狂おしいほど愛してる

黒百合咲夜

狂愛

 奈落を連想させる真っ暗なその部屋。漂う鉄臭い香りは、檻を作っている鉄格子の香りか、はたまた床や天井に染み付いた赤色の液体の香りか。

 青白い電灯が不気味に点滅する。光が消えて一瞬の暗闇が訪れる度に、涙混じりの声が響く。

 地下にあるこの牢獄には、三人の男女が拘束されていた。一人は椅子に縛られ、後の二人は鎖で吊るされるように固定されている。

 三人がいる場所の床には、真新しい赤の水溜まりが出来上がっている。この液体がどこから流れてきたかなど、言うまでもない。

 重い扉がゆっくりと開く音がする。重たい金属の塊が床を削る鈍い音が響いてくると、途端に三人の顔が青ざめた。逃げ出したい一心で暴れるが、きつく食い込んだ拘束具は外れない。それどころか、さらに肉に深く食い込んで血が飛び散るほどだ。

 やがて、三人を拘束した悪魔が姿を見せる。

 黒い髪を短く切り揃えた純粋そうな女の子だ。艶やかな髪からはほのかに甘いシャンプーの香りが漂う。道を歩けば誰もが振り向く美少女だ。

 ……その手に、血がベットリとこびりついた恐ろしいケバブナイフを持っていなければ、だが。


「忙しいから困っちゃうな。さて、えーと……川岸紗理奈先輩?」


 名前を呼ばれ、椅子に縛られていた少女が肩を震わせる。名前を呼ばれただけなのに、涙が溢れて止まらなかった。


「ごごご……ごめんなざいっ! ゆるしてぐだざい! ごめんなざいっ!!」

「やだな先輩。私、まだ何もしませんよ。先輩は、お姉ちゃんの親友でしたから」


 あえて親友という言葉を強調する黒髪の少女。その言葉に隠された本当の意味は、すぐに理解できてしまった。

 少女がナイフの刃の部分で吊られた男子の腹部を叩く。小さな悲鳴が漏れ、腹部に赤い線が浮かび上がった。


「悪いのはこいつら。猿以下のゴミですもんね?」


 少女は、持っていたケバブナイフを今度は男子の隣で吊られている女子へと向ける。

 それから、顔色一つ変えることなく足の肉をゆっくりと削ぎ落とした。同様に男子の足の肉も削ぎ落とす。

 地下牢に響き渡る音量の絶叫が轟き、激しく抵抗して鮮血を撒き散らす。

 だが、少女にとってそんなことはどうでもいい。返り血で自分が真っ赤に染まろうと知ったことではない。

 吊られた二人を地面に降ろし、金属具で固定する。その器具に取り付けられているのは、青白い光を反射して鈍く輝く薄い金属だ。


「私、こういうの作るの好きなんだ。あなたたちはどう? いいよね、ギロチン」


 ロープを切る。重力のままに落ちた刃は、二人の指をすべて切り落とした。普通は感じることのない激痛に体を痙攣させる二人。


「あっ、ごめんねー。少しずれてたね」


 嘘だ。絶対に指を狙っていた。

 カッターの刃がまさかギロチンになって返ってくるなんて思いもしなかっただろう。

 もう一度ギロチンの刃をセットする。今度は外さない。確実に首を切り落とす。


「じゃあ、さようなら」


 少女は、無慈悲にロープを切断した。

 二人分の血液が流れ、紗理奈の靴を濡らす。少女は、次に紗理奈の正面に立った。その手には、いつの間にか綺麗に研がれた包丁が握られている。


「……お姉ちゃんは先輩を信じていた。でも、先輩はずっと黙っていましたよね? なぜですか?」

「やめて……ごめんなさい……」

「喋れない口なら……手術が必要ですね」


 包丁が口にねじ込まれる。少女は優しささえ感じられる笑顔を見せた後、腕を横方向に勢いよく引いた――




 事を終え、地下から少女が出てくる。着ていた服はすべて燃やし、シャワーで全身を洗い流す。


「……美保」


 シャワー室の外から聞こえた声に、少女は満面の笑みを浮かべた。シャワーを止めて声の主を見る。

 シャワー室の外にいたのは、少女――美保とよく似た顔立ちの少女だ。


「お姉ちゃん! あのね、もう大丈夫だよ! もうお姉ちゃんを苦しめる奴はいなくなったよ!」


 無邪気に楽しそうな美保を見て、姉が微笑を見せる。

 姉の笑顔が見れて嬉しい美保は、矢継ぎ早に話を展開していく。


