タオルバトラー田尾!
美樹本龍行
教科書番長の巻
「キャアッ!」
絹を引き裂くような小女子の悲鳴が夕刻の公園に響く。
何事かっ!?
小五男子・田尾高志は、一目散に駆けつけた。
彼の見た目はごく普通の小学生だった。
ただ、その腰のベルトを除いては。
彼のベルトは特注に見え、数本の透明なペットボトルが据えられており、何故かタオルも掛けられていた。
「ケイトちゃん!?」
そこで怯えていたのは、その容姿から男子の人気が高い、同級生のケイトちゃんだった。
「どうしたの?」 高志は怯えるケイトに声を掛けた。
「あの人が……」
ケイトが恐る恐る指さした方には、制服姿の中学生らしき男子が不敵な笑みを浮かべ立っていた。
「あの人が、私の教科書を……」
「くっくっくっ…… 現れたな、田尾。
貴様の大事なケイトちゃんの教科書を、こうしてやろうか?」
中学生はケイトの教科書を開くと、そこに出て来た人物写真にサインペンを近づけた。
「私の教科書の写真に、ヒゲを書いてやるって言うの、あの人!」
泣き出しそうな顔でケイトが訴えた。
「なんて卑劣な……。
そんな事をされたらケイトちゃんが先生に叱られるし、クラスの奴らにもセンスの無い落書きする女の子って噂になっちゃうじゃないか!
なんでそんな事をするんだ!」
「くくくくく……。
助けてあげたいなら、この俺に勝てばいいじゃないか」
「なに!? お前は誰なんだ! なんで俺にそんな事を言うんだ!」
「かっかっかっかっ!
俺は関東番長連合図書係、菅登志雄(かん・としお)だ。
上からの命令で貴様を倒さねばならん」
「なんだと~……」 高志の顔が疑問で歪んだ。
「関東番長連合って、なんだよ」
「その名の通り、関東中の番長が集まった組織よ。
貴様はそこから狙われているというわけだ」
「俺が狙われている……?」
高志に心当たりは全く無かった。
そして、まだ解けない疑問をぶつけた。
「番長って、なんだ?」
「ガクッ。そこからかいっ!
要するに、いろんな学校の一番強い男が集まってるって事だ」
高志は、やや合点がいったものの、
「お前、中学生だろ。なんで小学生の俺とやりたがるんだよ」
と、更なる疑問を質した。
「怖いのか、俺とやるのが」
「なぁにぃ~。
面白い、ぶっ飛ばしてやる!」
高志は意を決し、拳を固めて屹立した。
「くくく、それでいい。
関東番長連合図書係、菅登志雄の攻撃、受けてみよ!!」
菅はケイトの教科書を彼女に向けて放り投げると、胸元から自分の教科書を出し、振り上げて身構えた。
「うっ!」 高志とケイトの顔に走る戦慄。
「田尾くん、危ない! 教科書の角で頭を打つ気だよ!」 堪らずケイトが叫んだ。
「ふふふ。昭和時代、この教科書の角で先生から頭を打たれて痛い思いをした生徒は数知れず。
我が必殺技は、そうした不良たちに代々受け継がれ、その怨念によって進化したものよ。
まあ殺しはせんが、痛い思いはしてもらうぜ!」
言いながら菅は、猛烈な勢いで教科書を振り回してきた。
「くっ!速い……」 紙一重で避けながら、高志の額に冷や汗が走る。
「くくく、いつまでよけられるかな?」
「うっ……」
高志の横面に、ぬるりとした感触が走る。汗ではない。
まるで回転ノコギリのように間断無く攻め立てる菅の教科書が、高志の顔をかすめたのだ。
「ははは。いつまでも逃げられるものでもないが、流石にやるようだな。
ならばそろそろ止めを刺してやろう。俺が教科書を使うのにはな、こんな理由も有るのよ!」
言うが菅は素早く教科書を開いた。
「うぅっ……」 途端に高志のまぶたが下がり始める。
「ははははは。どうだ? 眠いだろう。この技の真の奥義がこれよ。
教科書を見ると眠くなるという、劣等生の習性を利用した催眠術。
ここから逃れる事はできまい」
「うぅっ…… 駄目だ…… 目がトロンとして眠くて…… もう……」
高志の動きが止まり、まぶたが閉じ始めたその瞬間、いつの間にか間合いを詰めていた菅の腕が高志の頭めがけて猛烈な勢いで振り下ろされた。
「きゃっ!」 ケイトが恐怖から目を逸らす。
「この位置から身をかわすことは不可能。覚悟しろ!」
と勝ち誇った菅だったが、次の瞬間に彼は仰向けに倒れ、苦悶していた。
「うぅ…… な、なにが……」
「ははははは。これだよ」 高志がタオルを手にしてひけらかした。
「田尾流格闘術に敵は無い。
お前の技の弱点は、振り下ろす動作になるほんの一瞬、教科書を閉じなければいけない事だ。
お前が教科書を振り下ろし始める瞬間、俺は稽古で鍛え上げた格闘本能でタオルを頭の上に構え、教科書を受け止めた。
そして、たわんだタオルを引っ張り、その反動で教科書を飛ばし、そのまま反動を利用したタオルを振ってお前のアゴを狙ったのさ。
これぞ田尾流、布撓不屈(ふとうふくつ)!
田尾流達人の振るタオルは普通の人間が木刀を振るくらいの破壊力が有るんだけど、お前自身の技が反動となって加わるんだから、その威力は倍にも三倍にもなってるってわけさ」
「うぅ…… なんと速い動き…… 見事……」
呟くと菅は、意識を失った。
「見事だ田尾!」
背後でまた見知らぬ学生服の男が声を挙げた。
「誰だ!」 振り向きながら田尾が叫んだ。
「俺は関東番長連合・監察の白部筑紫(しらべ・つくし)だ。
お前の闘いぶりを逐一、上の方に報告する役目よ。
今回は我々の負けだ。だが、これで安心するなよ。
菅などは番長連合のほんの下っ端に過ぎないのだからな」
「なにぃ~。なんで俺を狙うんだ!」
「くくく。それは俺も知らん。俺たちは上の方の命令に従っているだけよ。
ただ、お前の身は憐れとは思うがな、くくくくく」
それだけ言い残すと白部は、まだ歩行の怪しい菅を連れて消えた。
「田尾くん……」 心配そうにケイトが寄り添った。
「ケイトちゃん、大丈夫だった?」
「うん、私は大丈夫だけど、田尾くん……」
「なあに。今まで誰にも言わなかったけど、俺は一子相伝の最強格闘技、田尾流格闘術の三代目なんだ。
あんな連中がいくら来ても何も怖くないよ」
自信満々の高志の笑み。
果たして関東番長連合とは何か。また、なぜ高志を狙うのか。
高志の技は、これから次々と襲ってくる魔の手を本当に振り払うことが出来るのだろうか。
夕陽射す高志の顔は、高揚感から赤々と輝いていた。
タオルバトラー田尾! 美樹本龍行 @m_ryukoh
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