3 "until the end" and "endless"

 夜が開けて、俺の足は西東京市に向かっていた。久森が初めてオレンジを摂取した記憶をなぞるように石神井川を歩いている。久森の記憶を共有した体験から、俺はこの事件について少し違和感を感じるようになっていた。無造作な蛙の鳴き声を断ち切るように着信が入った。吉田だった。

「オレンジのデータ解析が終わりました。気分はどうです?」

「大丈夫だ、ありがとう。続けてくれ。」

「薬理学的には、一九六○年代から七〇年代に麻薬として流行っていたリゼルグ酸ジエチルアミドや、それ以前から南米などで伝統的な儀式に使われていたジメチルトリプタミン、今は絶滅した茸に含まれているシロシビンなどを摂取した時の効果を合わせたようなものになっているようです。」

 吉田は続ける。

「おかしいと思いませんか? ただの娯楽としての電子ドラッグとしては、古典的すぎる。マトリの知り合いにも聞きましたが、既に二○四○年代を回った現代で、違法な電子ドラッグとしてこの類が流行ることは最早無いそうです。例えば誰かが意図して電子ドラッグを大学生らにばらまいていたとしても、このオレンジにはいわゆる人間をやめさせるような多幸感や身体及び精神的依存性は科学的に認められません。リゼルグ酸ジエチルアミドやジメチルトリプタミン、シロシビン。いずれにしても元々はライ麦の麦角や蛙に茸、人の体からも取れる成分です。」

 強い風が吹いて、一瞬黙った蛙がまたうるさく鳴き出した。

「なるほどねえ。俺も直感的に違和感を感じてたんだよね。ただこれはむしろ高度に政治的な案件の可能性が高まったってことかもしれない。」

「そうですかねえ。僕にはアシュタマンガラのような心霊主義的な違法性のあるコミュニティがあって、その一部が綻んで発狂してるように感じますがねえ。そういったコミュニティが検挙される事例は十年前くらいまであったようですし。」

 吉田は腑抜けた声で答えた。

「空白の二週間がある。事実今俺は彼らと同じ体験をしたというのに自殺する気はさらさらないし、自殺した大学生達は面識こそないが元々哲学や芸術を学んでいたという点で共通点はある。アシュタマンガラは、そうゆう奴らをオレンジで焚き付け、後二週間で彼らに他の何か政治的変化を与えたに違いない。」

 ―――行かなければ。"アシュタマンガラ"へ。

「これはこの極度な迄の情報社会に新しく訪れたテロだよ。自ら手を下さず、社会の中でもがく若者を使って、インターネットから国を混沌に陥れようとしている。スピリチュアリズムの皮を被ったアナーキズム、いやただの破壊行為だよ。至極卑劣な犯罪に思える。」

 それにWhen the music's overやエンドレス・ノット、電子ドラッグによる洗脳、それらが起こす事件に残されたメッセージとしての、"象徴"。アシュタマンガラはこの国に何を問おうとしているのか。

「なるほど、確かに。だとするとちょっとやばい臭いがしますね。例の曲にしてもエンドレス・ノットにしても。うーん、思想の象徴としてはわからなくもないけど、曲の終わりに繰り返される"until the end."、つまり"終わりまでずっと"の一節。エンドレス・ノットに至っては無限を意味する紋様。当事者は自ら命を絶っているのに。彼らの終わりはアシュタマンガラの始まりに過ぎず、続いていくのか。アシュタマンガラというネットワークも全くと言っていい程足がつかない。やっかいですね。」

「これらを資料にまとめて上に送る。今から戻るよ。」

 と言って電話を切った。祟りのような、終わりのない混沌。

 未だ蛙たちは鳴き続けているが、空はどこか畏れを感じる程黒く、深いように思えた。




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爆ぜる邦 ガンジャマン @psychoporn47

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