第4話



 太平洋に浮かぶ常夏の島に1艘のクルーザーが停泊していた。


 海は穏やかかで、船体が揺れるのも感じないぐらい凪いでいる。


 船上にいくつかの人影が見えた。水着にロングカーディガンを羽織った成人の男女。2人はサマーベッドに横たわり、テーブルに盛られたトロピカルフルーツをつまみながら、長い長い余暇を楽しんでいた。


「あの島は本当に無人島なの?」


「そうさ」


「ほんと?」

 

「泳いで行ってみるかい?」


 うながされクルーザーの舳先へさきに向かう女は、彼を信じているのか迷いがない。


 2人はカーディガンを脱ぎ、お互いの体に手を回して抱き合った。そのまま足から海へ飛び込んだ。


 たいした距離を泳がなくても、すぐに島についた。女は長い髪をしぼり、片側に結いながら辺りを見回していた。


「確かに人がいない」


「僕らだけの島さ」


 砂浜にふたすじの交差する線を描きながら、男女は海を背に内陸へと歩いていく。


 砂地が終わり、南国独特の植物豊かな林に入った。いっとき避暑地に来たように周囲が涼しくなる。それも長くはなく、すぐにまた陽の光の下に出た


 そこには一面の花園が広がっていた。少しだけ起伏のある土地に沿って、様々な色の花がうねるようなラインを見せる。


 海が近くにあるにもかかわらず、ここでは潮風の匂いがしなかった。


「素敵!」


 感動を抑えられず、女は花園へと走っていった。男もその様子を幸せそうに見ながら、あとを追っていく。



 男は野原を進むと、中央付近に花のあまり咲いていない草地を見つけた。先に腰を下ろし、そこで待っていた。


 女が戻ってきた。摘んだ花束を持ち上げ、子供のように収穫を見せびらかす。男がそれを受け取り、微笑んだ。


 2人は草のベッドの上に横になった。ぴったりと身体を擦り寄せ、お互いの鼻が触れ合うぐらい近くで見つめ合った。


「幸せだわ、わたし」


「僕も」


「こんなに優しい人に初めて出会った」


「こんなに可憐な人は見たことがないよ」


「こんなに私を愛してくれて――まるで」


「こんなに僕を頼ってくれて――まるで」


「あなたは」


「君は」


「あの青い空に浮かぶ優しい雲の――」


「この野に咲く美しい一輪の花の――」


よう・・に私を包んでくれる」


よう・・に僕を癒やしてくれる」



 ――――――



 南の海に浮かぶ無人の島。その内陸にある花園の中心に、一輪だけぽつんと咲く美しい花があった。花は見事な花弁を空いっぱいに広げ、風に揺れていた。


 島の上空にひとつだけ漂う雲は真っ白で、島を包み込むように、いつまでもそこに浮かんでいた。




(ひとつのたとえ  おわり)

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ひとつのたとえ まきや @t_makiya

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