第5話 それじゃ挑戦していきましょう
とある都市の12月初旬の土曜日。その日は風のない夜でした。
時刻は20時をまわったところ。とある神社の境内で、落ち葉焚きが始まりました。
かまどに投入される大量の落ち葉。大都市とはいえ、神社の境内に降り積もる落ち葉の量は並ではありません。集まった枯葉は大きなポリバケツ2杯分と90リットルゴミ袋いっぱいが2つ。
「それじゃ、火つけましょうか」
乾いた枯葉をかまどに半分くらい入れ、そこに丸めたティッシュを投入。私がそこにメタルマッチで火花を散らすと、一発で火がつきました。その火はすぐに枯葉に燃え移ります。
「さてと、本当は灰と熾火を作って放り込むのが焼き芋のセオリーですが、枯れ枝はほとんどなさそうですねぇ⋯⋯かなりの冒険ですが、さっさと芋も投入しちゃいましょう!
かまどの火が安定したら、集まったみなさまの手によってサッサとアルミホイルに包まれた芋たちが投入されます。もちろんほぐした蒲の穂綿も。
そして私は火を絶やさぬよう、枯葉をじゃんじゃん投入していきます。
本当は灰の中に芋を埋めて、1時間以上かけてじっくりと加熱してあげるのが『落ち葉焚きでサツマイモの焼き芋を美味しく作るコツ』なのですが、遠方の生徒さんも残っていらっしゃるのでそうも言っていられない状況でした。そこまで待ったら日付を
しかし、ここにいる誰もが気づいていなかったことがあります。ここには誰ひとり、落ち葉焚きでジャガイモを焼いた経験のある者がいないという事実⋯⋯そして誰も、投入した時間を見ていなかったという重大な凡ミス⋯⋯
「せんせー、そろそろお芋焼けましたかねぇ?」
「んー、まだ投入から体感15分ってところですし、サツマイモはまだまだ無理だと思います。ジャガイモは未知の領域なのでなんとも」
「えー! せんせーならご経験あるんじゃないかと思ってました!」
――火打石の件もそうだけど⋯⋯私はどんな人物に見えているんだろう――
気になりますが、そこはとりあえずスルー。それよりも芋の状態のほうが気になるぞ!
「あはは⋯⋯炭になっちゃうとかわいそうですし、小さめのお芋さん、取り出してみましょうか。火ばさみお借りしますね」
小さめの芋を探すべく、枯葉を投入しつつ火の中を探ります。しかし⋯⋯。
――しまった! 芋と蒲の区別がつかない――
大きめの芋はいいのですが、小さめのジャガイモさんは握りこぶしより少し小さめ。ほぼ蒲のホイル包みと同じくらいの大きさです。
――掴んで弾力確かめれば、なんとかわかるか――
見た目はほぼ一緒のかたまりを、試しにいくつか掴んでみます。良かった、やはり硬さが違う。
硬めのかたまりをひとつ取り出し、自前の軍手を
しかし、まだ火は通りきっていないように見えます。自分で持参した竹串を刺してみると、やはり芯が残っているような感触。
ん? なぜ私が軍手と竹串を持っていたか? それは内緒です。
「小さいのもまだみたいですね。包みなおしてもう一度放り込みますね」
火傷に注意しつつ、包みなおして火ばさみで芋を再投入。
「蒲のほうはどのくらいかかるんですか?」
「こっちは完全に炭にしちゃっていいので、そうだなぁ⋯⋯結構ぎっちり詰めて包んでくださったようですし、最低線30~40分くらいかかるのではないかと」
そうこうしているうちに、再投入から5分弱。火力が強いので、そろそろ芋が気になってきました。
火ばさみで先ほどのジャガイモさんを探り出し、ホイルオープン。
――ああ、表面の一部を炭にしてしまった! もう充分ね――
「ジャガイモ、小さいのはOKです~。これなら中くらいのまではもう大丈夫かも」
