第4話:普通の家庭の普通の子供が今じゃ……
1.
二十数年前、
父はサラリマン、母はオフィス・レディと言う実に平凡な家だ。
私は、受験地獄を勝ち抜き、就職も上手く行った。
今では大企業で20代半ばとしてはそこそこの給料を貰えている。
毎日スシ詰めのヤマノテ・ラインに乗せられて、まるで回るスシの様な人生を送る。
スシ詰め電車と言うが、本物のスシなぞと言う物を食べた事が無い。
天然物のウルチとマグロなんてのは、一部の大金持ちの物だからな。
私のような平凡な者には、合成のスシがお似合いだ。
通勤用スタビライザを搭載したサイバネ・レッグがスシ詰め電車での不動の姿勢の助けになる。
性犯罪者と勘違いされるのは御免なので、当然両手は吊革に置いている。
サイバネ・ブレインにインストールされたニュースアプリをサイバネ・アイとサイバネ・イヤーとで受信するのが朝の日課だ。
私向けにチューンされたAIが選択したニュースでは、若者の自殺問題に関しての話が掘り下げられていた。
天気予報では、今日は一日中ピーカンの晴れらしい。
会社の最寄り駅に着き、私が満員電車を降りると、私のサイバネ・アイの360度カメラには、電車に新たな者達が補充されて行くのが見えた。
私が所属する第二総務部のオフィスは、自社ビルの14階にある。
駅からペデストリアンデッキを渡り、2階から超高速エレベータに乗り込むと、上司と一緒になった。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
スーツに身を包んだ上司だが、その眼光は鋭い。
見る人が見れば、無駄の無い筋肉が付いている事も分かるだろう。
2.
私は8時55分にタイムカードを押すと、デスクに着き端末のメールチェックを始めた。
いつでもどこでもサイバーワールドでコミュニケーションが出来るこのご時世。
有線端末でのメールなどと言うのは、エルフの様な長命な種族の老人が使う様な、実にレガシーな方法だ。
第二総務部に配属される前は、そう思っていた。
しかし、レガシーなプロトコルであるが故に、サイバーワールドに慣れている身からは読み書きし辛いらしい。
その為、最新のセキュリティ方式を施したメールプロトコルの使用方法は、我々の様な部署にとっては必須のスキルなのである。
「そう言えば、こないだのイメージ戦略の話はどうなった?」
「ああ、あれなら、首謀者の脳味噌を焼いてやりましたよ。」
スーツに身を包んだ上司の言葉に、だらしないケーブルだらけの頭をした若者が
上司に対して
腕さえあれば、服装もアクセサリーもサイバネ・コスメも好き勝手にして良いと言うのが第二総務部のルールである。
第二総務部は、そもそも社内組織図に存在しない。
この14階も他の社員の知らない真の14階であり、エレベータで隠しコマンドを入力しなければたどり着けない場所なのである。
「ああ、君、いつもの所に暗殺用ナノ・ドローンを取りに行って欲しいんだが。それを支社の方に届けたら、半ドンで良いから。」
「いつもの所ですね、合言葉チップを頂けますか?」
そう、第二総務部は、会社の
3.
「ったく、降ってくるとか聞いてない。」
支社を出た私は、大雨に立ち尽くしていた。
今日の雨のPhをニュースアプリに聞くと、今日は珍しく弱酸性らしい。
それなら、走れば何とかなるな。
私はそう思って、走り始めた。
濡れ鼠になりながら、コンビニエンスストアで大き目のビニル傘を買い、最寄り駅まで帰る途中、私はビルのてっぺんに気配を感じた。
若者が一人、足をガクガクさせながらビルの屋上にあるフェンスを飛び越えようとしていた。
おいおい、何の冗談だ?
そして、私のサイバネ・ブレインがアラートを発した。
ビルの高さと若者の体重からして、このまま若者が落ちてきて、私に直撃したら二人とも助からないと言う予測がされている。
最速で若者が落ちて来た場合、角度によっては幾らの私でも避けられまい。
どうするか。
「おい、そこの青年!! 何してるんだ?」
私はサイバネ・スロートのマイクから取得した声を、指向性スピーカで若者への指向性を持たせた大音量で放ってみた。
私の声に気付いた青年もまた、同じ様に私への指向性を持たせた声で、返事をした。
そして、その答えは私にとって余り良さそうな物ではなかった。
「何だよ、俺はこれから死ぬんだよ。」
足がガクガク震えている身で何を……と思ったが、フェンスを飛び越え終わった若者は……バランスを崩した。
あれ、これは、落ちて来るのでは?
マズいのでは?
「死にたくねええええええええ!! おか、おか、おかあさああああああん!!!!」
自由落下する若者、さて、どうするか。
私は脳内のアドレナリン噴出装置のスイッチを入れ、脳をオーバークロックした。
高速回転する頭で、考えろ、考えろ、考えろ……。
4.
「助かりました!! ありがとうございました!!」
無傷の若者は、私を見て憑物が落ちたかの様にそう言った。
いや、実際憑物か何かに取りつかれていたのかも知れない。
「しかし、一体どうやって助けて頂いたのですか?」
私は苦笑いをして、そこを去った。
私の専門は付与術と言って、物に魔力を分け与えるタイプの魔術。
咄嗟の判断だったが、手に持っていた傘に魔力を込めて、クッション代わりにする方策は何とか成功した。
お陰で若者も助かったし、私も助かった。
普段、人の命を奪う様な仕事をする事が多いので、魔術を使って人助けをするなんて言うのは、不思議な気分だ。
さて、最寄り駅に向かいますか。
アドレナリン噴出装置のスイッチを切り、ため息を付いた所で、気が付いた。
「傘が無い。」
流石に余りの衝撃に、傘は壊れてしまった。
雨はまだ降っている。
天気予報によると、これから、酸性雨になるらしい。
参ったなあ。
浮遊大陸、その土地の名は…… @yookis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。浮遊大陸、その土地の名は……の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます