My heart loses your love and is empty

香枝ゆき

Please, please your……

爛れた関係になってよ。

仕事用の携帯電話にそんなにメッセージが入っていた。

スパム、いや。

この番号には覚えがあった。

6年前の恋人だ。

8年前、学生時代に付き合った僕らの関係はプラトニックで、そして、6年前に別れた。

もう終った関係だった。

今日はセンセーショナルな殺人事件の話題でどこのニュースも持ちきりだった。

カニバリズムと痴情のもつれ、人肉解体、エトセトラ。

よくやる、と思う。

平均寿命は80代。むこう60年を、犯人は棒にふるのだから。


「爛れた関係になってよ」

昼休み。私物の携帯に留守電が入っていた。

非通知からだった。

声でわかった。

彼女の番号は何年も前から着信拒否に設定したままだった。

なるほど、非通知にしてかけてくるとは。

ぼくは録音メッセージを消した。

誰であっても、爛れた関係を構築するつもりはない。まして、元カノならなおさらだ。


「爛れた関係になってよ」

会社を出て声をかけられた。

数年ぶりに会う彼女は変わらなかった。

「病んでんの」

「それ、聞くの?」

「一応は」

「6年前からずっと」

僕は黙った。

「できることはなにもないって言ったよね?」

「爛れた関係になってよ」

話が通じない。

「とりあえず、通院続けて薬のんで。それしかないから」

「もう死ぬことに決めたから」

とんっと背中に感触が伝わる。

「鞄のなかにナイフ持ってる。私がその気だったらあなたを殺せた」

「…………一体、なにがしたいの」

彼女は背中からぱっと離れる。

「さっきから言ってるでしょ?」

口紅が塗られた唇が、リズムよく動く。

「爛れた関係になってよ」



そこにアイがあるかアイがないかは経験を重ねなければわからないとぼくはおもう。

ワンナイトラブで済めばいい。

けれどきっと済まないんだろう。

それでも僕は死にたくなかった。

確実に今日を生き延びたかった。


…………目が覚める。

そこに彼女はいなかった。

夢かと思う反面、身体に感覚は残っている。

寝ているうちに刺されるかもしれないと思いつつ、寝てしまっていたらしい。

刺されなくてよかった。

気がすんだのだろう。

テレビをつけた。

速報が流れていた。

近くの公園の公衆トイレで、女性の遺体が見つかったというニュースだった。


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