第4話 何を教えに行ってるんだっけ?

 前回の出張から猶予は1ヶ月半。次回出張での火熾ひおこし講義を控え、いろんなことを実験して、様々なものを準備していきます。

 しかしこの時期はたまたま国内3週間出張やら海外出張やら本職の仕事がいろいろ立て込んでいまして、暇をみつけては材料を仕入れて加工する、なかなかのハードスケジュールでした。貴重な休みの日に限って雨続きで火口ほくちの材料を収穫しに行けなかったり⋯⋯


 自作のマイギリに使う火切り板を作るため、杉板を購入。さっさとV字型の切れ込みを入れ、その頂点に浅いくぼみを作っていきます。

 出来上がった火切り板は早速テスト。まだ若い板ですが、市販セットについていた火切り板より格段に早く火を熾せました。よっしゃあ!



 海外出張を挟んで、帰国後すぐの晴天に土手でがますすきあしの穂を採ってきました。

 ついでに立ち枯れたセイタカアワダチソウの茎も数本。これは火切り棒に使えます。150mm前後の適当な長さにカットして、その片方を削って8㎜角に刺さるように加工しました。


 いよいよ火口を自作です。

 蒲はほぐしたものとフランクフルト状のものを両方、薄・葦はほぐさずそのまま。それぞれ別にアルミホイルできっちり包みました。そいつを火の中に放り込み、暫し放置。

 火が落ち着いた頃に取り出してみると、全部いい感じの消し炭になっていました。

 試しにほぐした蒲の炭に火打ち石で火種を落とすとすぐに着火。ただし火持ちが悪く、すぐ消えてしまいます。

 蒲炭をちょっぴり板で押しつぶしてもう一度⋯⋯お、これだけで火持ちが良くなった!


 市販の火口は硝石しょうせきという火薬にも使われるものを原料に混ぜてあるので、生の蒲の種が見え隠れしています。しかも蒲だけでなくいろんな材料を混ぜてあって、塊をまとめて作りやすいです。

 しかしほぐし蒲炭100%は全然まとまってくれません。元々ものすごく圧縮されているから、開放されたらすごい力で離れようとするのでしょうね。子孫を残すため、できるだけ種はバラバラに飛ばしたい。そんな意思を感じます。

 ほぐし蒲炭100%なら、蓋つきの缶をひとつ用意してギュッと詰め込み、そこに火種を落とすほうが使い勝手が良さそうですねぇ。フランクフルト状そのままならたぶん大丈夫だけれど⋯⋯


 ブレンドも作りたかったのですが、火熾し講義の日が迫っていたので他のものを混ぜて実験する暇はありません。ひとまずほぐし蒲炭100%缶だけ作って持参するとしますか。

 ついでに原材料の生蒲もいくつか持っていこう!




 そんなこんなで時は過ぎ、出発の日に。


 火打石、持った!

 近所で拾った石、持った!

 火打鎌、持った!

 市販火口、入れた!

 市販マイギリ一式、OK!

 自作マイギリ一式、入れた!

 蒲、持った!

 おーし、行くぞー!



 家を出てバスに乗った直後、思い出しました。



――うわーっ、自作火口と火きり棒の先端、忘れてますやん⋯⋯海外出張土産も――



 時間的に戻るのも難しいので、そのまま出張先に。生の蒲があるので、作る気になれば現地で作り方の伝授がてら作ることもできるし。


――必要なら後日送ればいいさ。土産は駅で仕入れよう――



 現地到着は金曜日の午後。この日は仕事の予定がぎゅうぎゅうで余裕が全然ないので、火熾し講義は翌日に。

 ですが、金曜日にしかお会いできない生徒さん達の中にも興味を持たれる方がいるかもしれないので、楽器のお稽古中の話題に。90分の個人レッスンですから、雑談も入れないとお互い疲れちゃいますしね。


