7月5日 放課後
放課後、黄昏時の教室で、その光景を見て時が止まった。
忘れ物に気づいて戻ってきた、自分の教室。てっきりもう誰も残っていないって思ってたのに、目に飛び込んできたのは、ノートをめくる久賀くんの姿。そしてそのノートというのは、ワタシの日記!
心臓が、凍りついたような気がした。
そんな。誰にも見せるつもりなんてなかった日記が、よりによって一番見られちゃいけない人に見られている。
家に置いてて、もしもお母さんにでも見られたら恥ずかしいと思って、持ち歩いていたのが間違いだった。
図書室で鞄を開けて、日記が入っていないことに気づいて教室に戻ってきたら、この有り様。
窓から差し込む夕日に照らされた久賀くんがゆっくりと振り返ると、途端に羞恥が押し寄せてくる。まるで全身の血が沸騰したみたいに、体中が熱くなってきた。
見られた。見られた。見られた!
受け入れたくない現実に、締め付けられた心臓は悲鳴をあげて、逆に本来声をあげるべき口は、石にでもなったみたいに動かせない。
ま、待って。まだノートの持ち主が私だって、バレてはいないかも。名前は書いてなかったし、久賀くんのこともK君としか書いてなかったはず。なんとか誤魔化せないだろうか。
ああ、だめ! この前つい勢いで、ワタシも久賀くんも、本名を書いちゃってる! も、もし久賀くんがそこまで読んでいたら……。
「……間宮」
「——っ!?」
「このノート、間宮のだよな。悪い、落ちてるのを見つけて、名前が書いてなかったから、中を見てみたんだけど……間宮?」
終わった。
胸の奥にあるガラス細工のハートが、音を立てて崩れていく。
あんなものを書いているって知って、そもそもワタシなんかが久賀くんのことを好きだなんて、気持ち悪いって思われたに決まってる。きっと、すごく不快な思いをさせてしまった。
後悔に羞恥、懺悔の気持ちが交ざり合って押し寄せてきて、泣きたくなる。だけど、泣くよりも先にやるべき事は。
「
「え、なんだって?」
「
いつも通りの聞こえにくい音量で、謝罪の言葉を口にした。
こんな時でさえ、まともに喋ることのできない自分が、つくづく嫌になる。
久賀くんはこの日記を読んで、どう思っただろう?
ワタシが久賀くんのことを好きってだけでも十分に文不相応なのに、さらに恥ずかしいのは日記の文章。
変にハイテンションなその内容は、きっと学校でのワタシのイメージとは、大きく違っていると思う。
普段は喋る相手といえば、友達の永井楓ちゃんくらいしかいない、教室の片隅で本を読んでいるだけの、誰の記憶にも残らないつまらない奴。容姿も地味で、面白い事の一つも言えないのが、現実のワタシ。
なのに日記の中では、久賀君のことを好きだって何度も言ってて。その事を思うと、恥ずかしくで死にそうになる。
「あのさあ」
――っ!
思わずビクッと身を震わせて後ずさる。すると久賀くんは、呆れたようにため息をついた。
「何も、逃げなくてもいいだろ。別に怖がらせたいわけじゃないんだからさ」
「
「そこで謝るのもやめろよな、悪いことしたわけじゃないんだし。一応確認するけど、これ、間宮のだよな。で、K君っていうのは、俺のこと……って泣くな泣くな!」
涙をにじませたワタシを見て、慌てたように駆け寄ってくる。
「勝手に見て悪かったよ。その、怒ってるか?」
「
「まあ、気持ちは分からないでもないけど……ああ、けどな。日記の内容で、一つ言っておきたい事がある」
急に怒ったような顔になって、ジトッとした目をされる。
言っておきたい事って、やっぱり気持ち悪いとか、バカすぎて笑えるとか、一緒にいると恥ずかしいから、もう二度と近づくなとか、そういう事!?
「日記の中で何度か俺のこと、鈍感だって書いてたよな」
「
「まったくだよ。そりゃあ、これ読んだ後だと鈍かったとは思うけどさ、それはお互い様だろ。間宮だって全然、俺の気持ちに気づいてないじゃねーか」
「
蚊の鳴くような声での謝罪の後に返ってきたのは、意外な言葉。
でも、久賀くんが呆れてるってことには、ちゃんと気づいているよ。
「はぁ。その顔だと、やっぱり分かってないな。あのさあ、足を捻挫した時、俺が親切心で面倒見てたって、本気で思ってるのか?」
「
「勘違いしてるみたいだけど、俺はそんな優しくないから。下心があったに決まってるだろ?」
「
全然検討がつかない。
だけど首をかしげていると、久賀くんは頭をかきながら言ってくる。
「だからあ。俺も間宮と同じ気持ちってわけ。俺としては、けっこうアピールを頑張ってるつもりなんだけど、いい加減気づいてくれないかなあ!」
同じ気持ちって……………え、ええっ!?
「
「ここまで言ったのにまだそれか。ああ、もういい。このまま続けたってグダグダになりそうだし、告白は今度またちゃんとやるから、覚悟しとけよ」
久賀くんはそう言いながらノートを渡してきて、鞄を手に取ると、教室のドアに向かって歩いていく。
え、ええっ!? 今、告白って。
混乱と嬉しさとドキドキで、頭の中がいっぱいになる。
な、なんかもうダメ。これだけの事があったっていうのに、きっと今夜はまともに日記なんて書けない。
「どうした、帰らないのか?」
ドアの前で振り返って、何事もなかったみたいな態度をとってくる久賀くん。
そんな彼に比べてワタシは、ワタシは……。
返してもらったノートを強く握りしめながら、今まで綴ってきた言葉たちを思い出す。
同じクラスになれて嬉しかった事。遠足の時声をかけられて、舞い上がった事。嫌がらせを受けた時、助けてもらったり、一緒に帰ってドキドキしたり。
そんなワタシから生まれた想いが、日記には溢れているけど、この子達はきっと、外へと出たがっている。
いつまで私達を、ノートの中に閉じ込めておくの? どうして私達を、彼の所に届けてくれないのって、訴えかけてくる。
ワタシはいつまで、黙っているのだろう。
手を伸ばせば届く所に彼はいるのに、もう書いてるだけなんて嫌。ちゃんと声に出して、伝えないと。
「く、久賀くん!」
彼の瞳を真っ直ぐに見つめながら、大きく息を吸い込む。
「ワタシから言わせて。ワタシ、久賀くんのことが……」
今まで日記に綴るだけだった想いを、この日初めて言葉にした。
おしまい📙
片想い赤裸々恋日記♥️ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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