大丈夫そうな大きさのジャガイモを探して、どんどん火から取り出します。
「割ってみて火が通りきっていなかったら、申し訳ないけどお宮のレンジ借りてください~。これ以上焼くとたぶん炭になる⋯⋯」
――やはり直火は火力が強すぎる。サツマイモもきっと表面炭にしちゃうな――
一番小さなサツマイモの包みを探り出し、ホイルオープン。やはり
竹串を刺してみると、まだ中はいまいち火が通りきっていない様子。
仕方なく、再度包んで火の下にたまってきた灰に埋め込みます。
ほかのサツマイモ包みもできるだけ灰に埋め込み、ジャガイモ達は表層へ。
そんなとき、急に鳴り出す携帯電話。
「すみません、申し訳ないけどどなたかちょっと火の番代わってください。灰の上のジャガイモはたぶんもう大丈夫なので、ジャガイモ全部取り出しておいてもらえると助かります」
「わかりました~」
知らない番号。その場を少し離れて電話に出ると⋯⋯間違い電話でした⋯⋯。
さて、かまどに戻ると、みなさまワイワイとホイルのまわりに集まってます。どうやら火ばさみでホイルを開こうとしている様子。
「あ! これ蒲だった⋯⋯」
しまった、蒲も灰の上だった⋯⋯
でも、思ったより火の通りは良いようで、三分の二くらいは炭になっているようでした。蒲は包みなおして火の中へ再投入。
「お待たせしました。ジャガイモのホイル
「わーい!」
既に小さめのジャガイモを頬張っている方々の歓声が聞こえています。炭になった表面を除けばちゃんと美味しく焼けているようです。
大きいほうも、竹串を通すとなんとか大丈夫そう。みなさまに先に食べていただいて、私は最後の一個を頂戴しました。
「これ絶対マヨ必要でしょ! マヨ持ってきますー」
と社務所に駆け込む人あり、黙々と食べる人あり、「美味しい!」を連呼する人あり⋯⋯。
私からは塩を提供。信州の大鹿村、
何はともあれ、楽しんでいただけているようで。良かった。
と油断している場合ではありません。いかに何でもそろそろサツマイモも掘り出さねば。
今回買ってきたサツマイモは全体的に小ぶりのもの。表面は既に炭化しているでしょう。確保したジャガイモは置いておいて、先にサツマイモを救い出さねば。
火ばさみでサツマイモを拾い上げ、岩の上へ。層が薄かったのか、はたまた私が押し込むときに開けてしまったか⋯⋯ホイルに穴の開いていたサツマイモがひとつ、半分熾火になってました。残念。
残りのサツマイモはちょうど人数分。ただし安納芋と鳴門金時がごちゃ混ぜになっています。早い者勝ちで奪い合っていただくことに。
私の手元には、鳴門金時がやってきました。外側だいぶ炭化させちゃったな⋯⋯。
まぁそんなこんなで、焼き
消し炭は冷まして、ジッパーつき保存袋へ。湿ったら使い物にならなくなる⋯⋯。
お芋、どちらも美味しかったです。ちなみに私は味つけ塩派。マヨラーって結構いるもんだな~がこのときの感想でした。
さて翌日。午前中にお稽古がすべて終わり、午後からは火熾し講義本番です。
実際に『とんど』で火を熾す予定の方々も含め、4人ほど社務所に集まりました。
「それではまず、火打石からいきましょうか」
「こいつが『火打石』によく使われる瑪瑙です。で、こっちが『
左手で持った瑪瑙に火打鎌を素早く振り下ろし、火花を散らします。どよめく会場。
「今は鎌のほうを振り下ろしましたが、逆も可能です。鎌を振り下ろすと手前に、逆だと下に火花が散ります」
今度は左手に火打鎌を持ち、右手の瑪瑙で勢いよく削ります。良かった、火花たくさん出た。
「でもご覧いただいた通り、これだけでは火はつきません。それではどうやってつけるかといいますと⋯⋯」
昨晩作った蒲の消し炭登場。