「火打石、使ったことあります? 時代劇でよくカチカチしただけで燈心とうしんに火をつけてますけど、あれ不可能です」

 こんな話からスタートの雑談。案の定、火熾し話は皆様の食いつきが半端なく良かったです。


 勘のいい方はお気づきでしょう。実はこれ、経験者探しも兼ねてます。

 なにせスケジュールの関係で、年明けの『とんど』に私は参加できないのですよ。

 経験者がいれば少しは安心できるのですが⋯⋯結局みつからなかったな~。


――火花を散らすだけなら絶対に火はつかない――


 自信の持てる状況下にあったので、火打石と火打鎌で火花散らし体験だけしてもらったりして。苦戦する方もいれば、ちょっとの練習で火花を散らせるようになった方も。

 年明けの『とんど』にスカウトしたけれど、ご用事で来られないとか。残念。


 持参した蒲の穂は、わかった生徒さんがお一人だけ。この日が「はじめまして」の生徒さんだったのですが、案の定、自然派な方でした。蒲の花粉『蒲黄ほおう』の話で盛り上がったりして。

 今後のお稽古でアウトドア関連の雑談が盛り上がり過ぎないよう、気をつけなければ⋯⋯



 こうして到着後すぐの13時台に始まったお稽古が、22時少し前に終了。


***


 さて、翌日のお稽古。たまたま皆様のご都合がつかず午後からとなったので、午前中は列車でとある酒どころまで足を延ばして、水汲みと酒粕の仕入れをしてきました。


 酒蔵の建ち並ぶその地域では、それぞれの酒蔵さんが仕込み水を汲める井戸を開放してくれているのです。これが美味いのよ。そこの水を15リットルくらい汲んで帰るのが私の毎度の楽しみでして。

 たまたま前日がよく行く酒蔵さんの酒粕の初出荷だったらしく、駅前の酒屋さんにお願いして一足先に自宅に送りました。蔵で買いたかったのですが、酒粕は本社事務所が開いている平日しか受け付けていないそうで。この日は土曜日。残念。


 ここの酒粕は文句なしに美味しいのですが、4kg入りの箱単位でしか売ってくれないのですよ。アルコール分も結構たっぷり残っている酒粕ですので、箱の中から辺り一面にお酒のと~ってもよい香りが⋯⋯

 我が家の母はこの匂いだけで酔っ払います。誇張じゃないですよー。

 そんな訳で、その酒粕を列車で持ち帰るのはなかなかに勇気がいります。宅配便が一番安全。


 ちなみに私はそう簡単に酔っ払えないくらい酒には強いのですが、酒好きではありません。そのくせ酒粕は好きで、この酒どころにも行ける範囲にいると出かけちゃう(と言っても私は行動範囲広いので、だいたいの人に「よく行きましたね」と言われる……)ので、酒好きと勘違いされます。我が家はみな酒を飲まないので、お土産にお酒をもらうと持て余してしまう⋯⋯って、その話はいいや。


 列車の時間の関係で、お気に入り蔵の井戸の水汲みは今回控えめの8リットルくらい。2桁汲まなかったのは久しぶり。

 その代わり、出来たてホヤホヤの日本酒を1本、神社へのお土産に購入しました。甘いにごり酒が好みの神社関係者のために、桃色にごりをね。

 残念ながら酒粕を購入したところとは別の酒蔵さんでしたが、試飲させてもらったところ酒好きでない私でも美味しいと思えたので。



 いかん。すっかり大脱線⋯⋯戻りましょう!



 用事が済んだらそこからそのまま神社に向かい、お稽古に突入。笛のお稽古のはずが、なぜか別の楽器のお稽古になるという謎な展開でした。無事にお稽古が一枠終わり、休憩時間。1時間半ほどの空き時間です。


――さぁ、休憩時間は火熾しぢゃあー! って火熾しに笛以外に⋯⋯何を教えに来てるんだっけ? まぁいいや。そこは気にしちゃいかん――


 社務所に道具一と土産の酒を持っていくと、神社の方々も休憩中。よっしゃタイミングOK!


 まずは道具一式の説明から。火打石と火打鎌はまぁわかるとして、火打石セットに入っている黒いモサモサしたものは何? という疑問からお答えしていきます。


「これは火口といって、こいつに火打石と火打鎌で散らした火花の火を落とすと火種ができるんですよ」


 そう言いながらおもむろに袋をあさり⋯⋯


「原料がこいつです!」

 がまの穂登場!


