第2話 逃走と闘争




『"神の剣"を捕捉、直ちに狩人は現場に集合せよ

繰り返す、"神の剣"を捕捉、直ちに……』



アラームが鳴り赤いランプは繰り返し回る。

真新しい黒い軍服姿に身を包んだ霧島勇吾は

早足で現場にある狩人へと急いでいた。



実験所のような無機質な白い天井壁床ではなく、

見慣れた石のレンガで出来た壁や床。

カツカツと鳴る靴に彼は、あのときと同じような興奮…

そして怒りを一度に覚えていた。



?『霧島さん!』



と言われ霧島はその方向を振り向く。



霧島「(先日俺のことを隊長と呼んでいた部下か…)どうした?」



部下「今回なんですが黒騎士の報告はないようで…

また追跡を掴めてるのは龍と天だそうです。」



霧島「……そうか、分かった報告ありがとう。」



いえ!と踵を返す部下に霧島は考える。



霧島(……龍と天。)



"神の剣"……のその内の2つだ。

龍と呼称する龍王星は大地を揺るがし、

そして天と呼称する天王星は天空を支配すると言われている。



別々の剣ではあるがどれも強力で知られまた

"神の剣"が逃げたと言うのには意味がある。

それは狩人の実験によるものだった。



当時狩人を創設した創設者はある無人島で"神の剣"を発見した。

だがその力は強く、人が触れたとき龍王星ならば土に、

天王星なら空気にそして海……そう呼ばれる海王星ならば水へと変えた。



……魔物がいる時代だ、なにも不思議じゃない。

そういう力があっても可笑しくはない、

だがあまりにも危険だったためその島から"神の剣"を取り除いた。

だがその際、空にはうねった龍が舞い降りたという。

その龍は鳴いた。

空気のように消え失せたと言うが、

取り除いた創設者だけがこの鳴き声の意味を理解した。



―――それは〔龍の嘶き〕と呼ばれた。



神の剣を契約するものが現れたとき、1つに集約するため戦いが起こる。

またその合図こそ〔龍の嘶き〕であると創設者は語ったという。

同時に創設者はそれを起こさせないためにも

"神の剣"を重々に管理する必要があると提言した。

目に届く場所にあって、かつ封じること。



狩人は"神の剣"を人間の魂を交換に、

その身体自体を"神の剣"に変える実験を行う。

実験の過程、死者は多く出たが実験は成功。

結果として一番変え入れやすかったのは

赤子と10才以下の子供だったが……ある三兄妹がそれを合格した。



「神の剣の元は人間だ。気を抜くなよ。

知性は我々がベースだ、そこから補強されるとなれば

……あちらの方が上かもしれない。

なにせ誰よりも"神の剣"を理解しているからな。」



―――姉が海の神の剣、"海王星"



―――次男が天の神の剣、"天王星"



―――三女が地の神の剣、"龍王星"



そして今発見されたのは兄と三女だという。

兄妹なら探すのはそう気が遠くなるようなものではないな。



霧島「おい」



部下「はっ!」



と敬礼してなおる先ほど踵を返した部下に呟く。



霧島「あの狩人機関四天王(クソったれども)は呼ぶな。

万が一黒騎士が出たときにしろ。

龍と天については私が直接赴く。」



部下「霧島さん自らがですか?!」



と部下の唖然気味にスルーして足を早めた。

右腰に構える刀をチャキッと音を鳴らすと

少し目を閉じながら先日の扉の闇の奥の先を思い出す。



霧島(黒騎士……)



霧島は黒騎士と初めて邂逅し逃したあの後。

霧島は黒騎士を追いかけていた。

居場所はすぐに特定でき、それはビル。

魔物との戦いで使われ今やボロボロとなった廃ビルの中だった。

霧島は気付かれないように肉眼でギリギリ見えるくらいの距離で、

ゆっくりと刀を抜くと廃ビルの群れを駆け抜ける。



風をかっ切る音以外の音を消す疾風の勢いで後ろから近付いた。

ビルの階層を駆け抜けて颯爽にまた足は止めず、

気付けばもうあと少しの距離、

だが黒騎士は霧島の少しの息遣いだけで居場所を察知する。

霧島が到着する頃にはもぬけの殻……そう霧島は思い込まされた。



霧島(……どこだ……?!)



