第3話
ルケート大陸。
大小様々な国家部族が存在するこの大陸において、西に帝国、東に海洋と凡そ大陸東部を統治している国。それが我がリューブレン王国だ。
海洋からの資源に恵まれ、隣国である帝国との仲も良好。警戒すべき大国が存在せず、今だに根を張る小部族との交易も盛んに行い友好を保つ。
そんな安定した国営を、先代国王様の時代から今もなお続けることに成功しているのは、ひとえに先代に当代と、国王が優秀であるからに他ならない。
だがそれ故に、僕達騎士団はここ数十年、戦争というものに無縁の生活をしていた。
精々あるとすれば町での暴徒鎮圧や、小競り合いの仲裁。野生動物の撃退など、聊か騎士として胸を張れる仕事とは言い難い業務が多く、次第に腑抜けた者が増えていた。
嘆かわしいことに、多数の怠け者が騎士を名乗っているのが現状だ。
「次! カルノフ・ブラン! 前へ出ろ!」
「はい!」
壮年の男性の掛け声に、僕は声を張り上げて応じ、前へ数歩進む。
年季の入った軽鎧をまとい、腰には僕の腕。指先から肩程までの刃渡りをもつ直剣を携える。
鎧で覆い隠されていない腕や足、首元は太く逞しく鍛えられ、僕の細腕と比べると、まるで若枝と木の幹くらいの差異を感じさせられた。
「これは訓練だ。故にこちらはこの模造剣を使う。そちらも、そこに立てかけてある好きな獲物を使え」
壮年の男が顎で指し示す先。簡素な机の上に並べられた刃の潰された剣が幾つも置かれていた。
その中から、僕は自身の背丈にあった刃渡の得物を掴み取る。
暑さのピークであった陽季を少し過ぎ、今だ暑いのには変わりはないが、多少は熱気が落ち着いた……と思いたい晩陽の時期に。
日が沈み始め、茹だる様な暑さだった真昼に比べれば今の暑さは幾分か和らいだ時刻。
砂埃が風で舞い、訓練をする環境としてはあまり宜しくない状況下において。
騎士団訓練場として設けられた広場に、僕は今しがた握った剣を携え、指導役の壮年の騎士の前に歩み寄る。
既に多くの騎士、騎士見習いが指導者からの鍛錬を受け、剣を振るい、訓練場の傍で力尽きていた。
「第一王女様の専属護衛騎士としての腕前。落ちてはいないかこの場でしっかりと示して見せよ!」
「はい!」
彼の前で僕は剣を上段で構え。
合図と共に地面を踏みしめ、壮年の騎士に肉薄するとその剣を振るう――。
※※※
「今日の訓練はお疲れ様。なかなかいい動きをしていたそうね。私も鼻が高いわ」
「……ありがとうございます」
若葉色の長髪を躍らせ、その対となるエメラルドグリーンの瞳でをこちらに向ける女性――リューブレン・シー・シャーロット様は、言葉通りの誇らしげな表情で、机に座りいくつか束になった書類を整理していた。
殿下の私室であるこの部屋に、今しがた入室した僕は、思わず顔を顰めてぶっきらぼうな返事をしてしまう。
別段、彼女に対して悪感情など何一つない。僕がこのような横暴な態度を取ってしまったのは、殿下の傍らで普段ならば僕がそこに立っているであろうポジションに、ここ最近で一番警戒をしている人物が柔らかな微笑みを浮かべ、僕の視界の中に映り込んでいるからだ。
「僕が訓練をしている間、殿下の御傍について下さっていたんですね。アンジェラさん」
黒を基調とした給仕服に身を包み、長く艶やかな黄金色の髪を夜空に輝く流星の如く輝かせ。
微笑みを崩さずに、彼女は給仕服のスカートの端をちょこんと摘み鮮やかな一礼をした。
「お勤めご苦労様です。カルノフ様」
「……いつも申し上げていますが、様を付けて頂く必要はありませんよ。僕は一介の騎士ですので」
殿下に余計な知識を植え付けている諸悪の根源。王家専属メイドの一人、セリュシュ・アンジェラさんに、僕はもう何度言ったかわからない文言を伝える。
「いえ、カルノフ様は特別ですので」
彼女もまた、いつもと変わり映えのない返答をした。
利発そうな整った顔立ち。殿下には遠く及ばないにしても、一度城下を歩けば異性の注目を浴びてしまう容姿に、その視線すら涼し気に往なす器量。城で働く者なら誰もが尊敬の視線を彼女に注ぐ。
「ブラン。今日もアンジェラから面白い話を聞いたの! 後で一緒におしゃべりしましょ?」
「…………はい」
僕とシャーロット様のやり取りの最中。
殿下からは見えない位置で。悪戯に成功した子供の様な純粋無垢な笑顔を浮かべ肩を震わせる悪戯好きのメイド。
昨年学園を卒業したばかりの若き王家専属メイドの真の性格を知っているのは、恐らく僕だけだだろう。
ウチの姫様が悪戯好きで困ってます! 鼠野扇 @mouse23
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