 一同 ――???――


 皆様、蒲という植物自体を見たことがないようで。これが何物なのかわからず、フランクフルト状態だとすぐ隣にある綿毛状の黒いものが連想できない様子でした。

 そこで今度は蒲の穂の説明を開始です。


「こいつは蒲という植物の穂で、綿毛のぎっちり詰まったものなんですよ。危ないので透明ビニール袋の中でやりますが、ほぐすとこんな感じで爆発的に容量が⋯⋯」


 完熟の穂。圧力から解放された種と綿毛が、生き物のようにうねりながらモコモコとふくらんで雌花めばなの軸から離れていきます。


「あーっ! 因幡の白うさぎのあれですね! 本当にうさぎの毛みたい! ほぐすのやってもいいですか?」


 さすが神社の方々の反応ですね。神話がスッと自然に⋯⋯


「もちろんどうぞ!」


 ほぐしかけた蒲の穂とビニール袋をお渡しすると⋯⋯


「すごい! 肌触りもうさぎっぽい! モコモコすんごい増えますね。そういえばこれ、ナニコレ〇百景で天ぷらにしてえらいことになってませんでしたっけ?」


 あ、あれ彼女もご覧になっていたんだ⋯⋯実は私もニヤニヤしながら観てました。結末見えてたし。


「うわ、すっごい気持ちいい♪ もう一本いいですか?」

「どうぞ。じゃあそいつを火口に加工する方法も、ついでにやっちゃいましょうか」

「わー、ありがとうございます! はがれ方面白い! 動画撮って撮って!」


 神社のお手伝いに来ていたかわいいお嬢さんも一緒になって、時々動画も撮りつつモコモコふわふわな蒲の綿毛を量産しました。

 越冬準備の虫が入っていなくて良かった⋯⋯私は関東の田園地帯に住む田舎者ですので結構平気ですが、都会人は虫嫌いな方も多いですもんね。



――蒲の穂には、結構な確率で越冬の芋虫ちゃんが隠れています。



 アルミホイルを用意していただき、ほぐした穂綿ほわた一掴ひとつかみもらいます。

「こうしてアルミホイルで包んで蒸し焼きにして、こいつの炭を作ります。ホイル層が薄いと火に負けて穴が開いちゃうので、焚火に突っ込むなら最低でも4重くらいにはしたほうがいいかな」

 手のひら山盛り一杯分の穂綿を圧縮しながら包んでいくと、握りこぶしより小さくなります。そして舞い散る、圧縮時に飛び出した蒲の穂綿⋯⋯

 彼女らも一緒になって蒲のホイル包みを量産します。社務所の中を自由に飛び交う蒲の穂綿たち。でもとりあえず、彼女らは今のところ気にしていない様子。


「面白ーい、焼き芋の芋みたい! ⋯⋯あッ、そうだ! 今夜お稽古終わったら焚火しましょう! これと一緒に芋焼きましょう! 焼き芋パーティー♪」


――おっと、思わぬ展開だ。でも、このノリ好きよ♪――


「まだ休憩1時間ちょっとありますよね。つきあってください!」

 車でスーパーに連行。

「一緒に芋、選んでください~」


――ん? ここジャガイモコーナーだが?――


 関東人の私は焼き芋というとサツマイモのイメージなのですが、ここではジャガイモが主流なのか? はたまた彼女が単に焼きジャガ派なのか? 謎です。


――有名なジャガイモ産地もあるので、地域性かな?――


 ほくほく系としっかり系、両方好みだと聞いたので無難に男爵だんしゃくとメークイン。残念ながらその有名産地のものは時期が合わず、置いてありませんでした。

 ついでに念のため、サツマイモと安納芋も購入。お宮に戻ります。



 さてさて、時間は過ぎて夜20時。お稽古もすべて終わって焼き芋タイム? がやってきました。メインは火口づくりなんだけれど⋯⋯ま、いっか。

 お稽古に参加された生徒さん達も何人か残りました。昼間のかわいいお嬢さんも一度おうちに帰ったけれど、この時間に合わせて戻ってきて焚火の準備をしてくれていました。大都市とはいえやはり神社。集めた枯葉の量が伊達じゃない。


「芋も全部じゃないけどホイルに包んでおきましたよ♪」


 さすが巫女さん。私はそんなに気が利かないです。


 それでは、焚火スタート!

 といきたいところですが⋯⋯長くなってしまったので、今回はこの辺りで。

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