第三十九・五話 フロランはジェルメに帰る
カーテンコールもこれで最後です。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
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エメと二人で
それは、夕飯の支度で料理を盛り分けている時で、フロランは二つ年下の弟弟子と一緒に、親方が切り分けた肉を皿に取り分けていた。
親方の言葉は、フロランの修行期間の終わりを告げるものだった。
村には親がいるのでまだ独り立ちではないけれど、それでも一人前の鍛治職人として送り出してもらえると言うことで、フロランは嬉しさと安堵から息を吐いた。肩の力を抜いたのが伝わったのだろう、親方には「力を抜くにはまだ早いよ」とからかわれた。
周りの職人たちも、フロランから皿を受け取るついでに、祝福するようにフロランを小突いた。フロランはうまく言葉が出てこなくて、みんなに祝福される度に小さく笑って頭を下げた。
フロランが村に帰るのは、三ヶ月後になった。
帰りは
赤獅子の尻尾亭の
バジルもドニもカロルも、みんなエメの家族ではあるけれど、フロランにとっても家族と変わらない人たちだ。小さい頃にはエメと二人で面倒を見てもらったし、今だっていろいろと良くしてもらっている。
こんな人たちを放っておいて、エメは何をやっているんだろうな、とフロランは久しぶりにエメのことを思い出した。
パーティに誘われたと言ってペティラパンに行ってから、フロランはエメと会ってもいないし、連絡も取っていない。半年以上前に一度、カロルのところにエメから手紙があったという話を聞いたくらいだ。
その時には、エメはメテオールという
エメはまだ冒険者を諦めていないのだろうか。
「まあ、冒険者になりたいってずっと言ってたからな」
フロランにとってエメは、手のかかる妹みたいなものだ。なんとなく、親の言う通りにエメと結婚するんだろうなと思っていたけれど、それが他の誰かに変わっても特に何も思うところはなかった。結婚というのは大抵は誰かに言われてするものだし、誰が誰と結婚しようが家族は家族だ。
メテオールからエメの手紙が新しくカロルのところに届いたのは、そんな頃だった。
「それがね、エメはもう冒険者をやっていないって書いてあったの」
腕に赤子を抱いて揺らしながら、カロルはおっとりとそう言った。フロランは、はあ、と気の抜けた返事をした。
宿屋の従業員用のスペースで話していると、時折従業員がカロルのところにやってきて、何事か話してまた去っていく。その度に話は中断したし、時折腕の中の赤ん坊がぐずぐずしても、やっぱり話は中断した。
「うちのお父さんとお母さんはね、エメが冒険者になりたいって言った時、どうせすぐに諦めるだろうって思っていたのね。フロランが修行している間にちょっとやってみて、きっとすぐに嫌になって戻ってくるだろうから、そしたら修行が終わったフロランと結婚すれば良いだろうって。だから、ドニとも話したんだけど、冒険者をやってないならとにかく一度戻ってきなさいって、言おうと思って」
あんなに冒険者になりたいって言っていたのに、とフロランは思い出す。あの時もこの部屋だった。エメはフロランとの結婚を嫌だと言って、村で暮らすのは嫌だと言って、ダンジョン探索をするのだと言っていた。
「それで、エメは今は何をやってるって?」
「冒険者ギルドで働いてるんだって。
フロランは
「手紙にはね、冒険者の話を聞いてまとめるのが楽しいって。メテオールはレオノブルと違って、
冒険者は諦めたけど、近いところにはいるんだな、とフロランは思った。じゃあ、やっぱり変わってないじゃないか、とも思う。
「戻ってこいって言って、エメは戻って来ないと思うけど」
「それはそうなんだけどね。やっぱりフロランもそう思うよね。もう、あの子はすぐにふらふらとどっか行っちゃうんだから」
カロルが困ったように眉を寄せると、母親の気持ちが伝播したのか、赤ん坊がぐずぐずと泣き始める。カロルは赤ん坊を抱きかかえたまま立ち上がって、小さな声であやしてその額にキスをした。
「ごめんね、もう限界みたい。フロランも、もしエメに伝えることがあったら、書いて頂戴。一緒に送るから」
「いや、俺は……特に何も」
「何かあったらいつでも言ってね」
「ありがとう」
赤ん坊の泣き声に見送られて、フロランはカロルのところを後にした。
なんだかまだ村に帰るという実感がなくて、フロランは村のことをぼんやりと考えてしまう。道具を磨いていた手が止まっているのを見咎められて、兄弟子に「気を抜きすぎだ」と小突かれた。
フロランは眉を寄せて頭を掻くとまた手を動かし始め、兄弟子は視線を手元から動かさずに口を開いた。
「しゃきっとしろよ、村に戻ったら結婚するんだろう?」
フロランはエメのことを思い出して苦笑いする。
「どうでしょう。まだしばらくはないんじゃないかな」
「なんだ、もう相手が決まってるんじゃなかったか?」
「隣の家の子がいたんですけど、冒険者になるって出て行ったっきりで……今は冒険者じゃなくて、冒険者ギルドで働いてるらしいんですけど、村は嫌だって」
兄弟子は、小さく唸るように「あぁ」と声を漏らして、溜息をついた。
「そっか、そういう
「
「ああ、そういうヤツはな、仮に村に戻って結婚して落ち着いたと思っても、またふらっとどっかに行っちまうもんなんだ。落ち着いて暮らすってのができないんだろうな」
兄弟子は溜息交じりにそう言った。
フロランはふと手を止めて、兄弟子の顔を見る。もしかしたらこの人の身近にも、そういう人がいたのかもしれない。
フロランの手がまた止まっているのに気付いて、兄弟子は「ほら、手ぇ動かせ」と小さな声で注意した。
「あんたは、村で落ち着いて鍛冶屋をやるのに向いてると思うよ、フロラン。だから、その相手ってのは、フロランには向いてなかったんだろうよ」
「そうなんでしょうね。今もどうしてるんだか。下手すると、もう一生会わないんじゃないかって思ってます」
青い石の
二人でレオノブルに来た時だってそうだった。
ただ家が隣で、家族のように育ったというだけで、二人は全然違うものを見ていたのだなとフロランは今更ながらに気付いた。
それでも、離れていても、会わなくても、家族であることには変わりがない。
そのうちにエメと会うことがあったら、きっとエメはまた自分の好きなことについて話すだろうし、大事なものをフロランに見せてくれるだろうし、フロランは「よくわからないなあ」なんて思いながらその話を聞くのだろう。
カロルとドニがエメに出した「とにかく一度帰って来なさい」という手紙がエメに届いてしばらくした後、メテオールのダンジョンが一ヶ月以上の
ここしばらくの冒険者ギルドの記録にはダンジョンの長期
そして、ダンジョンの長期
長期の休みを利用して故郷に帰ってきたエメの隣には、目付きの悪い猫背の冒険者がいるのだけれど、それはまだ先の話だ。今のフロランには知る由もない。
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ここまで、本当にありがとうございました。
カーテンコールもこれで終了です。
企画参加用の読み切り番外編を投稿しています。
『ダンジョンマスターは菓子を食べる』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921698662
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ダンジョンマスターはおとぎばなしを夢みてる くれは @kurehaa
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