お姉ちゃんと地球ガチャを回すことになった(下)

 画面をぽちっと押す。


 さっきの、URが出た時よりちょっとショボいエフェクトが走った。

「SSRきたかっ?」お姉ちゃんは画面をじっと見る。画面に現れたのは、


「SSR アマゾネス惑星」の文字だった。アマゾネスて……。僕はため息をつく。

「うーんこいつもゴミレアだ。そんなの嫌だよ、毛皮着てジャングルで暮らすなんて。それにそんな危険なところに悠斗を連れていけないよ」


 お姉ちゃんははあ、と疲れた顔をした。

「これは課金するしかないんじゃないの?」僕はそう提案する。


「カッキーンかあ……できんのかなこのアプリ……おろ? 課金できんじゃん! アイチューンスカードがあればいくらでも課金できんじゃん! やったね!」


 というわけで僕とお姉ちゃんはそれぞれお財布を開いた。

 僕の財布には三千円ほど。お姉ちゃんの財布には、五百円しか入っていなかった。


「なんでだよッ!」僕がそう言うとお姉ちゃんは、

「だって帰省すんのに友達に合わせて新幹線乗ったんだぞ! 大学生の身分でだ! 帰りのチケットも買ったんだぞっ! それにおみやげに雷おこしと東京ばな奈も買ってきたんだぞっ」

 と怒鳴り散らした。あんまりな剣幕に、僕は目を白黒させる。


「ああーこうなるって分かってたら一人で夜行バスで来たのになあ……誰だ核戦争おっ始めたバカタレは……そもそも金持ちの友達作ったのが失敗かあ……」


 お姉ちゃんは縁側に寝っ転がって怠惰のポーズを示した。僕も同じく怠惰モードだ。


「っていうかさ」と、僕は切り出した。「いまこの地球上にいる人類は、僕とお姉ちゃんだけなんだよね?」

「そうだよ。いわばアダムとイブだ。地道に子作りして文明作るしかないか……」

 発想がシモい。僕はむくりと体を起こして、


「ってことはコンビニも無人なんじゃないの? それならアイチューンスカード、パクってこれるんじゃないの?」

「うーんと。その辺はお姉ちゃんもよく知らないんだけどさ、あれってお金を支払ってそのカードが買われたって認証されないと使えないんじゃないっけ? そうだとしたら、悠斗の三千円で買うのも無理だよ……」


 きれいな詰みである。


「アイチューンスカードが無理ならキャリア決済は?」

「うーんと……無理だな。ちきしょうなんだこのクソ仕様ソシャゲ……運営、石返せ……」


 ソシャゲて。お姉ちゃんはアプリを終了し、スマホを座布団にぶん投げた。

「いっそこのまま、悠斗と二人っきりで暮らそうか?」


「嫌だよ。僕にだって友達とかいるし、学校あるし、それに……お姉ちゃんと二人っきりなんて、気まずいよ……」


「そうかあ……確かに二人っきりは気まずいね……粗大ごみみたいな両親も、こういうときはいてくれたらって思うよね……」


 お姉ちゃんは、少し僕のほうににじり寄ると、僕の手をぱっと掴んだ。

「疲れたね、ちょっと昼寝しよっか」

「そうする。はあーあっちいなー……」


 そのまましばらく昼寝をした。その昼寝は、お姉ちゃんのスマホの通知音で切り裂かれた。

「うおおっ」お姉ちゃんはゴリラのごとく喜んでいる。


「どしたの」

「運営から通知来た。ガチャの排出率バランスの調整とお詫びの十連チケ!」


「地球に人間いないのになんで運営から通知来るのさ」

「そりゃこれが神々の遊びだからだ。よぉしさっそく十連回しちゃえ!」お姉ちゃんはそう言うと、僕にスマホをぽんと渡した。可愛くておしゃれなケースに入っていて、いかにお姉ちゃんが、お金がないくせに東京でおしゃれな大学生として頑張っているかよく分かる。


「お姉ちゃんはすごいね」僕はぼそりとそう言った。お姉ちゃんはよく分からない顔だ。

「なにがぁ?」よく分からない顔のまま、お姉ちゃんはそう訊ねてきた。


「お姉ちゃんは、東京で『おしゃれな大学生』として頑張ってるんだね。実際はブラコンの変態お姉ちゃんなのに」僕は思ったことを素直に述べた。


 お姉ちゃんは噎せた。ひとしきりゲホゲホしてのち、

「ブラコンの変態お姉ちゃんとはなんだ。悠斗がシスコーン坊やなんじゃないか。それにな、男の子から反撃に出るのはおねショタじゃなくておねガキだ! ガキとショタどっちがいい!」


「どっちもやだ」素直に答える。お姉ちゃんはアハハハと笑って、

「そうだね。とにかく回しなよ、十連ガチャ」と、そう答えた。

「うん!」


 僕は十連ガチャをタップする。今度はSR以上三枚確定とある。前よりゆるくなったようだ。


 URを引いた時と同じエフェクトが出た。これはもしや。


「SR 1999年7月にアンゴルモアの大王が攻めてくる惑星」

「SR 2080年に核戦争で滅びる惑星」

「N 猿の惑星」

「N 犬の惑星」

「R 超☆猿の惑星」

「R 妖怪の惑星」

「N 猿の惑星」

「N 猿の惑星」

「N 猿の惑星」

「UR これから始まる無限の惑星」


「な、なんかしゅんごいの引いちゃった……?」と、お姉ちゃんはビビり気味に画面を見る。

「これから始まる無限の惑星……だって」僕がそう言うとお姉ちゃんはスマホをぱっと取り、

「なになに……一から開拓できる、人類の理想郷……?」

 と、その説明文を読んだ。


「人類は世界中に散らばり、少しずつ文明圏を広げていきます。さまざまな人類の交流、交易により、あなたの育てる文明を大きくしていきましょう……なかなか悪くないの引いたじゃん。えっなにこれ、別のアプリに飛ぶの?」


