異世界放浪者 紫閃

総督琉

武蔵野に咲く、秋枯れの荻。

 俺の世界では戦争は絶えず続いていた。

 戦争を止める者はいず、戦いこそが進化と唱えてきた学者もいた。

 だが俺は嫌だった。

 戦いが嫌い。友を失いたくない。何より、死ぬのが怖かった。

 当たり前だ。死というのは痛い。だから俺は味わいたくなかった。もう二度とそのような経験をしたくない。


「第六歩兵隊。出撃」


 隊長の命にて、俺たちは死を覚悟して戦場を駆ける。

 気づけば、俺は倒れていた。

 やっと終わる。やっと死ねる。


 戦場にいた時は風など感じなかった。だが今は、この気持ちいい風を浴びて、俺の心は安らぎに満ちた。

 その風とともに揺れる草の音は、俺に癒しを与えてくれる。


 ーー気持ちいい。


 その一言しかでない。というかもう何も考えられない。


 俺は静かに目を開ける。

 そこに広がっていたのはさっきまでいた戦いの世界ではない。俺は自然という自然に囲まれた場所に寝転んでいた。

 さっきまでは石が背中に当たって痛かったのに、今は土の温かさと草木の優しさに包まれている。


「どこだここ?」


 俺が驚いたのは場所ではなく、声が出ることだった。

 死んでいるはず。ならここは天国か?


 この黄色くて長く伸びている植物の名前が分からない。始めてみるのに、俺はこの謎の草に惹かれている。

 俺の心を癒してくれる。


 俺がその草を抜こうとすると、一人の少女が俺に話しかけてきた。


「あなた。この草は抜いちゃダメ」


 小さいながらも体を大きく見せようと胸を張っている。その子の長い髪は風に揺らされ、美しく舞っている。

 その姿を戦場で見ていたなら、俺はその子を天使と見間違えてしまうだろう。


「そこのガキ。その草は行き場を無くした魂のたまり場。だから、そっとしといてあげて」


 優しく言った彼女は、俺が抜こうとしていた草をそっと撫でた。


 きっと彼女は自然が好きなんだろう。好きで好きでたまらないのだろう。

 子供なのに美しいだなんて、天使だね。


「ところであなた、どうして抜こうとしたの?」


 質問をされているが、その子は子供だから身長が低く、俺の胸までしかない。

 低いなと思いつつ、俺はその子の頭に触れた。


「ちょっと。ガキ扱いするな」


 その子は俺に怒鳴る。

 だがその時、俺は違和感を感じていた。


 この子は、戦いを知らない目をしている。それどころか、この世界には武器を持った人はいなく、俺が憧れていた平和そのものだった。


「ねえ。君は平和なのか?」


「何言ってるか分からないけど、私は楽しいわよ。この武蔵野に生まれて嬉しい」


 彼女の口から漏れた言葉は、間違いなく心からの声だと他人の俺でも分かる。

 彼女の幸せそうな顔は、武蔵野で生まれたからこそ出る表情なのだろう。


「ねえ。この草の名前は何て言うんだ?」


「これは秋枯れのおぎ。秋だからこの色を出している。だから私は秋が好きなんだ。秋がこの草を連れてきてくれるから」


 何か悲しい顔をしている彼女は、少し遠くを見ている。


「どうしたの?」


「実はね、私はこの場所で大切な人とお別れしたんだ。いつかまた会おうって約束したけど、多分その子とは会えない気がする。きっと遠くに行ってしまった気がする。だから、私はその約束を忘れようとした。でもさ、好きだったから、忘れられない」


