エピローグ

ファンタジーと光線銃

 ビョウブ達がヒサヒデを打倒して数か月。

 ヨシノ王国領は、混乱の時を迎えた。


 王が倒れ、国の権威が失墜したことにより、国内の貴族や名士などが所領の囲い込みを始め、好き勝手に領土争いを展開し始めたのだ。

 また、自分の土地を持たない豪商や、兵団崩れが集まった盗賊が台頭し、各領主と結びついて、資金や兵力を提供することが常態化した。

 さらには、主権の不在に乗じて、隣国が首都ラナを占領するという事態に陥り、旧王国領内は混迷を極めた。


 時ここに至り、市民の請願により騎士団が再建されることとなった。

 その中心人物となったのが、元騎士団長側近のコーエンである。また、ビョウブやヤマシロの名も、その部隊長の中に見ることができる。

 新生騎士団は、編成地にあやかって「ナント騎士団」と名付けられた。


 新団長コーエンは辣腕らつわんを奮い、地方領主に対して騎士団への合流を呼びかけ、これに応じない若しくは反抗する勢力は、容赦なく打ち倒していった。


 そして、あしかけ二年で国内の平定を為したのである。


 当然、市民からは次なる王を求める声が挙がった。

 しかし、コーエンはこれを善しとしなかった。

 無論、コーエン自身を女王として立てよという声もあったが、本人の強い拒絶により実現しなかった。


 こうして、元ヨシノ王国領は、騎士団長を中心とした各騎士による合議制によりまつりごとを為す「ナント騎士団領」として周辺国に認知されることとなった。

 初代騎士団長コーエン、副団長としてヤマシロが座り、政の中心となった。

 ただ、首都ラナ奪回に大功のあったビョウブは、この頃すでに騎士団を離れている。

 すでに、ビョウブ達がヒサヒデを打ち倒してから三年が経過していた。


   ※※※


 騎士団の功労者、何より王を倒した張本人であるビョウブの姿は魔道大学にあった。


「今更、何の勉強をするというんじゃ」

 カモイのこのぼやきはすでに百回以上発せられている。

「じいちゃん、何度も言ってるだろ。僕は元々学生なんだから、大学に戻るのが当たり前なんだって」

「そりゃわかるがのう。召喚術も随分上達したんじゃし、今更・・」

「じいちゃん、話がループしそうだよ・・」

「じゃがのう・・」


 カモイは自慢の孫が一学生に戻っているのが相当に惜しいようだ。

 それも当然のことかもしれない。ビョウブが騎士団に残っていれば、騎士として部隊を率い、政にも参加していたはずである。

 またこの大学に戻るにあたっても、召喚術の教師として戻らないかという話もあったのだ。

 しかし、ビョウブの意思は固く、卒業したら召喚術の教師として数年奉職するという条件まで呑んでしまった。

 そうしてビョウブは、日々勉学にいそしみ、魔道の研鑽に励んでいるというわけなのである。


 カモイとのほぼ日課ともいえる論争を終えると、ビョウブは次の講義の準備をして、寮の自室を出た。

 もちろん、召喚書は左腰のホルダーに入れたままだ。復学して以来、寝る時とテストの時の他は、常にホルダーに入れて行動を共にしている。

 召喚書のカモイに肉体を与えて再召喚できないかなどと考えたこともあったが、限りなく暗黒の術に近いというカモイの警告を受けて研究は止めていた。

 なにより、カモイ自身が召喚書の中を気に入っている様子なのだ。


 ビョウブが扉から出ようと、ドアノブに手をかけると、先にドアノブが回った。


 人が入ってくる。

 皮の胸当てをした赤毛の女性だ。

 団長になっても変わらないその装いを、ビョウブが見間違うはずがなかった。

 コーエンだった。


「あら、出かけるところかしら」

「これから講義なんです」

「そう、じゃあ、それが最後の講義かしらね」

「え?」

 ビョウブは不意をつかれてきょとんとしている。


「騎士団は今、ラナの防衛で手一杯になってるって知ってる?でも、南方のキノ国がどうもきな臭いのよね」

 コーエンは独り言のように話し続けている。

「だから、南の方をしっかり見てくれる人がほしいのよねえ。ナントとか詳しい人がいないかしら~。ナント出身の人とか」


 コーエンの白々しい態度に、さすがのビョウブも

「・・・何をすればいいんですか」と受けてしまった。

「そうこなくちゃね」

 そう言うとコーエンは居住まいを正し、

「あなたをナントの城主に任命します」と言った。


「なんと!」

 カモイはダジャレのつもりだろうか。

「いやいやいやいや、ちょっとまってコーエン」

「いいえ、これは決定事項。命令よ!」


 ビョウブはこういう場面を過去にも体験したのを思い出していた。

(これは・・逆らえないやつだ・・)

 大学に戻ると言って騎士団を離れた際、妙にコーエンがおとなしかったのは、この事態を見越してのことだったのかもしれない。


「じゃ、よろしくね。ナントのお殿様!」

 そういうと、コーエンは颯爽と去っていった。

 ビョウブは、その背中を見つめながら「ハハハ」と乾いた笑いを発した。


「なんだかまた楽しい日々がやってきそうじゃのう」

 召喚書の表紙でカモイはとても嬉しそうだ。


 元はといえば、この召喚書を手にしてから始まった長い旅だった。

 一度は終わったと思っていたが、ただの中休みだったようだ。

 終着点は見えず、どこにあるのかすら見当もつかないが、自分のことに専念するのはもう少し先になりそうだった。


 ビョウブは軽く息を吐き出すと、腹に力を入れ直した。

「よし、まずは休学願いだ」

「まだ大学に戻る気でおるのかい」

 カモイは呆れているが、ビョウブは大真面目のようだ。

 その顔はすでに、新たな旅への決意で満ちていた。


   了

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ファンタジーと光線銃 黒井ごま @null2019

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