2日目お題 『2番目』
二番目に生まれた私
―――
煙がもくもくと空へと昇っていく。今日は晴れの予報だったのが大外れで、土砂降りの雨が私を濡らす。
黒い喪服がまるで烏の羽のように見えて今すぐにでも脱ぎたくなった。そして叫びたくなった。
でも泣いてはいなかった。
「陽子。ここにいたの。」
「……姉さん。」
「ずぶ濡れじゃない!まったくあなたは……早く中入ってタオルで拭いて。」
姉の佐織は私を無理矢理建物の中に入れると、タオルを放って寄越した。
ちらっと横目で見ると目がほんのり赤くなっている。散々泣いたのだろう。葬式の間中ずっとハンカチを顔に当てて啜り泣きをしていたようだったから。
そう、今日は両親の葬式の日。火葬は昨日済ませていたのだが、私は仕事があって不参加だった。だからだろうか。二人が死んだという実感がない。
病院で両親に対面した時は、眠っているようにしか見えなかった。事故でした、という医者の渇いた声がやけに大きく聞こえたのを覚えている。
棺に収まった二人の顔を見てすぐ、仕事を理由に後は全部姉に任せて葬儀場を出た自分が、まるで薄情者のように感じた。
「だって……どうせ私は二番目だもの…仕方ないじゃない。」
これまでの人生で何度となく発してきた言葉。
雨に濡れた髪を拭きながらそう呟いた。
私は春本陽子。春本家の二女である。二歳年上の姉・佐織とは似ても似つかない、平々凡々な人間だ。佐織は成績優秀、スポーツ万能、才色兼備。その他諸々。
とにかく私とはかけ離れたスーパーウーマン。
同じ両親から生まれてきたのにこの差はいくら何でも酷いと小さい頃は嘆いたものだが、いつの頃からか諦めがつき、姉は姉、自分は自分と割り切るようにした。
それでも学校に行けば先輩や教師に「お姉さんは優秀だったけど……」と憐れむような目で見られ、社会に出たら出たで狭い町だから「あの佐織さんの妹さん?」と好奇の目で見られた。
唯一救いだったのは、両親が私達を比べる事なくここまで育ててくれた事だ。
特に母は物覚えの悪い私に根気強く勉強を教えてくれたし、父も運動が苦手な私を励ましてくれた。ドッヂボール大会で大声で応援された時は恥ずかしくて赤面したけれど。
でも二十年以上姉と比べられてきた私のガラスのハートは、そんな両親の愛情も疑ってしまうのだ。
本当はこんな手のかかる子、産まなければ良かった。とか、どうせ二番目だから。っていう風に思ってはいなかったか。
心の中では姉と比べていたのではないのか。
……そんな事ばかり考えてしまって、でもそう思ってしまう自分が嫌で、悲しいのに泣けないでいるのだった。
「陽子。」
「……何?」
「これ。」
「?手紙?」
「お母さんからよ。」
「え!?」
佐織が手渡してきたのは封筒に入った手紙だった。両親の部屋を整理していたら、母の化粧台の引き出しに入っていたらしい。
「読んであげて。私のはもう読んだから。」
そう言って『佐織へ』と書かれた封筒を見せると、カバンにしまってその場を去って行った。
「お母さんからの手紙……」
私は開けるのがちょっと怖かったが、思い切って『陽子へ』と書かれた封筒の封を切った。
『陽子へ。この手紙を読むのは貴女の結婚式の時です。そう、今日の晴れの日にこの手紙を読むのを、ずっと楽しみにしていました。貴女ははっきりした顔立ちだから和装も洋装も似合うのでしょうね。本番はどっちかな?お母さんは貴女が選んだ男性なら反対しないし、貴女達夫婦が辛い時や苦しい時は助けになるから何でも言ってね。貴女は……陽子は昔から周りに対して遠慮する子でしたね。特に佐織に対しては一歩線を引いているように見えました。佐織は確かに優秀な子です。でも貴女は貴女。陽子の中には優しさがあって努力家で、絶対に諦めない意志がある。それが陽子の陽子だけの魅力です。ずっとその事を伝え続けてきたつもりでしたが、伝わっていたでしょうか。貴女は自分が『二番目』だという事に負い目のようなものを感じているようだけど、それは違います。佐織も陽子も二人共、お父さんとお母さんにとっては一番目なんですよ。事情があって同時に産んでやれなかっただけで、私達の愛の大きさは二人共同じです。あ、ごめんなさい。ちょっと嘘つきました。実は陽子。貴女の方が少しだけ大きかったみたいです。佐織、ごめんね(笑)これには理由があります。だって佐織は二年早く産まれているんだもの。その分陽子にあげないと不公平でしょう?二年分の愛を上乗せというところかしら。さて、あまり長々と話すのも申し訳ないので最後に一つ。お父さんもお母さんもいつまで元気でいられるかわからないけど、別れがくるその時まで貴女達二人を愛し続けます。本日はおめでとうございました。陽子の母より。』
「馬鹿ぁ~……!今日は結婚式じゃなくてお葬式だよ!」
泣けなかったのが嘘のように、涙が後から後から流れていく。筆で書かれた母の達筆な文字が滲んで見えなくなった。
私は堪らなくなって再び外に出た。雨はまだ降っている。せっかく乾いた髪が否応なしに濡れていった。
「お母さん……お父さん……」
何処の誰の階段かはわからない。でも私には父と母のもののように見えた。二人が手を取り合って昇っていく。天国へと。真っ直ぐに……
「ありがとう……!」
今更なのかも知れない。でも私をこんなにも愛してくれていた事を知らないまま、別れる事にならなくて良かったと心から思う。
だけどせめて、生きていた時にこの
私は『二番目』に産まれた。
でも愛情は一番もらっていました。……二年分ですが。
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