 乙女の恋心。

 彼女の心は悲しげで、儚いものだ。


「ねえ。君はいくつだ?」


 唐突な質問に彼女は驚くが、質問に答えてくれる。


「私は十四歳」


 俺は驚いた。

 なぜなら俺も十四歳だからだ。十四歳にしてはこの子は小さい。いや、そういう子もいなくはないか。


「名前は何?」


「何ですか。さすがにそれは答えません」


 さすがに警戒されたので、俺は自分から名乗る。


「俺は斗異藤といとう 紫閃しせん。十四歳だ。よろしくな」


「私は甘江あまえ 夜羅々やらら。さっきも言ったけど十四歳。同い年なのに身長が低いのは多少イラつきますが、そこは見逃しましょう」


 夜羅々はなぜか手を出してきた。


「これは握手。手と手を合わせるの。そのくらい、十四歳なら知ってなさい」


 俺は言われた通り、夜羅々の手に自分の手を当てる。すると夜羅々は握ってきた。


 なるほど。これが握手か。


「これは互いに気を許すっていう意味もあるの。別に、私はあなたのことなんかどうでもいいと思ってるんだから。勘違いしないでよね」


 夜羅々はなぜか、腕を組んでそっぽ向いた。

 どうやらこの世界のヒューマンと俺の世界のヒューマンは色々と違うらしい。


「ところで、その格好は何?」


 俺は自分の服装を見る。

 土で汚れた銀の鎧を首から腹に纏わせ、腰にはナイフが入っていた鞘がついている。


「あなた。もしかして異世界から来たの?」


 なるほど。この世界では異世界から来るものが多いのだろう。ならここは天国だろう。


「ねえ。服装着替えて、私とデートでもしない?」


「デート?」


 そして一時間後、俺は浴衣というものに着替えさせられた。

 なぜか裾のところが隙間があり、それに下駄というものを履かされて歩きづらい。


「とっとと行くよ」


 夜羅々は、大きな道が広がっている通りを、悠々と駆け回る。

 夜羅々も浴衣に下駄を履いているが、歩きなれているようだ。


「ねえ。どこに向かうの?」


「お楽しみ」


 そう言うと、夜羅々はある建物の前に連れてきてくれた。


「ここは寿司っていうものが食べられるの。だから食べるぞ」


 夜羅々は扉を開け、建物の中に入った。

 この建物の中は初めて見るようなものばっかで、夜羅々はカウンター席という謎の場所に座った。


「隣、座って」


 俺は夜羅々に促され、隣にあった椅子に座る。


「大将。マグロ2貫」


「まいど。あれ、夜羅々ちゃんだ。今日は友達を連れてきたのか。なら今日はタダでいいよ。お父様にはお世話になってるから」


 机の向こう側にいる男は、夜羅々と仲良く話している。それになぜか料金をただにした。俺のいた世界ならありえない。

 俺は夜羅々の人望に驚きながらも、マグロというものが出るのを待つ。


「はい。マグロ2貫お待ち」


 大将と呼ばれている人は、赤く半透明な色の物体を米の上に乗せた食べ物を出してきた。


「これはマグロ。醤油っていうこの茶色い液体をかけて食べたら美味しくなるよ」


 夜羅々は醤油という液体が入ったビンを手に取り、マグロという食べ物にかけた。それを夜羅々は美味しそうに食べる。


「ね」


 俺は食欲を抑えきれず、醤油という液体をマグロにかけた。そして夜羅々のように素手でマグロ全体を掴み、口に運ぶ。

 口に入れた瞬間、俺の口の中では奇跡とも言える美味しさが口いっぱいに広がった。


「これが、マグロ!?」


「実は他にも美味しいものが沢山あるんだ」


 そう言われ、サーモンという寿司に、穴子、イカや納豆軍艦などという食べ物を食べ、俺は大満足だった。


「おっと夜羅々ちゃん。もうすぐ花火始まっちゃいますぜ。あとこれはサービス」


 大将からわたあめというふわふわな食べ物を渡され、俺は棒のところをつかんで持つ。


「紫閃。もうすぐ花火始まるよ。行こ」


 夜羅々は席を立ったので、俺も席を立つ。

 そして夜羅々の後を追うように、俺は走り出した。


 そして何分か走ると、俺と夜羅々は、初めて出会った場所についた。

 俺と夜羅々は秋枯れの荻が揺れる草原の中で、向かい合った状態になった。


「ここは私たちが初めて出会った場所。それに、私たちが昔別れた場所」


 何を言っているか分からなかったが、夜羅々は真剣な表情で話している。


「夜羅々。一体どういうことなんだ?」


「やっぱり忘れちゃったよね。でも思い出してよ。私を。この美しい武蔵野を」


 夜羅々は涙を流した。

 一滴二滴と溢れる涙は、彼女の苦しみを物語る。


「ねえ。私は寂しかったんだよ。だって、私は一人だった。でもさ、君が教えてくれたんじゃん。友達の作り方も、楽しい会話の仕方も、人を好きになる時の気持ちも」


 夜羅々は俺に思いをぶつけてくれる。

 それなのに、俺は何も思い出せない。


 もうすぐ日は落ち、夜になる。そしたらきっと彼女とはサヨナラしないといけない。それは嫌だ。


 楽しかったから。

 嬉しかったから。

 笑顔を知れたから。


 すると変な音とともに、夜空に美しい花が咲いた。すぐに消えてしまったが、また夜空に花が咲く。それが幾度も繰り返され、夜空が花で飾られる。


 俺はその花火を見て思い出した。


「夜羅々。甘江夜羅々。やっと思い出した。君を。大好きな夜羅々を」


「……」


「甘江夜羅々は頑張り屋さんだ。誰も見ていないのに君は頑張る。甘江夜羅々は勇気がある女の子だ。辛いこと、やりたくないことがあっても君は率先して苦労する道を選ぶ。そんな夜羅々はツンデレだ。俺はそういうところが大好きで、可愛いと思った。大好きだ。夜羅々」


 すると、夜空に大きな花火が咲いた。

 でも俺たちには見えなかった。聞こえなかった。だって、大切な人を思い出した。大切な人にまた会えた。

 大好きな甘江夜羅々にまた会えた。


「紫閃……」


「夜羅々……」


 ーー大好きだ。

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