9日目お題『おめでとう』
最初のおめでとうを君に
―――
声が聞こえる。何処か遠いところから。
それはとても優しくて心地よくて、でもボクは眠くて眠くてすぐに眠りに落ちた。
次に気がついた時は別の声が聞こえた。低くて、でもやっぱり優しかった。
そしてまるでボクを包み込むような温かい何かの感触がして、また眠りに引き込まれた。体の中心がポカポカした。
ここは一体何処だろう。ボクは何なのだろう。
いつも考えていたけれど、結局わからなかった。
わかった事は一つだけ。
ボクが今、この居心地のいい場所にいるという事。
暗くてちょっぴり怖いけどゆらゆら揺れてとっても楽しい。ずっとずっとここにいたいな。
だけどここにはボクしかいないから少し淋しいと思った。
ボクの向こう側には何人いるんだろう。
聞こえてくる声はたくさんあった。だけどいつも聞くのは二つ。
一つは遠いところから。でも体に直接響くように聞こえる。もう一つは温かい感触と一緒に聞こえてくる事が多かった。
その全ては何か大きい物に包まれて、ボクのポカポカしているところに届いていた。
ある時ボクはこれまでとは違う声を聞いて目を覚ました。
流れるような紡がれるような声。目を覚ましたばかりなのにボクはまた眠ってしまった。
長い長い眠りからようやく覚めたのは、凄く大きな声がしたから。それがボクの声だと気づいた時には眩しい光に包まれて、誰かの腕の中にいた。
温かい――そう感じて
優しい――そう思った。
ボクはその正体を確かめようとしたけれど、どうしてだか目が見えなかった。
目は開いているはずなのに声は聞こえるのに、ボクの目は見えなかった。
でも優しい顔で見つめられているという事は何故だかわかった。そして――
『おめでとうございます。男の子ですよ。』
そう、聞こえた。
「3歳のお誕生日おめでとう!」
「わーい!ケーキ、ふぅ~していい?ママ。」
「いいわよ。」
「よーし。パパと一緒にやろう。」
「えー?ボク一人でするの!」
「ケチだなぁ、よし君は……」
パパのひとり言をむししてボクは目の前のローソクをふーってした。
赤いほのおがゆらゆらって揺れて消える。するとパッと明かりがついてパパとママがまたさっきと同じ事を言った。
「3歳のお誕生日おめでとう!よし君。」
「16歳の誕生日おめでとう!」
「たくっ……俺もう家族に祝って貰うような年じゃねぇのに。」
「つべこべ言ってないで早く消して。ほら。」
「そうだぞ。蝋燭消さないと電気つけてくれないんだから。うちのママは。」
「はいはい……」
しょうがないなぁという顔をしながら(内心は嬉しかったが素直になれない年頃なんで)、蝋燭を吹き消す。
その瞬間電気がついて両親が口を揃えて言った。
「16歳の誕生日おめでとう!喜孝。」
「そう言えばさ、お兄ちゃんはいつくらいから記憶あるの?」
「何だよ、急に。」
「いや、何となく。ねぇ、いつから?」
妹の亜香里が興味津々っていう表情で詰め寄ってくる。俺は体を逸らしながら考えた。
「う~ん……3歳くらいかな。」
「あ、やっぱりそうなんだ。友達とかに聞いても大体そんな感じだった。ちなみにあたしも3歳くらいから。3歳の誕生日覚えてるもん。」
「へぇ~じゃあケーキに指突っ込んで俺の顔やら頭やらにベタベタつけてヘラヘラしてた事も覚えてるんだ。ほぉ~……」
「げっ……だ、だってあれはまだ小さかったから……それに10年も前の事でしょ。時効だよ、時効。」
「時効は撤廃したぞ。俺はお前が覚えてないと思って言わずにきたが、覚えているんじゃもう容赦はしない。本当の事言うとケーキを見る度思い出すんだよな。あの時の事。」
「お……お兄さま?ちょっと落ち着い……」
「亜香里……覚悟ぉ!!」
「キャーーーー!」
「あらあら、仲良しね。」
「ママ……あれは半ば本気の四の字固めだよ……」
俺はその後も積年の怨みを晴らす為、亜香里を痛みつけてやった。
はぁ~すっきりした。
「お兄ちゃん酷い!」
墓穴を掘った自分が悪い。
でもさっきの亜香里の言葉で俺も自分の3歳の時の誕生日の事を思い出した。
亜香里はまだ産まれていなくて、俺と母さんと父さんの三人だけの誕生日パーティー。翌年からは亜香里という新しい家族も増えて四人になった。
でもその前の1歳や2歳の事は流石に覚えていない。だけどちゃんと母さんと父さんが覚えている事だろう。
そして俺が一番最初に言われた時の事も。
―――
誰もが必ず言われた言葉。
誰もが言われる価値のある言葉。
覚えていないと思うけれど。面と向かっては言われていないけれど。
今日も世界の何処かで奇跡が起きて、こんな言葉を貰うんだ。
「0歳のお誕生日おめでとう!」
.
カクヨム3周年記念選手権参加作品のまとめと裏話 琳 @horirincomic
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