第2話
僕は渋々シャーロット様のご要望に応える為、数着ドレスを手に取った。
色合いや形状、素材。素人の僕が見てもある程度差がある事は分かるのだけど。
そのどれもが如何にも高価そうな装飾がされていたり、生地の手触りが明らかに普段身に着けることが無い様な物だったりと、正直何がどう良いのかまではさっぱりわからない。
「……殿下。やはり僕には荷が重いかと」
「あら、簡単に諦めるのは感心しないわね。簡単よ。貴方が私に似合うと思うドレスを選ぶだけなのだから。そこに正解も不正解もないわよ」
その様に宣う彼女の表情は楽しそうに満面の笑みを浮かべており。
あぁ。これはドレスを選んで、ダメ出しされるまでがワンセットの意地悪なのだと、僕は遅ればせながら理解した。
それならば、出来る限り足掻いて最善を尽くすのが騎士道というものだろう――わからないけど。
僕はせめて何かアイディアが浮かばないかと、改めてシャーロット様の御姿を眺める。
さらりと靡くエメラルドグリーンの長髪。
瞳はまるで髪と対になっているかのように、綺麗に同じ色彩をしており。
上背もあり、十六歳の少女にしては豊満な胸と括れた腰回りは、きっと世の女性が羨むことだろう。
そんな殿下だから壁一面に掛けられた、無数にあるドレスのどれを選んだとしても、彼女は完璧に着こなしてしまうだろうと容易に想像が出来た。
だからこそ、その中からより似合うものを選ばねばならない。僕の審美眼が彼女によって試されている。
「あらどうしたの? そんな捨てらそうな犬みたいな表情をして」
笑みを一転、キョトンと素に戻ったシャーロット様。
「殿下は……僕を虐めて楽しいですか?」
「え? 何よ突然。そんなの……」
殿下の御姿を見ても何も良いアイディアが想像できず、絶望に打ちひしがれる僕へ。
一息の間をおいて、微笑みを浮かべる彼女は、それはそれは美しいお姿で。
「すっごい楽しいわよ」
「殿下……お暇を頂きたいと思います。今までありがとうございました」
「うわー! 待って待って! 冗談よ、冗談!」
「いえいえ。殿下のお気持ちよ~くわかりましたので」
この人には少し反省をして頂かなければいけないようだ。
僕はクルリと反転、出入り口になっているドアに向かって進む。
無論護衛として遠く御傍を離れる訳にもいかないし、本当にお暇を突然頂くなんて以ての外だが、こうして脅すくらいならシャーロット様の悪戯の抑止力くらいにはなってくれるだろう。
ドアを出たら部屋の外で待っていようかと思い、僕は動き出したのだけれど。
そんな僕の行動に、想像以上に反応過敏にシャーロット様は反応して下さり。
「待ってよぉ……そん事言わないでよ……ブランに相手をされなくなっちゃったら、私暇すぎで死んじゃうよぉ……ほんとはただ、一緒にドレス選んで欲しかっただけなの……」
いや、なんだその理由はと、文句を言ってやりたいところだがそれで彼女の悪戯が抑止できるのなら、当初の目的としては十分か。
「…………本当ですか」
僕は尤もらしく歩みを止め、ちらりと後ろを振り返る。
そこには掌で顔を覆い下を俯くシャーロットの姿があり、「で、殿下。何もそこまで!」
そのお姿に慌てたのは、言うまでもない。
いくら多少は親しくさせて頂いているとはいえ、一国の第一王女を泣かせたとあれば、大問題だ。
それにもし、立場ある人でなかったとしても、女性を泣かせるのは騎士としてあるまじき行為な訳で。
急いでシャーロット様の元へ駆け戻り、片膝をついてひれ伏す。
「大変申し訳ございませんでした」
頭を垂れ謝罪する。
胸一杯の罪悪感が僕の中より沸き上がり。
「本当に悪いと思っている?」
「はい。勿論でございます」
僕は即答で彼女の声に答える。
「なら、カルノフ・ブラン護衛騎士殿。当然その罪、償う覚悟はあるかしら?」
「この身を賭して」
それだけの覚悟をこの時の僕は確かに持っていた。
例えここに至るまでがどれほど下らない事であれ、それだけのお立場がシャーロット様にはあるのだから。
そんな僕の返答に……頭上から聞こえて来るのは、掌でくぐもったシャーロット様の笑い声。
「ふふっ。さーて、どうしてくれようかしら!」
「――――え?」
先程までの雰囲気から一転。
嗜虐的な笑みを浮かべた、それはそれは悪い笑みを浮かべた悪魔の様な女性が、腕も顔から腰へと動かし、ふんぞり返る様な態勢で。
「ブラン。じーっくり二人でお洋服を選びましょ! あ、せっかくならアンジェラを呼んで貴方にドレスを着せるのも楽しいかもしれないわね!」
「……殿下。お待ちください……もしかして僕を騙しましたか?」
「あら、何のことかしら? それより、さっきの約束しっかり果たしてもらうわよ――その身を賭してねっ!」
それから数時間後。着せ替え人形にさせられた僕の惨状たるや。それを語る言葉を僕は持ち合わせてはいない。
ただ流れで、僕が投げ遣り気味にシャーロット様が似合いそうだと選んだドレスを、次の日予定が入っている訳でもないのに着ていたのはどういう事か。
……ちなみにそのお姿はとても良く似合っており、僕の審美眼も満更ではないと感じた今日この頃である。
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