敷きの床の上に座り、私の両隣で神職さんと氏子さんがそれぞれ火打石・マイギリで火熾しに挑みはじめています。私も茣蓙の定位置に座り、火打石に手を伸ばします。

 お隣の火打石は缶の中に火花を散らす確実タイプのやり方で、火打鎌はメタルマッチ。しかし慣れていないようで、火花は思ったほど飛んでいない様子。


 それじゃ私もやりましょうか。何故か沸き起こる競争心。

 

――不慣れなメタルマッチになんぞ負けないもんね――


 私は伝統的な鋼の火打鎌を使用。石の上に火口を少量載せるスタイルで。


 かちっ、かちっ、かちっ

 ジリ⋯⋯。


――おっ、ついた――


 神事の前にほぐして準備した麻繊維を掴み、少し平たく整形してから火種のできた火口をこぶし大のボール状に包みます。そして軽く一息吹きかけます。

 濛々もうもうと上がる煙。どよめく神殿。


――吹いていたら酸欠になるから少し振ろうか――


 火口を包んだ麻繊維のボールを掴んだままの腕を後ろ回しにぶんぶん回すと、自分で吹く必要がないので楽です。前回しにしたら大火傷しますのでご注意を。

 が、しかし⋯⋯。


――んー、ちょいと周りの人が近すぎるな。ぶん回したら危険だ――


 煙が出たことで、みなさま興味津々で身を乗り出して見ています。ちょっと近い……。

 敢え無く断念。覚悟を決めて吹き続けます。

 煙の量が増えると、非常に目に滲みます。痛いけど我慢。


 酸欠になりそうな勢いで何度か吹くと、ボッという音を立て、いきなり煙が消えて見事な炎が立ちました。

 火のついた麻繊維はさっさと大きな皿の上に投げます。火傷はしたくないし。そこに巫女さんがロウソクを持って現れます。その火を無事にロウソクに移し、そのまま少し待機⋯⋯のはずが、神殿の入り口で待つ松明組のもとへ。


――ん? 段取りだともうちょい後だったよね? このあと玉串奉奠たまぐしほうてんがあって、その次が点火の儀だった気が――


 松明に火が移ると、さっそく『とんど』に火をつけに行く松明組。神殿の中で神事に参加していた氏子さん達も当然ゾロゾロとそのあとに続き⋯⋯神殿の中に残ったのは神職さん達と戻ってきた巫女さん、それから火熾し組の我々とカメラマンさん、そして氏子総代さんのみ⋯⋯。


――えっと⋯⋯神事終わってない⋯⋯よね?――


「うん、まあこれは仕方ないね⋯⋯」


 誰かの声が響きます。うん、これは仕方ないよ⋯⋯。

 神事続行不能。玉串は神職さんが奉奠し、奏楽なしで撤饌てっせんして終了です。


 隣でマイギリを担当していた氏子さんとカメラマンさんが


「さすがでございます」

「お見逸れいたしました」


 と言いながら、こちらに深々とお辞儀をされています。


「いえいえ、とんでもない。恐縮でございます」

 茣蓙ござに座っているこちらも、三つ指で返礼。

 どんな光景じゃ⋯⋯。



 外ではとんど焼きが始まって賑やかです。私はお借りした白衣袴のまま片付けを済ませ、そのまま神殿側のお手伝い。神職ではないので手伝えることは限られますが、神社っていろんなお仕事をされているのだなぁと改めて思いました。水引と紙を使った巫女さんのかもじ飾り作り、楽しかったな。

 それよりも、私の住む地域では廃れてしまったこの行事が、ここではこんなにたくさんの人が集まって盛大に賑やかに、活き活きと残っている⋯⋯その事実がたまらなく嬉しくて。参加させていただいたことに深く感謝しました。


 初参加の翌年には、氏子さん達の作った『とんど』の役割分担表「火おこし係」に何故か私の名が自動ノミネートされていて、たまたまその資料を見てしまった私が焦るという事態も。その年もちょうどこの時期にお稽古をずらして来ていたので、その場で急遽きゅうきょ参加することにして結果オーライ。自前火熾し道具、念のため持参しておいて良かった。

 今のところこの火熾しスキルを活かせる機会も『とんど』くらいなものですし、また機会があれば参加させていただきたいですね。




 さて、こうして私の『とんど』初体験は終了。火熾しも一段落しました。

 あれから数年。石拾いや蒲の生育具合の確認、綿や蒲・茅なども含めた火口材料の確保などはすっかり癖になり、今でもついついやってしまいます。

 そういえば、2019年には100円ショップのセ〇アさんでメタルマッチが、2020年には火吹き棒まで売られるようになりましたね。これには驚きました。火に育てるのも、火吹き棒があると楽なんだよな~。



 さてさて、火を熾すお話は一旦ここまでとしましょうか。

 長々と拙文におつきあいくださり、ありがとうございました。

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【実験シリーズ】火を熾《おこ》す 鬼無里 涼 @ryo_kinasa

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