第1話
リューブレン王国。
その首都である、ここケルニアには多くの民とこの国を象徴する王家の住まう城が荘重と聳え立つ。
白を基調としたこの城はどこまでも高く屹立し、まるで天まで届きそうだと、民達は嘯く。
そんな天空城の中でも、最も高い位置に住む事を許された、この王国の宝。第一王女、リューブレン・シー・シャーロット様は――。
「ねぇブラン。私退屈なのだけど」
暇そうに窓の外を眺めていた。
朝日の差し込む窓辺。
王族が使うには聊か質素な作りの椅子に腰掛け、シャーロット様は艶麗な手つきでティーカップを口元に運ぶ。
その佇まいは気品さに溢れ、物憂げに外の景色を眺める姿は如何にも、淡然とした女性……ではあるのだが。
「ねぇ聞いてるの? たーいーくーつーなの!」
「聞こえてますよ。そんなに暇を持て余しているのなら、勉学に勤しんだり、所作や言動を嗜んでは如何ですか?」
「嫌よ。折角の長期休暇なのよ? そんな時くらい学園のことや王族貴族のマナーなんて忘れて、パーッと楽しみたいじゃない!」
残念ながら、その姿とはかけ離れたお言葉が、シャーロット様の口から発せられる。
季節は陽がもっとも近く、年間で一番暑いと言われる陽期の中頃。外はうだる様な暑さが支配し、誰しもが涼しい室内で一日を過ごしたいと企むような時期。
王国では子供の間は平民だろうと貴族だろうと、勿論王族だろうと一定の教養を得るために、皆が学び舎で教育を受ける様に義務化されている。
当然シャーロット様も、その護衛である僕もこの首都に建つ学園へ通っているのだけど、今はこの暑さで休園中である。
最も王族たるシャーロット様には王家専属の教育者も登用しているのだが。
国王曰く『休む時には休まないとね』との事で、ここ数日はその教育者も暇を戴いている様で、姿を見せない。
それ自体は無論、何の問題もないのだけど、そうなるとより一層シャーロット様に時間のゆとりが出来てしまう訳で。
「ブラン。何か楽しい事して。芸とか」
「……僕は護衛としてここにいるのであって、殿下を持て成す給仕係でも、ましてや芸者でもないのですが」
こんな感じで、その余波が僕にまで来てしまう。
今も僕の返答を聞いてお気に召さなかったのか、ぷくーっと頬を膨らませ、駄々をこねるシャーロット様。その姿は僕より二つ年上だとは思えない幼さとあどけなさがあった。
「はぁ」
僕は思わず嘆息を漏らす。
「あら、ため息なんて良くないわ。幸せが逃げるわよ?」
「大丈夫です。幸せよりも僕の胸に詰まった心労がきっと先に出てくれますので」
「おー。上手い事言うわね!」
パチパチと手を叩き褒めて下さるその笑顔は輝かしく、男なら誰もが見とれてしまう程。
僕も昔からシャーロット様と共に時間を過ごしていなければ、世の男と同じ反応をしていただろう。
慣れとは恐ろしいものだ。
最も、そんな僕だからこそ、彼女の護衛に抜擢されたのかもしれないが。
「うーん。せめて出かけられないのなら、気分だけでも味わいたいわよねぇ」
こうしたくだらないことに頭を悩ませている彼女のその姿だって、見た目だけならば、まるで国家の危機に頭を悩ませる聡明なお殿下の様に見えたことだろう。
それほどの美貌と、人によってはどこか浮世絵離れした神秘性を感じられる。それがシャーロット殿下の魅力であり、血筋だけでなくこの国の宝とまで言われたら占める所以なのかもしれない。
まぁ実際の性格はさておきだが。
「そうだ! いい事を思いついたわ。ブランついて来て!」
言い放つと軽い足取りで歩きだす彼女の後を、僕は数歩離れて付き従う。
「はい、承知しました」
どうせまた碌な思い付きでもないのだろう。
それがわかっていながらも、僕に拒否権はない。
だけど、例え拒否権があったとしても、使うことはないだろう。
文句を言えど、彼女に振り回されるのが、あまり苦になっていないのだから。
誰かが変わってやると言ったとしても、この場所を譲ることはない。
だから、僕は今日も彼女の後を追う。
その行く先が、ドレスルームだったとしても……。
「殿下。なぜこのような場所に? 今日はお出かけの予定も、ドレスを着なければならないパーティーも御予定には入っていないかと思いますが」
「そう、今の所予定は無いわ! だからこそ、予定が出来た時に着て行くドレスを、今の内に見繕うのよ!」
彼女の声色は、まるでそれが正しいことであると言わんばかりの勢いがあった。
多少の疑問は残るものの、僕もその圧に押され、彼女の不敵な笑みに僅かな違和感を抱きながらも頷きを返した。
「なるほど。それでは今から手の空いているメイドを連れてきましょう。その者とじっくり選定されては――」
「違うわよブラン。選ぶのはア・ナ・タ。偶には男の子の目線ってのも大事だからね! メイドも要らないわ。別に観衆の目に晒される訳でもあるまいし、完璧に着こなさないといけないわけではないもの」
肩をすくめながら「着た時の雰囲気が分かればいいのよ」と続ける彼女のその返答で。
僕の状況は非常に不味い事になっていると気づかされる。
「……正気ですか殿下。男の僕に着替えの補助をしろと?」
ドレスによっては一人では着ることすら難しい構造をしたものが多い。
それは立場のある貴族や王族の方が着るような、デザイン性に富んだものであればある程、顕著になっている様に思う。
当然この王国で一二を争うお立場の第一王女が着るドレスなど、男の僕からしたら真面に着方などわからない物が殆どだろう。
いくら雰囲気が分かれば良いとはいえ、ある程度着てみないことには良し悪しなど確かめようも無い訳で。
それを僕と彼女の二人きりで、行うなど……!
「殿下。考え直しましょう。ドレスをダメにしてしまいます」
「……ブラン。貴方私を何だと思っているの? 大丈夫、正しくドレスを着るくらいどうとでもなるわ。貴方は私が指示した通りに手を動かせば問題ないの」
ふむ、とシャーロット様は言葉を区切ると、壁一面に吊るされた煌びやかなドレスの中心で、両手を広げ僕の方を見やり。
「まずは貴方が私に似合うドレスを選んで頂戴?」
あぁ。拒否権を行使したい……。
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