「お姉ちゃんはすごいよね……あんな虐めにずっと耐えてきたんだもの。でも、それもおしまい。あんなクズは私がお掃除するから」

「そう。……ありがとね美保」

「お姉ちゃんに褒められたー!」


 心の底から嬉しそうに跳び跳ねる美保。その勢いのままに姉に抱きつこうとするが、直前で躊躇した。

 ハイテンションの美保を見て、姉がゆっくりと目を瞑った。片手で腕を握る姿は、どこか儚い印象を抱かせる。

 美保は、姉の手首に刻まれた線を忌々しげに見ている。


「許せない。お姉ちゃんにそんな傷を与えるなんて……許せない」

「でも、美保が私を傷つける刃を潰してくれた。違う?」

「そうだよ。当たり前じゃないの!」


 達成感に浸っている美保は、恍惚とした笑顔で姉に笑いかける。だが姉は、そんな美保を複雑そうな表情で見ていた。

 何も、愛する妹に人殺しをさせたからではない。もっと別の……個人的な内容でだ。


「……ねえ美保」

「なぁに?」

「私がどうして虐めに耐えてこれたか分かる?」


 美保が答えを出すまでの時間を設ける。それでも美保は答えなかったから、姉は答えを話し始める。


「辛くてもね、悲しくても、家に帰ったら美保がいてくれたからなんだよ。貴女がいたから、私は耐えてこれたの」

「お姉ちゃん…!」

「死にたくなった時も、完全に切り裂く前に思いとどまることができた。すべて、貴女のおかげなの」


 感極まって一歩を踏み出す美保。しかし、姉は一歩さがって美保との距離を維持する。


「私は貴女が好き。だから、教えて?」


 悲しげに眉をひそめて美保を見つめる。


「私、何かしてしまったかな? どうしてあんな……」

「……って」

「え?」

「黙って! お姉ちゃんはそんなことは言わない! 私が好きなお姉ちゃんはそんなこと言わないの!」


 突然激昂する美保。感情がうまくコントロール出来ず、感じたことをそのままぶつけている。


「私がお姉ちゃんの事をどんな風に想っているか知らないくせに…!」

「……うん。確かに、私は貴女にどんな風に思われているか知らなかった。だからこそ、本当に分から……」


 美保がシャワー室を飛び出した。階段を駆け上がって自室に閉じ籠る。

 新しい服を取り出して着用する。ベッドに腰掛けて、感情を鎮めるために深い深呼吸を何度も繰り返す。

 扉がノックされる。姉の声と共に扉が叩かれた。

 独り言とも、姉に対して聞かせているともとれるような音量で美保がポツポツと語り出す。


「私は、優しいお姉ちゃんが好き。綺麗なお姉ちゃんが好き。私を気にかけてくれるお姉ちゃんが好き」

「……うん」

「だから……傷つくお姉ちゃんは見たくなかった。虐められてからお姉ちゃん……まるで別人になっちゃったから」


 姉は、黙って静かに聞いていた。美保が部屋の中にあったマネキンを抱き寄せて愛しそうに撫でる。


「髪は傷んでボサボサ。美しかった色白の肌には、刃物の傷が目立つようになった。そんなの、もうお姉ちゃんじゃない……」

「美保……」

「お姉ちゃんは綺麗なままでいなくちゃ駄目。私が許さないんだから」


 美保が櫛でマネキンの髪をとかす。


「お姉ちゃんの綺麗な黒髪……元に戻すのは大変なんだよ?」


 姉が美保の部屋に入ってくる。美保が愛しそうにマネキンを愛撫するその姿を見ていると、姉の胸が激しく締め付けられる。


「私は、知らないうちに美保を傷つけてしまっていたんだね」

「……うん」

「それは、ごめんね。……それでも、そうならそうと教えてほしかった。私が気を付けていれば、別の未来もあったんじゃないかな?」


 お互いに何も話さない。話せない。

 無言でマネキンを撫で続ける美保に対して、姉が切り出す。両手を胸に当て、悲しげな瞳を美保に向けて。


「私たち、お互いに好きだったんだよね? だからこそお願い。教えてくれないかな? どうして……























――私を殺したの?」



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