焦がされた、空①
「目標、夏祭り!」
そう書かれた鉢巻を頭に巻き付け登校し、ついに英語の講習会の最終日を迎えた。
英語の最終日には確認テストが課せられる。当日中にテストは返され、基準点に満たなかった者はペナルティがあるのだ。
「な……な、77点!やった、初めて取れたよ、こんな点数……!しかもゾロ目!」
咲は飛び上がって若菜に抱きついた。
「よかったね、咲ちゃん……!」
「このテストに合格できなかったら、もう1週間追加されるからね。板垣くんも来ればよかったのに」
「板垣くん、確か英語苦手だった気が……」
そう呟いた若菜の声さえも聞こえないくらい、咲は舞い踊るように喜ぶ。
「いよいよ明後日だよ、夏祭り。楽しみだよね?」
「あ……うん、そうだね、本当に楽しみ」
若菜はにこりとほほえむ。
気のせいだろうか。咲はどことなく、その若菜の笑みが、いつものものではないように思えた。
「ねえおばあちゃーん、だいちゃんって人、今いる?」
いつものごとく、家の古い格子戸を勢いよく開ける。
「今日は、いないわねえ。確か神社へ村の集会に行ってると思うけど。どうして?」
かき氷の割引を示す垂れ幕を掲げながら、千代は答えた。
「そっか……そうなんだ。ありがとう!」
そう言って駆け出した、その時。
「俺のことですか?ここにいますけど」
どこかで聞いた、懐かしい声。
一度だけではない。
きっと、何度も何度も、耳に残響が残るくらい聞いた、あの……
「……だいちゃんさん!?」
咲は驚いた。
あの懐かしい声が。
千代の隠していた、大樹が。
「な、なんで……?なんで……」
きっと千代や大樹は、なぜこれほど咲が驚いているのかわからないだろう。
「と、とりあえず咲ちゃんに落ち着いてもらう為に、神社でも行く?」
「神社?どうして……」
「いいから、ほら」
大輝は咲の腕を掴み、求める方角へ、駆け出していった。
したたる汗とともに、全身を巡る疲労感。
何キロ走ったのだろうか。いくら整えても、整わない呼吸。
「あ……あの……どうして……神社まで……?」
息切れてまともに話せない。
大樹は少しの沈黙の後、口を開いた。
「どうしてって、まあ、ここが落ち着くから……。答え方はこれで合ってる?」
「え……。はい、合ってますけど……」
「君にとっても、とても落ち着く場所のはずだよ」
初めて神社に来たはずなのに、たった2度しか会ってないのに、まるで知ってるかのように語る。
「きれいな神社ですね。木が空に届くくらい伸びていて……まるで、虹のもつ7色を持っていて、私に語りかけるような……」
遠くを見るような目で、どっしりと目の前に構える大木を見つめる、咲。
「……そう、私大樹さんに用があったんだ。仲間もいるんですが、一緒に行きませんか?その、夏祭り」
熱気のせいか、重い空気を押し切るように口を開くが、なぜか口ごもった。
「若菜ちゃんとか、春馬くんとかいるんです。知り合いでしたよね」
「……そっか。同じクラスなんだね」
大樹は一瞬黙ったかと思うと、いつもの笑顔で咲を安堵させた。
「いいよ。丁度空いてたし……にしても、かなり急な誘いじゃない?」
大樹は苦笑する。
「ごめんなさい……!夏季講習会のテストで基準点取らないとおばあちゃんに怒られる予定だったので」
その言葉を聞いた途端、大樹は笑った。
みどりに映える、さわやかな表情。
咲はどこか郷愁を感じた。
「夏祭り当日は準備しなきゃ行けないから、現地集合にするよ。仲間達と一緒に来な」
そう言われた、次の瞬間。
「……いっ!」
きらりと一筋の光が、反射したように咲の目を突き刺した。
痛くもないはずなのに思わず、声がこぼれた。
気のせいか、そう思いたくて、咲の細い指が思い切り目をこする。
何度もまばたきもした。
「どうしたの……?」
突発的な咲の不思議な行動に、大樹は困惑した表情で咲の顔をのぞく。
「え……あ、あの」
再び目を開くと、あの黄金に光る可視光が、木々の周りをうごめいたのだ。
「ごめんなさい、私あの光……光、光を追っていくので先に帰って行ってください……!」
咲はそう言い残し、大樹を残して、あおい大木の向こうへと駆け抜けていった。
「……変わってないよな、ほんと」
ぽつりとつぶやき、あの日の少年は、懐かしそうにほほえんだ。
あかねいろの空、藍色のきみ。 雨宮すみれ @amamiya_sumire
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