「は?」よく分からず画面を見ると、ブラウザに飛んでからさらにストアに飛んだ。ストアに表示されていたのは、「第一次産業しようぜ」という農場ソシャゲアプリ。

「んだよこれっ!」

 お姉ちゃんは怒鳴った。でも、これを引いてしまったからにはやるほかないのでは、と僕が提案すると、お姉ちゃんは難しい顔をした。


「結局広告みたいなもんだったんじゃん。こんなおかしい話ある? ガチャですごいの引いたら、それが別のアプリへの誘導だったとかさあ。景品法とかに引っかかるんじゃないの? まさかそのための通知?」


 いやそこは分からない。とりあえずストアとブラウザを終了し、問題のURを見る。何度「この惑星を選ぶ」を押しても広告みたいにストアに飛んでしまう。


「ちょっと待って、運営に連絡してみる」お姉ちゃんはそう言うと「ご意見・ご質問などはこちら」のところをタップした。ぱぱぱと必要事項を打ち込んでいく。


「じゃあこれで通知来るまで放置しとこう。お腹減らない?」

「うん、なんか食べたい」というわけでお姉ちゃんはどんぶり一杯の麻婆豆腐を作った。あっつい。でもとてもおいしかった。即席中華は素晴らしい発明である。


 麻婆豆腐をやっつけ、お姉ちゃんが食器を洗っていると、「地球管理ツール」から通知が来たことが画面に表示された。


「お姉ちゃん、通知来た!」

「まじか!」お姉ちゃんは飛んできた。画面をスクロールして、


「……エラーだって。急なメンテの影響で、いまさっき治ったって。開いてみよう」

 というわけで、またさっきのUR地球をタップしてみる。今度は無事、新しい地球が現れた。

「うわあ……青い海だぁ……」

 お姉ちゃんは、鮮やかな夕焼けに染まる真っ白い砂浜に降り立った。

 白いワンピースが、浜から吹く風にはためいている。僕はそれを素直に「美しい」と思った。


「おいでよ、ほらヤドカリがいるよ」お姉ちゃんは僕を呼んだ。僕が駆け寄ると、ぴかぴかした貝殻のヤドカリが、かさかさと歩いているところだった。


「お姉ちゃん、きれいだ」

「そう? ……なんだかんだ、悠斗と二人っきりになっちゃったね」

「いいよ。お姉ちゃんがすっごく頑張ってることが分かったんだから。僕は、お姉ちゃんと、ずっと一緒にいたい」


「お、おう……泣かせること言ってくれるじゃんか。とりあえず浜辺にいてもどうしようもないし、ちょっとあちこち行ってみようか」


 僕とお姉ちゃんは、日が沈むまで浜辺と森を探索した。森の中に、小さな小屋があった。そこで暮らせ、ということらしい。


 小さなベッドでお姉ちゃんが寝て、僕は床で寝た。お姉ちゃんは一緒に寝ようよと言ってきたが、超えてはならないラインのような気がしたので断った。だいいちベッドが小さすぎる。


 翌朝バッキバキの体をコキコキ言わせて起きて、森から取ってきたフルーツで朝ごはんにした。きょうは、森の中にうっすらとある道をたどってみることにして、僕とお姉ちゃんは手をつないで森の中の道を進んだ。


 森の中の道を抜けると、人間がたくさんいて活気のある市場についた。――ん? 僕の通っている中学校とおんなじ校章を掲げた建物があるぞ。あれはなんだろう。近寄ると門柱に、


「○○市立○○中学校」


 と、僕の通っている中学校とまるっきし同じ名前が、日本語でない文字で書かれていた。

 ここは、……ユートピアになったけれど、現代社会と同じだ。


 タバコ屋のおばあさんもいるし、隣の家のおじさんが犬の散歩をしているのも同じだ。人がスマホを手に、歩いて捕まえるゲームや歩いて戦うゲームをしているのも同じ。むしろ、元の世界よりずいぶんおおらかになったように感じる。っていうかスマホ使えるんだ。僕もポケットからスマホを出してみる。バリサン(古い表現)だ。


「人類のやり直しにはまぁまぁいい環境なんじゃなーい?」

 お姉ちゃんはそう言ってきししと笑った。僕は頭をポリポリして、正直に、


「……せっかくファンタジーの世界にきたのに学校あるのかあ」と呟いた。


「性の知識は大事だからな。そういうことをしてそういうことになったとき、女の子に責任おっ被せて知らん顔するのは男としてやっちゃあいかんことだ」

「なんでそういう生々しいこと言うかな。学校で教わるのは性の知識だけじゃないよ」


 僕はため息をついた。この、弟に対して異常にあけっぴろげなお姉ちゃんの性格、どうにかならないのかな……。


 そういうわけで、夏の昼下がりに勃発した「人類が滅亡したので創造者お姉ちゃんと地球ガチャをSSR出るまで回すことになった」事件は、無事本物のURが出るというSSRよりいい結果に終わった。


 この世界がどういうふうに発展していくのか楽しみだし、僕はガチャを回してよかったと、そう思った。お姉ちゃんと、ここで幸せに暮らしていくのだから。


「ところで東京の大学の新学期にはどうやっていけばいいのかな?」

「知らないよ。お姉ちゃんとはずっと一緒なんだ」僕がそう言うと、お姉ちゃんは僕にひしっとしがみついて、僕をひたすらいい子いい子した。

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人類が滅亡したので創造者お姉ちゃんと地球ガチャをSSR出るまで回すことになった 金澤流都 @kanezya

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