間違いなく君だったよ
蟬時雨あさぎ
第1話
「あの、良かったらこれ使って下さい!!」
突然の通り雨、昇降口でそれを見上げていた
「え……えっ?」
そう思わず、口から疑問の声が零れる。すると、急に旭日は腕を掴まれ、傘を手に握らされる。
「あっ、えっ!?」
その動作、時間にして十秒に満たず。
「それでは!!」
「うぉえあちょっと君待っ――」
制止の声も虚しく、後ろ姿は遠ざかる。そのまま、折り畳み傘を押し付けた――もとい貸してくれた彼女は、走って行ってしまった。
「――という訳なんだよ」
翌日、教室にて。折り畳み傘を片手に旭日は友人に向けて事の顛末を話していたが、一通り話し終えたところで。
「え、何? 高校生らしくアオハルですか? これはこないだフラれたオレへの当てつけですか?」
旭日と同じバスケ部の
「昇降口で? 見知らぬ女子に? 折り畳み傘を。この俺が傷心中と知っててそんな話題を降りますか旭日くんよーおー」
「あー、えーっとすまん。何ていうか、その、だな」
「見苦しいからその辺にしとけ健真」
たじろぐ旭日を見兼ねたように声を発したのは、たまり場となっている健真の隣席の男にして幼馴染。
「見苦しいとはなんだ見苦しいとは!?」
「あ、
「おはよう旭日。コイツはそーゆーのが狙ってできるヤツじゃないし、おおかた、持ち主探しを手伝って欲しいとかだろ」
「そうそう。流石、
旭日の見間違いでなければ、今先程まで日直担当の優志は黒板消しをしていたはずだ。昨日の帰り際に突如先生が黒板を使ったことのしわ寄せを食らったのだ。
「まあ、耳は良い方だから聞こえてた」
「でー? 旭日くんはその人の特徴とかちゃんと覚えてるんですかぁ?」
「あー、まあ大体は。昨日のことだし」
「では探すとしようか、折り畳み傘の君を」
優志が眼鏡のブリッジを押しやりつつ告げる。その言葉が耳に届いてから三秒ほど、タイムラグの後に揃って口元に手を当てる旭日と健真。その眼もとからはしっかりと笑っていることが見て取れる。
「お、折り畳み傘の君て……相変わらず優志はネーミングセンス無し男くんですかあ?」
「健真。ぷっ……げほん。思ってても、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「健真はともかく、旭日は無自覚だから質が悪いな……」
優志がため息を吐くと共に、予鈴が鳴り響いた。
「確認だが、傘に名前が書いては無かったのか?」
「うん。真っ先に探したけど無くて」
時は経って、昼休み。弁当を広げた三人の議題は勿論、折り畳み傘の君についてである。
「じゃ、なんか目印になりそうなもんは? まあ制服着てるから服装はアレとして……覚えてることなんでも」
「そうだなあ……」
声は、他の女子よりも落ちついている感覚で、上ずっていたけれどほんの少しだけハスキーだった。
背は、自分の肩と傘の一番上が同じくらいだったから、だいたい一六〇センチぐらいだろう。
靴は茶色いローファーで、靴下は黒色を履いていた。
そこまで旭日が言ったところで。
「お前、よく覚えてるなー」
驚いたような顔で健真が零す。確かに、あの一分にも満たない時間の中で自分でも驚くくらいの情報を得ていたことに旭日は気が付く。
「確かに……でも、顔が見えないから余計に足元とかに目が行ったっていうか。そうだ、猫のキーホルダーを鞄につけてたっけ」
「成程ね」
顎に手をやってふと考えこむような仕草をしたあと、にこっと笑って優志は告げる。
「これだけ情報があれば、ある程度は絞れそうだ」
幼馴染の言葉に、昨日傘に記名が無かったときの落ち込みようが嘘のように、旭日はなんだか持ち主が見つかる気がしてくる。
「じゃあ放課後、一緒に手伝ってくれるか?」
「勿論、できる限り手伝うよ」
「俺もしゃーねーから手伝ってやんぜ!」
頼もしい友人二人の協力を得て、折り畳み傘の君の探索が始まった。
間違いなく君だったよ 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi
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