場所を見つけようとする刹那、黒騎士は音を立てずに霧島に衝撃を加える。

メキメキという音ともに霧島はあることに気がつく。

黒騎士は霧島の死角に立ち肋骨目掛けて衝撃を加えていた。

そして黒騎士は衝撃でよろめく霧島を足で更に追撃を加える。



霧島(まだ……死ねない……!!)



黒騎士は霧島の首を掴みそのまま廃ビルから落とした。

抵抗虚しく霧島は落下し、それを黒騎士は見下ろす。

黒騎士の視点からは霧島が徐々に小さくなっていくことだろう。

最後は蟻みたいになっていただろう。



だが逆に霧島もまた黒騎士を見ていた。

その仮面の隙間を見つめ最後の最期まで

その光景を目に焼き付けようともがく霧島を見つめる。

当の本人は落下し地面ギリギリのところでフワッと宙に浮いたことに驚いた。



―――黒騎士は霧島に魔法を使った。



霧島は知っている。

これは簡単な魔法―――"重力魔法"だと。

自分の体重と同じ分の逆方向の重力を作る。

制限の時間はあっても地面ギリギリならばさほダメージは受けない。



霧島(あのクソ野郎……!?)



霧島は慈悲か情けか、それをかけられたことに

憤慨し這いつくばうように立ち上がる、



黒騎士『まだ立ち上がるのか……尊敬はしておこう。

二度目だね。き・り・し・ま……隊長殿?』



霧島「黒騎士……貴様ァ!!!よくも……よくも……!」



黒騎士『でも見誤りはよくない。

刀だけが力だとは思わない方がいい。

魔法が使えないって……誰が決めたんだい?

教科書やマニュアルのような戦い方じゃあ、僕みたいな不良くんには勝てないよ?

もっとルールを広く、深く使わないと、ね?』



重力魔法の衝撃で気を失いそうになるなか

霧島は悶え、苦しむが必死に刀に手を伸ばすところを

黒騎士は手や腕さえも軽くあしらうように蹴り飛ばす。



黒騎士『じゃあ、またね。』



そしてその後すぐに黒騎士は霧島が何もできないことを知ってか

闇に紛れるように手をひらひらと振りながら影のように消えた。

霧島はそれをなにもできずに見届けると這うように

廃ビルへと赴きその物陰で治癒魔法を使う。



霧島「"ヒール"…クソッ…あのクソ野郎…」



霧島は負けたことに敗北感よりも苛立ちを覚えていた。

しかし…と霧島は思考を巡らせる。



霧島(考え付くことなど手に取るように分かる。

この刀では黒騎士には勝てない。

逃げたのはさしずめあの龍王星、天王星といったどちらかだろう。

海王星を追うのは無理だ、捕獲も難しい。

であれば残ったどちらかを私が持てばいい。

どちらかを……従えさせればいい。)


