ウチの姫様が悪戯好きで困ってます!

鼠野扇

一章

プロローグ

「ねぇ。そこに畳んである靴下を私に履かせてくれないかしら」


 天蓋付きのベッドに寝転がりパタパタと柔らかなマットレスを蹴りながら、2歳年上の彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて、隣に控えている僕に声をかけてくる。

 視界の隅で動く彼女の素足は、白くほっそりとしていて余分な肉どころか、必要な筋肉すら足りていないのではと思うほどに華奢。

 カーテンを閉め切り薄暗い部屋の中で、けれど僕は口を引き結び一向に動かなかった。


「あら、聞えなかったのかしら?」


 すると彼女はコロコロとベッドの上を転がりながら、足先を僕の方へ差し出すように晒す。


「ほら、私の騎士様? 早く履かせてくれないかしら?」


 触れるか触れないかという絶妙な距離感で、足の親指を器用に動かし僕の太腿付近を擽るように滑らせて催促をしてくる。

 そんな彼女の姿に、僕は堪えていた溜息を吐き出す。


「殿下。パンツ見えてますよ」

「え! 嘘!?」


 既に昼へと差し掛かろうかという時間。

 今だ寝巻のネグリジェを纏い、いつまでも起き上がろうとしない殿下の姿に、僕は頭痛を覚えて額へと手を当てながら、彼女へ冷たく言い放つ。


「そんな薄く軽い生地の衣服でベッドの上を転がっていたら、そりゃ捲れるでしょうよ……大体なんですか今の? 誰に教わったんですかあんなセリフ」

「うぅ……失敗した」

「そもそも今年で十六にもなろう方が、二つも歳下の僕をそのようにからかって何が楽しいんですか?」

「いやでも! アンジェラが、こうすると男は喜ぶからって!」

 

 なるほど。この要らない知識を教えたのは殿下直属のメイドが企てたことか。後で文句を言っておこう。

「殿下は、そんな事をしなくても十分魅力的です。ほら、いつまでも顔を枕に埋めてないで、そろそろ起き上がりましょう。もうすぐ支給係の者たちが昼食を運んできますよ」

 僕はベッドの隅に置かれた彼女の衣服を持ち上げると、そっと枕元に差し出す。

 本来は世話係が彼女の着替えを補助するのだが、今朝は「まだ寝ていたい」と当人が我儘を言い、申し出を断ってしまった為、殿下自ら着替えをすることになるだろう。

 我が王国ではいくら立場のある者といえど、寝坊する人に優しくはないのだ。

「うん。わかった。着替えたら呼ぶから遠くに行かないでよ?」

「わかってますよ。ドアの前で待機しています」

 僕は殿下に向かって深々と一礼すると、そっとドアを開け部屋を後にする。

 重く豪壮なドアの先。続く廊下には幾つもの大きな窓が取り付けられており、陽光が燦々と辺りを照らしていた。

 広大な空には雲一つなく、また辺りの景色を見るのに遮られる物はない。


 この場所はどの建物よりも高く、歴史ある建造物。リューブレン王国の王族が住まうお城であり、そのお城の中でも一番高い所に位置するこの場所こそが。

 僕が護衛する王国の重宝、王国の第一王女――リューブレン・シー・シャーロット姫に与えられたフロア……なのだけど。


「ブラン? 着替え覗かなくていいの?」

「……殿下。半裸のままドアを開けるのは如何なものかと。さっきまでパンツ見られて顔を赤くしていた人の行動とは思えませんが」

「いいのよ。これは見せる為の下着だから、さっきのとは違うの! わざわざ着替えたんだから有難く思ってよね!」

「…………その下着の件、言い回しも含めて。誰に教わりましたか?」

「え? アンジェラ」

 おっけー。あの人後で泣かす。

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