「こういった細い繊維を炭にした『火口』と呼ぶものに、さっきの火花を散らして火種を作るのが最初の段階です。火種ができたら今度はこれ」
麻の紐を150mmくらいに切ったものを数本取り出します。
「この麻紐をほぐした繊維のような乾燥した細い繊維で包んで、息を思いっきり吹いてあげると炎に育つんですね。そこは後ほどお見せします」
みなさまご納得いただけたよう。
「それではまず、みなさま交代で火花を散らしてみましょうか。瑪瑙は割れやすいので、うちの近所で拾ったチャートで挑戦してみましょう。大丈夫、こいつらも結構火花の散りがいいです」
念のため自分で拾ってきた石全てで火花を散らしてみせます。瑪瑙と同様、いやほんのちょっと少なめでしたが、充分点火できるだけの火花が派手に散りました。
みなさま安心して挑戦開始。最初は火花を出せないけれど⋯⋯。
「石と鎌は鋭角に、できるだけ石の尖った部分を狙って当ててくださいね~。尖った石で鋼を薄く削るのが目的。直角に当てても火花は散らないです」
「鎌を力まかせに振り下ろすと石を割るだけです。力は要らないので、素早く石の角に鋼の板の角をこする感じで」
こういったワンポイントアドバイスで、だいたいの方は火花を散らせるようになりました。
「それでは、次は先に摩擦式のほうの説明やっちゃいますね。今度使うのはこれです」
市販マイギリ登場。
「こいつはマイギリといいます。棒に穴を開けて紐と横木、それから円盤状の重りをつけています。この横木と本体の棒をつないでいる紐をこんな感じで本体に巻き付けまして⋯⋯」
中心の棒をくるくると回して紐を巻き付けます。
「この切れ込みの入った板の
横木を下に押し下げると、巻かれた紐がほどけていってまた逆に巻かれて横木が上がって⋯⋯を繰り返します。
まだ屋内。火種を作るとまずいので、少し煙が出たところでストップしました。
「こんな感じで横木を上下させると、摩擦でできた木のカスに摩擦熱で火種ができる仕組みですね。できた火種は切れ込みのところに
ということで、会場を外のかまど付近に移動。マイギリに実際に挑戦していただきます。
構造は簡単なのですが、垂直の感覚を掴むのと着火直前の摩擦抵抗上昇による急ブレーキにみなさま苦戦してなかなか火種ができません。こりゃここのお宮では、火打石の打撃法のほうが確実かもしれませんね⋯⋯。
みなさまがマイギリに挑戦している間に、麻紐を数本ほぐして両手いっぱいの麻繊維を用意しました。
「火種できたー!」
タイミングよく上がる声。
「お、それじゃそれを火に育てましょう! 火種もらいますね」
できた火種を受け皿の葉っぱから麻の繊維の上へ。載せた火種を中心にして包み、こぶし大くらいのボール状にします。
そこに思いっきり息を吹きかけます。とたんに立ち上る、大量の白い煙。
「おおーっ!」
どよめく一同。こちらは酸欠になりそうな勢いで、何度も何度も息を吹きかけます。
煙が目に滲みます。うっかり風下に立ってしまった⋯⋯目が痛いぞ~。
――笛吹きの肺活量舐めるなよ。意地でも炎に育ててやる!――
とある瞬間、いきなり煙が消えて炎が立ちます。あがる歓声。
気づくと、かまどの中には枯葉が半分くらい入っています。
――昨日の残りを燃やそうって魂胆だな――
生まれた炎をかまどに放り込む私。炎は無事に焚火に育ちました。
湧き上がる拍手。
「それじゃあ昨日の残りの芋も焼きましょうか!」
社務所から現れた、アルミホイルで包まれたお芋さん達⋯⋯。
――やられた! 狙いはそこだったかッ!――
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