霧島はニヤッと笑い自分を侮辱した黒騎士のいった

闇の方向へ嘲笑するように表情で見つめる。

するとかけられていた重力魔法が解けた。

そして霧島は殺気を立たせながらまた、

自身も立ち上がりそのままビルを後にする。






……そして今、霧島は煙の舞う戦場へと踏み出していた。

昨日とは違う空気をすぅっと吸い込む。

我々は…狩人。

全世界における魔物と仇なす存在を滅却する者。



霧島「―――この時代に勇気などいらない。

いるのは力だけだ。

さあ戦いを始めようか。」



霧島は刀に手をかけ、部下を従えてその居場所へ向かう。

部下らは殲滅のため。霧島はギラッと光輝いた期待の眼差しで。

目的はただ一つ、神の剣を我が力のものとするために。







雨が降っている。

すごい曇天だ。

辺りに灰色以外の色はない。

チャプチャプと音を立て廃ビルから

零れ出す粒は地面を濡らしていた。

泥の地面なのかやけに靴につく。



『目標を発見しました。

 狩人一番隊隊長、霧島勇吾に

 目標の座標をお送りします。』



霧島はその合図に眼鏡のようなレンズを装着すると

そこには目標の座標と、その動きも図解もされていた。



霧島(二人でああやって逃げるとは運がないな。)



と考えていると隊の部下が俺に報告をする。



部下「霧島隊長!各人員揃いました。」



それにご苦労とだけ応え重く腰掛けてた

椅子から立ち上がる。



霧島「これより、龍また天の討伐を行う。

黒騎士がもし現れた場合は報告をしろ。

出撃………開始だ。」



武器を天高く上げる部下に背を向け、

霧島は刀身をギラリと見せつけるように歩み始めた。






場面は変わり……

ある兄妹はあまり整備されていない道を

傷だらけになってしまった裸足で懸命に走っていく。

泥と粉塵とその霞が顔や目に入って涙が出るも

それで立ち止まるわけにはいかなかった。

そんな理由がその兄妹には存在している。


?「……はぁ……はぁ……お、兄ちゃん……

どこに向かえばいいの?」


?「あの"黒騎士"のところだ。

姉ちゃんが一緒にいるらしい。」


薄いピンクの長い髪を揺らし走る黄泉月桜(よみづきさくら)と

栗色髪の短髪をした兄の鷂(よう)は

ただまっすぐ砂利道のような場所を走っていた。

泥と傷にまみれた足はひりひりしてて痒いのか

痛いのかそれとも……それは分からない。

ただその足で地面を走っているせいで

皮膚は爛れたり剥けたりしていた。



するとその足の傷を考慮しないまま鷂は足をブレーキのようにかける。

血と肉がずるずると引き裂かれその肉片が煙と共に上がり止まると

鷂はその方向を見つめた。

そこには見たことのない人型のような、

だが決して人間ではない"ナニカ"がこちらを見つめていた。

歯のようなものを見せつけ襲い掛かる。

鷂は桜に耳打ちをした。



鷂(―――刀は出すな、ここは躱して逃げるぞ)



桜(うんっ、分かった)



そしてその"ナニカ"は二人の間の奥を突進する。

後ろには何もないが石だらけの道に顔を埋め込む様に

ブレーキをかけ止まると、左右に避けた二人に振り向きながらニィッと笑った。

そしてナニカから見て右に避けた鷂に、

鋭く尖った右腕を風を切るような素早い斬撃で切り裂く。

その斬撃で鷂は少し苦しんだ顔で足に続き

ガードした両腕までもが肉が飛び散る始末となった。



それに桜は声を上げ心配するがその声が仇となり

ナニカは左側の桜の方に振り向きニタァと笑い飛びつく。

そしてそのナニカの顔は第三者の攻撃によって身体ごと吹き飛ぶこととなった。



鷂「……!」



桜「お兄……ちゃん?」



髪に少し自分の血のりがついた鷂は桜に呟く。

鷂は攻撃した"第三者"がいる方向を見つめた。



鷂「……桜。先行ってろ。」



桜「え?」



何も無いはずの空間から鷂が手を刀に変えた瞬間、ずれる。

そしてそのずれた空間から見慣れない刀を振りかざす誰かがいた。



鷂「……っ!!早く!」



桜は言われるがままナニカの死体を通り過ぎ

目指した方向へと足を走らせる。

"第三者"は舌打ちをしながら呟いた。



霧島「収穫は……天王星だけか」



第三者……霧島勇吾は自分の持っていた刀で鷂を斬りつける。

だが鷂はそんな霧島の斬撃を相殺させた。



―――ガキィンッッッッ!!



薄い半透明の白色の刀身が光るそれは天の神の剣と揶揄される天王星。

それに霧島の持つ刀が交わり重い衝撃とともに

地面を切り裂くほどの音を響かせる。



霧島「無駄だ、諦めろ」



息を一瞬だけ吸った霧島は鷂に刀の連打を繰り返し与え始める。

鷂は天王星を手に同じように構え向かうも、

疲れきっているのかはぁはぁと息を垂らしながら後ろへ飛んだ。

それも翼を生やして。



霧島「!」



霧島が驚くのも無理はなかった。

今まで翼を生やすというデータすらも

取れていなかったからだ。



鷂「お前らが知らないだけで俺らは力を使える。

舐めるんじゃねぇよ、三流がッッ!!!!」



そう言うと鷂は自身の生える翼もまた分身させ、

また分身させた翼を神の剣に擬態化させる。

そうやって鷂の周りには、

無数の神の剣の分身を次々と生み出していった。

だが霧島は依然としてその光景を見つめ続けニヤリと笑う。



霧島「三流……?ほう……俺が、か。」



鷂「神の剣をよく知ってるのは俺らだ!!!

お前なんて今すぐに―――」



その声に被せるように霧島は

今すぐに攻撃すればよかったものをと続き、呟く。


霧島「【能力停止(アビリティストップ)】」


刹那、霧島から放たれた謎の空気圧はブワッと鷂を襲う。

さっきまで分身、擬態化までさせた無数の剣は

綺麗サッパリ無くなりバタッと鷂は空中から地面に落ちた。




鷂「なっ……?!……あぐっ!!」



驚きもう一度立ち上がろうとする鷂の背中に

霧島は足を乗っけて踏むと、持っていた刀で

鷂の心臓部に当たるところを突き刺した。



鷂「っ?!!!」



相当痛いのか悲鳴を上げても声は出せていないようだった。



霧島「(黙らすには殺しに近い方法でいい。)」



そう考えながら突き刺した刀をグリグリと回しながら呟く。



霧島「痛いか、そうか。」



霧島は刀を抜くもすぐに刀をぐりぐりとまた体内で回すと、

その強烈な痛みで鷂もじたばたと激しく抵抗し始めた。

だがそれすら蹴りあげ頭に靴を落とすと霧島は話し始める。


霧島「……残念だが俺はそこらの狩人とは違う。

欲しい物は絶対に手に入れるんでね。……天の神の剣、か。

契約をすればお前は黙るか?」



鷂「契……約だと?!ふざけっ……ぐっ……!」



じたばたと抵抗を未だ続ける鷂に霧島は

鷂の血を親指にすくうと、

それを自身の左手の中で錬成陣のような何かを書き記していく。

そして同様に俺の血を鷂の左手の中に

書き、手と手を合わせた。



それは血の縛りと呼ばれる魔術、血と血を交わらせることで

互いが互いに離れられなくなる魔術を指す。

鷂は魔術に関してはよく分からない、同様に

そのことについても霧島は知らないがあることについては知っていた。


それはある実験で得られたもの。

神の剣を身に宿す肉体を

通常では死んでしまうほどに痛め付けたらどうなるのか。

答えは―――剣になる、だった。



鷂「や……め……ろ…」



霧島「拒否する。これは本契約の証ではない。

だがこれは俺が破棄すると願わなければ外れない。

……それまではせいぜいあがくと良い。」



光の柱がその合わせた手と手から漏れだそうとしていた。

そしてその光の柱が無くなると霧島はそれまでには負った傷が完全に回復する。



霧島(神の剣を"血の縛り"で繋ぐ実験のデータはなかったが

俺にも付与されるのか……)


霧島は鷂の左手を掴むとその身体は刀となっていく。

そして霧島は自身の横に納刀すると、

ゆっくりと立ち上がりまた歩み始める。

その先は黄泉月桜の走っていった先だった。




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